1.安全配慮義務
労働契約法5条は、
「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」
と規定しています。これを安全配慮義務といいます。
労働契約法は公務員には適用されませんが(労働契約法21条1項)、最高裁判例(最三小判平23.7.12判例タイムズ1357号70頁)が、
「使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であり、使用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は、使用者の上記注意義務の内容に従ってその権限を行使すべきものである(最高裁平成10年(オ)第217号、第218号同12年3月24日第二小法廷判決・民集54巻3号1155頁参照)。この理は,地方公共団体とその設置する学校に勤務する地方公務員との間においても別異に解すべき理由はない」
と判示していることからも分かるとおり、国・地方公共団体と公務員との間にも安全配慮義務は認められます。
安全配慮義務違反は、過重労働で心身を損なった方や過労死遺族が、使用者に対して損害賠償を請求するために、しばしば用いる法律構成です。
2.公立学校の部活動問題
昨今、公立学校の教諭が行う部活動顧問業務で相当な負荷の発生していることが、至るところで報道されるようになっています。
それでは、部活動顧問業務でオーバーワークになって心身を壊してしまった方がいたとして、公立学校の教諭やそのご遺族は、国や地方公共団体に対し、損害賠償を請求することができるのでしょうか?
この問題を考えるにあたっては、部活動顧問業務の法的性質が問題になります。
これまで何度か申し上げてきたとおり、部活動顧問の業務性は曖昧です。労働時間・勤務時間に該当するのかは、それほど明確に決まっているわけではありません。
それでは、使用者に部活動顧問を命じる業務命令権があるのかは措くとして、部活動顧問業務でオーバーワークになってしまった場合、心身を損なった労働者やその遺族は、部活動顧問業務に対して適切なコントロールを及ぼせなかったことを理由として、国や地方公共団体に対し、安全配慮義務違反を問題にすることができるのでしょうか?
この問題を考えるにあたり参考になる裁判集が、近時公刊された判例集に掲載されていました。一作昨日、昨日とご紹介を重ねている、富山地判令5.7.15労働判例ジャーナル139-12 滑川市事件です。
3.滑川市事件
本件で原告になったのは、くも膜下出血を発症して死亡した中学校教員Dの遺族(妻子)の方です。公務災害認定の後、未填補の損害の賠償を求め、校長の安全配慮義務違反を理由として、市や県に対し、国家賠償を求める訴えを提起したのが本件です。
本件では校長の安全配慮義務違反の有無が争点の一つになりましたが、裁判所は、次のとおり述べて、これを肯定しました。
(裁判所の判断)
「本件中学校では、教務部の作成する教科担当の週当たりの持ち時間数の一覧表・・・により各教員の担当時間数を把握することができ、部活動指導に関しては、本件中学校における部活動時間の取り決め・・・や特殊勤務実績簿等により、その活動内容及び時間を把握することができたし、その他の校務分掌についても、各種連絡文書によって、その内容及び時間が共有されていた。そうすると、E校長は、Dが量的にも質的にも過重な業務に従事しており、心身の健康を損ねるおそれがあることを客観的に認識し得たといえるから、その業務の遂行状況や労働時間等を把握し、必要に応じてこれを是正すべき義務を負っていたものと認められる。」
「この点、被告滑川市は、Dの時間外勤務時間数の多くを占めていた女子ソフトテニス部の顧問としての業務に関し、部活動指導が超勤4項目に含まれず、これを担当する各教員の広範な裁量に委ねられていることをもって、前記・・・の義務に違反したとされるのは、その監督する教員に外部から認識し得る具体的な健康被害又はその徴候が生じていた場合に限られる旨主張する。しかしながら、Dの女子ソフトテニス部の顧問としての業務が本件中学校の教員としての地位に基づき、その業務として行われたことが明らかであることは前記・・・のとおりであるところ、各学校における部活動指導の位置付けや方針、教員の配置状況等に鑑み、部活動指導が当該学校の教員としての地位に基づき、その業務として行われたことが明らかな場合にまで、部活動指導とそれ以外の業務を区別して校長の上記義務の内容を画するのは相当でないし、過重な長時間労働が労働者の心身の健康を損ねることが広く知られていることに照らせば、本件において、校長の予見義務の対象を外部から認識し得る具体的な健康被害又はその徴候が生じていた場合に限定すべき理由は見出し難い。」
「また、被告滑川市は、E校長が具体的な指揮又は命令をしていなかったことをもって、同業務が過重であることによりDの心身の健康が損なわれるおそれがあることを予見できなかった旨主張する。しかしながら、Dの女子ソフトテニス部の顧問としての業務が本件中学校の教員としての地位に基づき、その業務として行われたことは明らかであり、その内容及び時間を部活動指導業務記録簿や特殊勤務実績簿等で把握できた以上、E校長に予見可能性がなかったとはいえない。」
「さらに、被告滑川市は、本件発症前にDの欠勤等はなく、Dから健康状態の不安に関する申告等もなかったことから、E校長は、本件発症を具体的に予見することはできなかった旨主張するものの、E校長において、Dが量的にも質的にも過重な業務に従事していることを認識し得たことは前記・・・のとおりであり、過重な長時間に及ぶ労働が労働者の心身の健康を損なうおそれがあることは広く知られていることに照らせば、Dの心身の健康が損なわれるおそれがあることは予見可能であったといえるから、本件発症そのものを具体的に予見していなかったとしても前記・・・の義務を免れるものではない。」
4.「部活動顧問⇒好きで自由にやっている⇒安全への配慮は不要」ではない
上述したとおり、裁判所は、部活動顧問をしていた時間を基礎としたうえで、安全配慮義務違反と認めました。業務ではないから安全配慮義務違反の有無を論じるにあたっては関係ないとは判断しませんでした。
労災だけでは全ての損害が填補されるわけではないため、安全配慮義務違反を理由とする損害賠償には重要な意味があります。本件は、部活動顧問を原因の一つとするオーバーワークで心身を害してしまった公立学校教諭が損害賠償を請求するにあたり、参考になります。