弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

部活動顧問に従事していた時間について業務の質的過重性が認められた例

1.脳・心臓疾患の業務起因性・公務起因性と公立学校教員の部活動顧問

 脳血管疾患や心疾患等が労災として認められるのか否かは、令和3年9月14日 基発0914第1号「血管病変等を著しく増悪させる業務による脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準について」(令和5年10月18日改正)によって判断されます。

 認定基準は、脳・心臓疾患に業務起因性が認められる場合として、

「発症前の長期間にわたって、著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務・・・に就労したこと」(長期間の加重業務)

「発症に近接した時期において、特に過重な業務・・・に就労したこと」(短期間の加重業務)

「発症直前から前日までの間において、発生状態を時間的及び場所的に明確にし得る異常な出来事・・・に遭遇したこと」(異常な出来事)

の三類型を定めています。

 このうち「長期間の加重業務」については、

「発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合は、業務と発症との関連性が強いと評価できること」

との基準が定められています。いわゆる過労死の労災認定基準です。

 地方公務員(公立学校教員)の場合も、これに準じ、

「発症前1か月を超える、過重で長時間に及ぶ時間外勤務(発症日から起算して、週当たり平均20時間程度以上の連続)を行っていた場合」

を脳・心臓疾患に公務起因性が認められる場合として掲げられています(令和3年9月15日地基補第260号「心・血管疾患及び脳血管疾患の公務上の災害の認定について」参照)。

 このように時間外労働があったのか、時間外勤務があったのかは、脳・心臓疾患に業務起因性・公務起因性が認められるのか否かを判断するにあたり、極めて重要な意味を持っています。そして、極めて重要な意味を持つのは、労災(公務災害)の認定を争う事件に限られません。安全配慮義務違反を理由とする損害賠償請求(国家賠償請求)場面でも同じく重要な意味を持ちます。過失や因果関係の判断にあたり、業務起因性・公務起因性の認定基準が流用されているからです。

 ここで問題になるのが、公立学校教員の部活動顧問をしていた時間をどのようにカウントするのかです。

 公立学校教員の部活動顧問をしていた時間を労災の労働時間とカウントできるのかに関しては、二つの問題があります。

 一つ目は、そもそも労働時間に該当するのかという問題です。現行法上、公立学校教員の部活動顧問に関連する業務が「公務」といえるのかは、あまり明確ではありません。「公務」なのか、単なる自主的活動の時間なのかが問題になります。

 二つ目は、「公務」だとして、それが労働時間としてカウントされるに足りるだけの質的な過重性を有しているのかという問題です。

 労災における「労働時間」の意義に関しては、行政解釈上、

「労働基準法第 32条で定める労働時間と同義であること」

とされています(令和3年3月30日 基補発 0330 第1号 労働時間の認定に係る質疑応答・参考事例集の活用について参照)。

 しかし、これは多分にフィクションを含むもので、労基法上の労働時間に該当しても、労働強度の観点から労働時間としてカウントできないと述べたり、質的な過重性が認められないとして業務起因性を否定したりする裁判例が少なくありません。

 昨日、部活動顧問に従事していた時間を含め、業務の量的過重性を評価すべきと判示した裁判例として、富山地判令5.7.15労働判例ジャーナル139-12 滑川市事件をご紹介させて頂きました。

 この裁判例は、部活動顧問に従事していた時間について、質的な過重性も認めています。本日は、質的な過重性を認めた判示について、ご紹介させて頂きます。

2.滑川市事件

 本件で原告になったのは、くも膜下出血を発症して死亡した中学校教員Dの遺族(妻子)の方です。公務災害認定の後、未填補の損害の賠償を求め、校長の安全配慮義務違反を理由として、市や県に対し、国家賠償を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件では校長の安全配慮義務違反との関係で、公務の過重性を検討するにあたり、Dの部活動顧問としての活動に従事していた時間をどのように考えるのかが問題になりました。

 裁判所は、業務の量的過重性を評価するにあたり、部活動顧問としての活動を含めるべきだと判示したうえ、次のとおり述べて、その質的過重性も肯定しました。

(裁判所の判断)

「Dが本件発症前に従事していた業務の内容は認定事実・・・のとおりであるところ、一般に、学級担任が、生徒らの個性に応じ、学習支援のみならず、生活全般につき教育指導する重い責務を負っていることに加え、とりわけ3年生の学級担任は進路指導上重要な役割を担っていること、修学旅行等の重要な行事も多いこと・・・、現にDは日常的な学級担任の業務に加え、進路に関する保護者との面談や修学旅行の関連業務を行っていたことからすれば、3年生の学級担任を務めることは、業務量においても、その責任の重さからしても、Dに強い負荷をかけるものであったといえる。また、Dが顧問を務めていた本件中学校の女子ソフトテニス部が県下の強豪であり、生徒や保護者の期待が大きかったことは前記・・・のとおりであり、その活動日数や時間が長くなる傾向にあったと考えられることからすれば、同部の顧問を務めることで、Dには身体的にも心理的にも強い負荷がかかっていたといえる。

「この点、被告滑川市は、Dの担当していたクラスが他のクラスと比較して進路指導上の困難を抱えていたわけではないことや、平成28年度の業務量や内容が平成27年度と比較して軽減された旨指摘するが、3年生の学級担任を務めること自体、他学年の学級担任を務めることと比較し、強い負荷を伴うものであることは前述のとおりであるし、Dが平成28年度に担当していた授業数は1週間に20時間で、他の4名の教員と並び、本件中学校において最も多かったこと・・・、生徒会のボランティア活動の担当として早朝の清掃活動の引率指導が発生していたこと・・・などからすれば、平成28年度も、Dには依然として強い負荷がかかっていたといえる。加えて、E校長が、Dが平成27年度に続き平成28年度も3年生を担当することが負担であることを考慮し、教科担当を調整した旨述べていること・・・からすれば、2年連続で3年生の学級担任を務めることの負担が重いことに鑑み、教科担当を1時間減らすなどしたのであって、平成28年度のDの業務の負担の程度が、平成27年度に比べ軽減されたとは必ずしも評価できない。」

また、被告滑川市は、女子ソフトテニス部の顧問としてのDの業務内容は、監視や監督、付添が主であったと指摘するが、万が一事故が発生した場合には管理責任を問われる・・・状況において、生徒らの健康や安全を管理するには相当の緊張を強いられるものであるから、技術指導の有無によって、その負荷の程度が左右されるものでもない。

したがって、Dは、本件発症前に、客観的にみて、質的にも過重な業務に従事していたと認められる。

「以上によれば、Dは、本件発症前に、量的にも質的にも過重な業務に従事していたと認められる。」

3.質的過重性の論証の参考になる

 この裁判例の特徴の一つに、部活動顧問業務の質的過重性について、明示的に言及を加えているところがあります。判決で用いられているフレーズは、部活動業務の質的過重性を論証するうえで参考になります。