弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

無分別に連帯責任を問うことが失態を犯した者に対する安全配義務違反とされた例

1.指導・教育の場面での連帯責任

 集団に対して指導・教育が行われる場面で、一人の失態の責任を全員に負わせることがあります。時代によるかも知れませんが、子どもの頃、学校等でこうした指導を受けた方も、少なくないのではないかと思います。

 このような責任の問い方は、大抵、人間関係に無用な軋轢を生じさせます。失態を犯した者は自己否定感や羞恥心に苦しむことになりますし、特段の非のない者は失態を犯した者や指導者に対する悪感情を募らせることになります。

 こうした教育・指導の在り方には常々疑問を持っていたところ、無分別に連帯責任を問うことが失態を犯した者に対する安全配慮義務違反を構成すると判示された裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。熊本地判令4.1.19労働判例ジャーナル123-44 国・陸上自衛隊事件です。

2.国・陸上自衛隊事件

 本件で原告になったのは、陸上自衛隊の陸曹候補生課程に入校し、共通教育中隊に配属中に自殺した陸士長(本件学生)の父母です。本件学生の自殺の原因が、被告A(教官)及び被告B(助教)による指導の名を借りた暴力的、威圧的ないじめないし嫌がらせ行為にあると主張して、A、B、国を相手取って損害賠償を請求する訴えを提起しました。

 本件で、いじめ・嫌がらせとして問題視された行為は複数に渡りますが、その中に次のような行為がありました。

「被告Aは、同日(平成27年10月6日 括弧内筆者)午後7時30分頃、全学生を△△△号隊舎の屋外に集め、入室要領ができていない学生がいるとして本件学生に手を挙げさせて説教をし、午後8時10分までに学生間で話合い、躾教育に関する認識を共有するよう指示した。」

「被告Aは、午後8時10分頃に再度集合した学生らに対し、居眠りをしていた学生がいたため、本日は消灯を早めると言い、本来は午後11時である学生らの消灯時刻を30分早め、午後10時30分に消灯することとした(なお、被告国及び被告Aは、消灯時間を早めたのは昼間寝ていた学生がいたことから学生らの睡眠時間を確保するためであった旨主張するが、学生らの側ではそのような受け止めはせず、制裁的な指導であると受け止めていたものと考えられる。)。」

 上記事実について、裁判所は、次のとおり述べて、安全配慮義務違反にあたると判示しました(ただし、これ以外の違法行為を含めて検討しても、相当因果関係が認められないとして自殺との因果関係は否定しています)。

(裁判所の判断)

「被告国は、公務員に対し、国が公務遂行のために設置すべき場所、施設若しくは器具等の設置管理又は公務員が被告国若しくは上司の指示のもとに遂行する公務の管理にあたって、公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務を負っている(最高裁昭和50年2月25日第三小法廷判決・民集29巻2号143頁参照)。上記義務は、被告国が公務遂行に当たって支配管理する人的及び物的環境から生じ得る危険の防止について信義則上負担するものであると解される。」

「被告国は、その所轄する陸上自衛隊に、陸曹及び陸士としての職務の遂行に必要な知識及び技能を習得させるための教育訓練を行うことを任務とする教育部隊である陸曹教育隊を、その中に陸曹候補生課程の教育を担任する共通教育中隊を設置し、陸曹候補生課程に入校した学生に対し教育訓練を実施し、隊舎等の施設を提供して施設内の生活を営ませている・・・。」

「したがって、被告国は、陸曹候補生課程に入校した学生に対し、学生が教育訓練を受け、隊舎等の施設内において生活を送るに当たり、共通教育中隊の組織、体制、設備を適切に整備するなどして、学生の生命、健康に対する危険の発生を防止する義務(安全配慮義務)を負っているものと認められる。」

「被告Aは、本件学生が所属していた共通教育中隊第1区隊の区隊長であり、学生全体の躾教育を担当する役割を担う同期生会指導部の指導幹部であったこと・・・から、直属の部下であった本件学生の生命、健康に対する危険の発生を防止する義務(被告国の履行補助者としての安全配慮義務)を負っていたことは明らかである。また、被告Bは共通教育中隊第3区隊の2班長であるが、学生全体の躾教育を担う同期生指導部の指導陸曹であったこと(同エ)から、本件学生の生命、健康に対する危険の発生を防止する義務(被告国の履行補助者としての安全配慮義務)を負っていたことが認められる。」

(中略)

被告Aが平成27年10月6日午後7時30分頃、伝令業務ができていない者として本件学生に全学生の前で手を挙げさせ、全学生に午後8時10分まで躾教育で教育された事項を話し合うよう指示したこと・・・及び話合いの後再度集合した学生に対し消灯の時間を早めると伝えたこと・・・は、本件学生に自らの失態のために全学生が連帯責任を負わされたという屈辱感を与える不適切なものであったし、被告Aは同日午後6時45分頃に本件学年に半長靴は磨かなくて良いと言っていた・・・ことからすれば、本件学生は伝令業務を行わなくて良い状況にあったといえるにもかかわらず、全学生の前で挙手させることにより本件学生に自己否定感や羞恥心を抱かせ、更に他の学生の消灯時間を早めることにより本件学生を心理的に追い詰めたものであり、安全配慮義務違反に該当するというべきである。

3.無分別に連帯責任を問うことが否定された例

 本件の舞台になったのは自衛隊ですが、連帯責任を問う教育・指導方法は、学校や民間企業においても散見されます。

 このような人権侵害的な吊るし上げが安全配慮義務違反として判断されたのは、意味のあることだと思います。本裁判例は、連帯責任を問う吊るし上げが自殺に繋がる危険な行為であることの警鐘となるほか、こうした教育・指導の在り方を是正させるための根拠として活用できる可能性があります。