弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

交際していたわけでもない上司から誘われて行った忘年会二次会は職務関連性あり

1.忘年会とセクシュアルハラスメント

 セクシュアルハラスメント(セクハラ)は忘年会の場など、社屋の外で行われることも珍しくありません。

 そのため、平成18年厚生労働省告示第615号「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」は「職場」の概念について、

「『職場』とは、事業主が雇用する労働者が業務を遂行する場所を指し、当該労働者が通常就業している場所以外の場所であっても、当該労働者が業務を遂行する場所については、『職場』に含まれる。取引先の事務所、取引先と打合せをするための飲食店、顧客の自宅等であっても、当該労働者が業務を遂行する場所であればこれに該当する。」

と定義し、飲食の場であったとしても、職場におけるセクシュアルハラスメントが成立することを明記しています。

 取引先と打ち合わせをするための飲食店というのは例示であり、社内行事として行われる忘年会のような会合も、「職場」に該当することになります。

2.「職場」概念がなぜ重要か?

 セクシュアルハラスメントが発生した時、それが「職場」で行われたのかどうかを考える意味は二つあります。

 一つは、使用者に雇用管理上の措置を求めることができるのかどうかを画することです。「職場」で発生したセクシュアルハラスメントに関しては、上記の指針に基づいて使用者に雇用管理上の措置を求めることができます。

 もう一つは、損害賠償請求との関係です。上司など被用者の不法行為の責任を会社や国(公務員の場合)などの使用者に追及するためには、事業関連性や職務関連性といったっ要件が必要になります(民法715条1項、国家賠償法1条1項)。セクシュアルハラスメントが「職場」で発生したのかどうかは、使用者責任・国家賠償責任の存否と密接に関係します。

3.忘年会の二次以降

 ここで一つ問題があります。忘年会が社内行事として「職場」に含まれるとして、忘年会の二次会、三次会はどのように扱われるのでしょうか? 数次を経る毎に任意参加の度合いが増して行き、職場とは言いにくなる関係にあります。

 それでは、忘年会の二次会以降の場でセクシュアルハラスメントが行われた場合、その事業関連性、職務関連性はどのように判断されるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。昨日もご紹介させて頂いた、高松高判令4.8.30労働判例ジャーナル129-24 国・高松刑務所事件です。

4.国・高松刑務所事件

 本件では、刑務所職員の方が原告となって、使用者である国に対し、

同僚職員及び上司からパワーハラスメントやセクシュアルハラスメントを受けたこと、

それらの事実を申告したにもかかわらず、心情に配慮した適切な措置をとってくれなかったこと、

公務災害認定請求に対する判断を不当に遅延したこと、

などを理由に損害賠償を請求しました。

 原審が原告の請求を棄却したことを受け、原告側が控訴したのが本件です。

 本件で問題になったセクシュアルハラスメントは、忘年会の二次会の帰路に、上司であるD首席矯正処遇官から手を握られたり、抱きしめられたり、キスをされたりしたことです。

 忘年会の二次会の帰途であったことから、国側は職務関連性を争いましたが、裁判所は次のとおり判示し、これを肯定しました。

(裁判所の判断)

「前記認定事実によれば、平成25年12月20日に行われた高松刑務所柔道部の忘年会の二次会の帰り道に、D首席は、控訴人の手を握って歩き、また、控訴人を抱きしめ、『今、こんな気持ちになったのは初めてだ。』と述べて、頬に1回キスをするなどの行為(本件セクハラ行為)を行ったこと、控訴人は、D首席による上記行為に驚き、精神的に混乱したが、その後も、D首席は、控訴人の手を握ったまま、控訴人を自宅付近まで送ったことが認められる。」

「上記は、恋愛関係にあるわけでもない男性上司が一方的に部下の女性の手を握ったり、抱きしめたり、キスをするという明らかなセクハラ行為であって、被控訴人もこの件でD首席を懲戒処分にしている。」

「そして、国賠法1条1項の『職務を行うについて』とは、公務員による職務の執行行為そのものだけではなく、これと密接な関連を有する行為も含まれると解されるところ、本件については、前記認定のとおり、本件セクハラ行為が高松刑務所柔道部の忘年会の二次会の帰途に行われたもので、忘年会自体は柔道部所属の高松刑務所職員相互の親睦を図る目的で開催されたことが明らかであり、二次会も、上司であり、当時特に控訴人と交際していたわけでもないD首席が忘年会の延長線上で、部下である控訴人を誘ったものであって、私的な飲み会ということはできないから、二次会の帰途にされた本件セクハラ行為は、職務の執行に密接な関連を有する行為として、『職務を行うについて』されたと認めるのが相当である。

「したがって、被控訴人は、国賠法1条1項に基づき、本件セクハラ行為により控訴人が被った損害を賠償する責任がある。」

5.交際していたわけでもない上司から誘われて行ったら職務関連性あり

 この裁判例で目を引くのは、職務関連性が比較的簡単に認められていることです。

 忘年会が職場行事であることに触れた後、交際していたわけでもない上司から誘われて行った以上、私的な飲み会とはいえない(職務関連性がある)と判示しています。このレベルで職務関連性の論証が足りるとすれば、二次会やその帰途におけるセクシュアルハラスメントを広範に捕捉できることになります。

 忘年会の季節はセクシュアルハラスメントなどの逸脱行動が生じやすい時期でもあります。本裁判例は、二次会、三次会、あるいは、それらの帰途で被害に遭った方が、それを職場で問題にして行くにあたり、活用できる可能性があります。