弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

管理職が声掛けなどをするのみで抜本的な業務負担軽減策を講じなかったとして安全配慮義務違反が認められた例

1.部下の長時間労働とSOSのサイン

 労働者が長時間労働で精神障害を発症するに至るまでの間には、SOSのサインが出されていることが少なくありません。深刻な労働災害は、こうしたSOSのサインに対し、管理職が真摯に向き合わないことから発生します。

 近時公刊された判例集にも、労働者から断続的にSOSのサインが発せられていたにもかかわらず、管理職が声掛けなどをするのみで御座なりな対応をとったことが安全配慮義務違反に該当すると判示された裁判例が掲載されていました。大阪地判令4.6.28労働経済判例速報2500-3 大阪府事件です。

2.大阪府事件

 本件で被告になったのは、A1高校(本件高校)を設置する地方公共団体です。

 原告になったのは、B1大学外国語学部を卒業した後、社会人経験を経て、本件高校の教諭として勤務していた方です。

 過重な業務により長時間労働を余儀なくされ適応障害を発症したとして、被告に対して損害賠償を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件では適応障害の発症が平成29年7月20日で、原告の勤務時間は、

6月21日から7月20日 103時間42分

5月22日から6月20日 131時間36分

4月22日から5月21日  99時間32分

3月23日から4月21日  89時間15分

2月21日から3月22日  46時間31分

1月22日から2月20日  71時間20分

とされていました。

 この事案で、裁判所は、次のとおり述べて、L1校長の安全配慮義務違反を認めました。結論としても、適応障害の発症と安全配慮義務違反との因果関係を認め、原告の請求を認容しています。

(裁判所の判断)

「前記・・・の認定判断のとおり、L1校長は、平成29年5月中旬頃以降遅くとも同年6月1日までには、原告の長時間労働が生命や健康を害するような状態であることを認識、予見し、あるいは認識、予見し得たことから、その労働時間を適正に把握した上で、事務の分配等を適正にするなどして勤務により健康を害することがないよう配慮すべき注意義務を負っていたものと認められる。」

「にもかかわらず、前記認定事実・・・のとおり、L1校長は、同年6月1日以降も、原告から、同月27日には、『適正な労務管理をしてください。あまりにも偏りすぎている。』、『このままでは死んでしまう。』、『もう限界です。精神も崩壊寸前です。春から何度もお伝えしている体調不良も悪くなる一方で慢性化しています。』、『病院に行きたくても行く時間もない。』(私)。同年7月13日には、『いつか本当に過労死するのではないかと考えると怖いです。体も精神もボロボロです。』、『明日の教科会議も火曜日の授業もどう乗り切ればいいのか分かりません。/「押しつぶされます。」、同月15日には、 「体大事にしてや」と昨日電話でおっしゃられましたが、できることならしています。そんな余裕もないからSOSを出しているのです。』、『成績も授業も間に合わない。オーストラリアに行く前に死んでしまう。』など、追い詰められた精神状態を窺わせるメールを受信しながら、漫然と身体を気遣い休むようになどの声掛けなどをするのみで抜本的な業務負担軽減策を講じなかった結果、原告は本件発症に至ったものと認められるから、L1校長には注意義務(安全配慮義務)違反が認められる。

・被告の主張について

被告は、L1校長としては、原告に対し、優先順位を付けて効率的な業務分担をするようアドバイスをしていたのであり、原告は適切で効率的な役割分担と協働体制をとることで自らの負担を軽減できたはずであるとか、原告はL1校長らに対して業務負担軽減を求めるのであれば具体的な提案をすべきであり、そのような提案がなければ管理職として適切に動くことはできないなどと主張する。

しかし、L1校長が、原告に対して仕事に優先順位をつけて、国際交流の業務を役割分担して進めて欲しい旨アドバイスしていたことが、原告の業務量自体を減らすものではなく、原告の過重な業務負担の解消のために有効な配慮とは言えなかったことは、前記イの認定判断のとおりである。また、国際交流委員会の業務について、原告が自ら他の教員らに分担を求めることが困難であったことについては、前記・・・の認定判断のとおりであるし、部活動指導等についても、前記認定事実・・・のとおり、原告が、かねて公の場で、部活動指導等を自分たち若手の職員等が抱え込み、過労死につながるなどの意見を表明して、管理職による割振りをすべきだという提言をしたり、自らの人事評価に関する自己申告票に、『土日の部活動付添いを断りがちな教員も、なんとか説得して関わらせるようにすること』が今後の課題である旨の提言をしたりしていたことから被れば、原告としては、部活動指導等についても、自ら本件高校や他校の教職員らに対して分担を求めることは困難であると考え、管理職であるL1校長に対し、分担の軽減を含めた具体的な改善策を求めていたとみるべきである。

このような場合、管理職であるL1校長こそが、上記注意義務の一環として、原告に対し、具体的な業務の負担軽減のための改善策を講じる必要があったというべきであるから、単にマネジメント力の発揮を原告に期待し、効率的な業務分担を求めるといった抽象的な指示を繰り返すばかりでは、注意義務を尽くしたということはできない。

「他に、被告は、①教諭である原告の業務の自主性・創造性から、業務の内容についても自ら調整すべきであって管理職が踏み込むことは難しい、②原告は、語学研修の引率をこなした上、帰国後や病気期間中にラグビーのアシスタントレフリーに登録していたことから原告自身の心身の状態が原告が主張するほどに深刻な状況ではなく、原告が自らの健康管理を適切に行っていなかった旨主張する。」

「しかし、上記①については、教育職員である原告の業務の自主性・創造性を尊重すべきことと、当該職員が客観的に心身の健康を害するおそれのある過重な業務に従事して、精神的に追い詰められた様子を示し、労務管理を求めている際にこれに応える義務があることとは別の問題であるというべきである。また、上記②については、前記前提事実・・・のとおり、原告は、平成29年7月20日頃、遅くとも同月21日までに適応障害を発症したことが認められ、・・・の認定判断のとおり、原告は量的にも質的にも過重な業務によって適応障害を発症したことが認められるところ、原告が本件発症後、オーストラリア語学研修の引率を行ったことは、それまで同研修の準備を取り仕切ってきた責任感等によるものと評価することができるし、また、原告が帰国後や病気期間中にラグビーのアシスタントレフリーに登録していたことなど、被告の種々主張する内容は、適応障害と診断された原告の訴える健康被害の内容と、必ずしも矛盾するものとまではいえない。」

「したがって、被告の上記主張を採用することはできない。」

3.声掛けするだけではダメ、負担軽減を労働者に任せてはダメ

 上述のとおり、裁判所は、声掛けをするなどの対応だけでは抜本的な業務負担軽減策とはいえないし、部下のマネジメント力の発揮を期待して抽象的な指示を繰り返すばかりでは注意義務を尽くしたともいえないと判示しました。

 安全配慮義務違反を問う裁判では、使用者側から

一応の対応はしている、

むしろ問題があるのは労働者の対応だった、

などと主張されることが少なくありません。こうした使用者側の主張を排斥するにあたっても、本裁判例の判示は参考になるように思われます。