弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

残業を許可しないことがハラスメント(安全配慮義務違反)とされた例(続)

1.残業させてもらえない問題

 典型的な労働問題の一つに長時間の残業があることは、一般の方にも良く知られていいるのではないかと思います。しかし、残業に関する問題は、長時間労働だけではありません。あまり知られていないかも知れませんが、残業をさせてもらえないという問題も古くから存在します。人員も賃金も低く抑えられている企業で働く人の中には、残業代によって家計を維持している人も少なくありません。こうした人にとっては、残業させてもらえないことが切実な問題になることがあります。

 それでは、残業をさせてもらえない/残業を申請しても不許可とされてしまう労働者は、使用者に対し、何等かの法的責任を追及することはできないのでしょうか? 

 一般論として、残業を行うことは義務であって権利性がるとまでは理解されていません。しかし、今から一年ほど前、残業を許可しないことがハラスメント(安全配慮義務)とされた裁判例が現れ、注目を集めました。このブログでもご紹介させて頂いた、広島地判令3.8.30労働判例ジャーナル118-38 広島精研工業事件です。

残業を許可しないことがハラスメント(安全配慮義務違反)とされた例 - 弁護士 師子角允彬のブログ

 この裁判例は、

「もとより、労働者が使用者に対して残業をさせるよう求める権利があるということはできず、被告が原告の残業を許可しなかったこと自体が直ちに違法であるということはできないが、被告は、他の従業員に対しては必要に応じ残業を許可しながら、原告に対しては同様の状況にあっても合理的な理由なく許可をしなかったものといわざるを得ず、このことは、不合理な差別的取扱いにより原告に精神的苦痛を与えるものであったというべきである。」

などと述べ、労働者に残業をさせなかった使用者の安全配慮義務違反を認めました。

 かなり珍しい判断であったため、控訴審で破棄されないか気になっていたところ、近時公刊された判例集に、この事案の控訴審判決が掲載されていました。広島高判令4.3.29労働判例ジャーナル126-36 広島精研工業事件です。

2.広島精研工業事件

 本件で被告(控訴人・附帯被控訴人)になったのは、自動車部品のプレス加工、溶接加工、塗装、組立、射出形成等を事業内容とする株式会社です。

 原告(被控訴人・附帯控訴人)になったのは、被告との間で期間の定めのない労働契約を締結していた方です。平成22年1月1日付けで行われた課長職(製造3課長)から平社員への降格の効力を争い、支給されなくなった役付手当(月額6万円)の支払いなどを求めて提訴したのが本件です。

 本件のメインテーマは降格の可否ですが、原告の方は、これとは別に、パワーハラスメント等により精神的苦痛を受けたと主張して、安全配慮義務違反に基づく損害賠償も請求しました。

 原告の方は、パワーハラスメントとして幾つかの行為を主張しましたが、その中の一つに「残業をさせなくなったこと」がありました。

 具体的に言うと、原告の方は、

「他の従業員は残業をしているのに原告にだけ一切残業を認めないのは、業務上の合理性なく仕事を与えない『過小な要求』である。」

と主張しました。

 原審は冒頭に述べた一般論を示したうえ、被告が合理的な理由なく残業を許可しなかったことを安全配慮義務違反にあたると判示しました。

 こうした原審の判断に対し、被告側が控訴したのが本件です。

 控訴審で、被告は、残業を許可しなかったことについて、

「被控訴人の本件降格後の業務は、従前の業務とは異なり、納期に追われることなどによる残業の必要性があるものではなかったから、控訴人が被控訴人に対し、本件降格前には許可していた残業を本件降格後に許可しなくなったとしても、他の従業員と不当に差別したことにはならない。被控訴人が残業のできる部署への異動を申し出たとしても、労働者にそのような配転を求める権利はないから、やはり不当な差別には当たらない。従業員中の誰を残業させるかを、その能力や意欲を勘案して決定することについても、人事権の行使と同様、使用者の裁量権が広く認められるべきである。そもそも、残業はできるだけ抑制すべきものであり、残業させなかったことが権利侵害に当たるという主張自体に無理がある。」

などと主張し、原審の判断を争いました。

 しかし、控訴審裁判所は、次のとおり述べて、原審の判断を維持しました。

(裁判所の判断)

使用者が、特定の労働者に対し、残業に従事することを制限しても、労働者は、使用者に対し、残業の指示を要求する権利を有するわけではなく、残業に対する賃金も現に残業に従事して初めて発生するものであるから、原則として労働者の権利又は法律上保護される利益を侵害することにはならないが、時間外労働を制限した経緯、動機等に照らして、他の労働者と合理的理由なく異なる取扱いをする差別的な取扱いに当たり、それが労働者に精神的苦痛を与えるときには、労働者の権利又は法律上保護される利益を侵害するものと認められるというべきである。

「証拠・・・によれば、控訴人は、被控訴人の業務を定時の後は別の社員に引き継がせていたこと、Cも広島県労働委員会に提出した書面で、被控訴人の残業を禁止した理由として、業務の内容には言及せず、被控訴人に健康上の問題があること及び給与適正化の要請に応じないことを挙げているにとどまること、Cが社長を退任した後は残業が許可されていることが認められ、これらの事実に照らすと、被控訴人の業務が一般に残業の必要がないものであったとは認められない。そのほか、原判決の『事実及び理由』・・・のとおり、被控訴人に残業を任せられないほどの問題があったとはいえないから、残業を禁止したことが不合理な差別的な取扱いであったことを左右しない。」

3.広島高裁も残業させないことが違法となる可能性を認めた

 上述のとおり、広島高裁も、残業させないことが違法(安全配慮義務違反)となる可能性を認めました。

 高裁レベルでも残業不許可の違法性が認められたことは、極めて画期的なことだと思います。今後、恣意的な残業の不許可の問題には、この広島高裁の判例を引用して対抗して行くことが考えられます。