弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

大学助教への言動がハラスメントとして違法性を有するのかが問題になった例

1.パワーハラスメント

 職場におけるパワーハラスメント(パワハラ)は、

職場において行われる

① 優越的な関係を背景とした言動であって、

② 業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、

③ 労働者の就業環境が害されるものであり、

①から③までの要素を全て満たすものをいう。

と定義されています(令和2年厚生労働省告示第5号『事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針』参照)。

 他方、アカデミックハラスメント(アカハラ)に法令上の定義はありません。ただ、一般的には、大学などの教育機関において、権力勾配を利用し、適正な範囲を超えた注意や指導を行うことで、教育研究環境や就学環境を侵害することを意味すると理解されています。

 パワハラにしてもアカハラにしても、必要かつ相当な範囲、適正な限度での言動までが違法とされるわけではありません。言動が違法だといえるためには、必要性・相当性・適正さが否定される必要があります。

 しかし、この必要性・相当性・適正さが否定され、不法行為の成立が認められるというためには、かなり高いハードルを越える必要があります。そのことは、近時公刊された判例集に掲載されていた、津地判令5.3.2労働判例ジャーナル136-56頁 学校法人鈴鹿医療科学大学事件からも分かります。

2.学校法人鈴鹿医療科学大学事件

 本件で被告になったのは、

三重県鈴鹿市に私立大学(鈴鹿医療科学大学 本件大学)を設置する学校法人(被告法人)、

本件大学の小児看護学科(本件学科)の准教授(被告C)、

本件学科の学部長であった方(被告D)、

本件学科の教授・学科長であった方(被告E)

の1法人3名です。

 原告になったのは、本件学科の助教として採用された方です。

 被告個人らからパワーハラスメントやアカデミックハラスメントを受けたとして、被告らに対し、損害賠償を請求する訴えを提起したのが本件です。

 本件ではハラスメントの時期や内容を一覧化した別表の掲載が省略されているため、発言の具体的状況が読み取りにくいのですが、裁判所は、次のとおり述べて、被告C及び被告Dの言動の違法性を否定しました。

(裁判所の判断)

「原告は、上記各事実(被告C又は被告Dの言動に係る事実)が、人格の否定、誹謗中傷、侮辱、心ない言動又は退職を迫る言動であり、パワハラ又はアカハラに当たるものとして原告に対する不法行為を構成すると主張するので、これらについて検討する。」

「被告C及び被告Dの言動として争いがないか、証拠・・・により認定できるもの(別紙番号3についての被告Cによる

『やっぱり先生(注:原告を指す。以下同じ。)は気づいてないというか、気づかん特性なんやと思うけど、(中略)捉え方が違うもんで』・・・、

『教員としての資質がすごい何か疑われるというか、どうなんですかねと思って』・・・、

『先生、しんどない?この仕事しとって』・・・、

『何かちょっと捉え方がちょっと違うなというのはなかった?小さいときから。捉え方が全然違うんやけど』等の発言、・・・

『就任直後から大変でした。ねえ先生』との発言、・・・

被告Dによる『教員としての資格はどうなのかと思ってしまうわけですよ、分かります?言ってること』・・・、

『もうおれなくなるんじゃない?(中略)小児の指導できなくなっちゃう。ねえ。そういうときどうする?』・・・、

『カメラがうまいじゃないですか。(中略)だから機械的なことでしてるほうが、何か先生にとって幸せじゃないの?向いてるんじゃないのかなってふっと思うけど』・・・等の発言、・・・

被告Dによる『評価としてこれはもうマイナスです』・・・、

『それはもう教員として資格がなしということでいいんですか?』・・・、

『不可ってことは教員としての資格ないっていうことを今は言ったと思うんだよ。そしたらここに居れないっていうこと、助教として。ということになってもいいの?』・・・、

『今まで教師人生送っていて、自分に向いてるものが(中略)あるんじゃないですか?ないの?そういうのほうに行ったほうが自分にとって幸せじゃないかな』・・・等の発言及び番号13)

を前提にしても、これらの発言は、原告を実習の担当者から外すよう実習先から申入れがあった事実・・・を端緒として、原告に対して事実を確認したり、自らの問題を自覚させ改善と反省を促したりする趣旨でされた発言と評価することができ、社会通念上相当性を欠く退職勧奨又は退職強要であるとか、原告の就労上、教育研究上の利益や人格、尊厳を侵害する言動であると認めることはできない。

上記のうち、被告Dの発言には、教員としての資質に言及する部分、原告が小児看護学の指導に携われなくなる可能性に言及する部分及び原告が教員以外の職業に従事する可能性に言及する部分があるものの、いずれも、被告Dの主観的な認識や仮定的な質問として述べられているにすぎず、退職を意味する明示的な文言は用いられていないから、本件学部の学部長として、原告に対し、本件大学の助教の地位から退職することを強要したり促したりする趣旨のものと解することはできない。

「また、原告は、被告Cによる発言の中に、原告が発達障害であると揶揄する内容が含まれていたとも主張するが、そもそも、原告自身、発達障害であるとの診断等を受けた事実はなく、また、発達障害であるとの明示的な発言がなかったことは本人尋問において原告自身も認めるところであるから、原告の主張は採用することができない。」

そうすると、別紙番号・・・の各事実が原告に対するパワハラ又はアカハラに当たると認めることはできず、被告C及び被告Dは、上記各事実を理由として原告に対する不法行為責任を負うことはない。

3.違法性が認められるためのハードルが高すぎるのではないだろうか?

 人によって評価が分かれるのかも知れませんが、私の感覚では、原告の方はかなり陰険な言葉を浴びせられているように思います。このような言葉遣いをしなければならない理由があったのかは、甚だ疑問です。

 しかし、裁判所は、いずれの言動にも違法性を認めませんでした。

 この判決にも表れているとおり、裁判所は、ハラスメント・不法行為の成立範囲を、狭く限定しすぎているように思います。

 本裁判例は、言動に甘い裁判所の判断傾向を知るうえで参考になります。