弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

一方的に資料を全従業員に周知させても、書かれている内容は労働契約の内容にはならないとされた例

1.会社で作成される様々な社内文書

 会社では様々な内規が作成され、従業員に周知されています。それは、必ずしも就業規則の形には限られません。

 それでは、このような内規類、内規的な文書は、労働契約の内容となり、労働者を法的に拘束する効力を持つのでしょうか?

 昨日ご紹介した、東京地判令5.6.9労働判例1306-42 日本HP事件は、この問題を考える上でも参考になります。

2.日本HP事件

 本件で被告になったのは、パソコンの製造販売及びプリンターの製造販売等を業とする株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で期間の定めのない労働契約を締結し、A事業部のマーケティングマネージャーとして働いていた方です。管理職から非管理職への降格に伴う賃金減額の効力を争い、未払賃金等の支払を求める訴えを提起したのが本件です。

 被告はイントラネット上で公開している

「Base Pay」(本件資料1)

「Job Change 時給与変更ガイド」(本件資料2)

「知っ得! よく分かる人事制度!」(本件資料3)

に基づいて本件降格を有効に行うことができると主張しました。本件資料1ないし3の内容は就業規則の一部を構成しているか、仮に形式的に就業規則そのものに該当しないとしても社員給与規程等の細則として労働契約の内容になっているという趣旨です。

 裁判所は、本件資料1〜3が就業規則であることを否定したうえ、次のとおり述べて、合意に基づいて労働契約の内容になっていることも否定しました。

(裁判所の判断)

「被告は、本件資料1ないし3が全従業員に周知され、被告の従業員や労働組合からも指摘を受けたことがなかったから、労働契約の内容になっている旨主張する。しかしながら、本件資料1ないし3は、職務及び職務レベルの変更に伴う具体的な賃金の増減について定めるものであり、その内容も基本給の増減にとどまらず、残業代としてのみなし手当の支払の有無についても定めるものであり、従業員に与える影響が大きいものであることからすれば、本件資料1ないし3の内容を被告が従業員に周知し、これらについて従業員や労働組合から指摘を受けたことがなかったとしても、そのことをもって、本件資料1ないし3の内容を労働契約の内容とする旨の合意が、原告を含む従業員と被告との間に成立したと認めることはできない。」

3.異議を述べなければ合意したことになるわけではない

 以上のとおり、裁判所は、本件資料1〜3が労働契約の内容になることを否定しました。

 就業規則でない社内規則は、周知され、異議を指摘してこなかったとしても、当然の如く、それに拘束されることはありません。

 本件は、従業員が必ずしも既成事実に縛られないことを示した裁判例として、実務上参考になります。