弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

交際関係にあって通常の雇用プロセスを経ていないことが労働者性を否定する一要素とされた例

1.交際関係が先行していて法律関係が良く分からない問題

 交際関係にある人同士が、取引関係を持ったり、共同して事業を営んだりすることがあります。こうした場合、契約書が作成されず、当事者間の法律関係が良く分からないことが少なくありません。

 当事者双方の関係が良好である場合には、それでも困りません。しかし、交際関係が上手く行かなくなってくると、しばしば法律関係が明確にされないまま放置されてきたことによる紛争リスクが顕在化します。

 これは労働契約においても同様です。近時公刊された判例集にも、交際関係が下地にあって法律関係が不明確であったことが労働者性をめぐる紛争に繋がった裁判例が掲載されていました。名古屋地岡崎支判令3.9.1労働経済判例速報2481-39 TRYNNO事件です。

2.TRYNNO事件

 本件で被告になったのは、元々自動車製造設備の製造補修等の事業を行っていた株式会社です。

 原告になったのは、元々個人事業主として美容師業を営んでいた方です。店舗を借りて美容師業を営むことを考え、それを当時交際中であった被告代表者に相談しました。被告は原告が美容師業を営むための店舗についての賃貸借契約を締結し、平成29年2月3日に開業した美容室(本件美容室)で働くようになりました。しかし、平成31年3月9日頃、被告代表者と口論となり、被告代表者から本件美容室の脱毛器購入代金等に充てるため提供された資金の返還を求められ、同月11日頃、交際を解消するに至りました。

 その後、被告から本件美容室の賃貸借契約の解除、廃業届の保健所への提出等が行われたことを受け、原告は、平成31年3月11日付けで解雇されたと主張し、地位確認等を求める訴えを提起しました。

 本件では原告の労働者性が争点となりましたが、裁判所は、次のとおり述べて、原告の労働者性を否定しました。

(裁判所の判断)

「原告は、本件美容室での業務については、その遂行過程において被告から指示を受けることなく、そもそも顧客からの予約を受けるか否かという点も含めて自らの判断で行っていたことが認められる。その勤務状況を見ても、特段被告に指示を仰ぐことなくカット等の業務をこなしており、また、勤務時間については、予約が入っていない際に本件美容室から外出することもあるなど、かなり自由に行動していたことがうかがわれ、時間的にも場所的にも被告によって拘束されていたとはおよそ認めがたい。これらの事情だけをもっても、原告と被告との間に、本件美容室の業務に関する指揮命令関係を見出すことは困難である。」

「原告は、原告が被告からタイムツリーというアプリを用いて指揮命令を受けていたと主張するが、単に予約状況を共有していたというものにすぎず、それ以上に指揮命令を基礎づける事情とはいえない。」

「さらに、原告の給与は、毎月一定額を支給されるというもので、残業や欠勤の際に報酬が増減したといった事実は認められないのであり、労働の結果によって報酬が左右される性質を有していない。他方で、原告は、原告が受け取っていた給与については、給与所得として源泉徴収及び雇用保険料を徴収していたことが認められるが、報酬が固定であったことも併せ考えれば、被告において原告に安定した収入を得させる目的で便宜的にそのような扱いをしたものと見ることができるのであり、労働者性の認定にあたって上記の推認を覆すほどの強い事情とまでいうことはできない。」

また、原告と被告は、もともと交際関係にあったものであり、いわゆる面接、採用という通常の雇用契約に想定される手続を経ているものではないし、就業規則や服務規律、退職金制度、福利厚生の有無についての定めも一切ない。しかも、これらについて原告が被告に不満を訴えたりした事情は認められない。これらの事情は、原告及び被告が、原告の本件美容室での業務において労働基準法等の起立に服することを想定していなかったことの証左である。

「以上に加え、原告が、本件美容室の開業について、一定の物品を負担したこと、被告から店舗からの退去を求められる前後を通じて、独自の商号を用いて営業を行っていたことなどを踏まえると、原告は、被告に対して使用従属関係にあったということができず、原告の労働者性を肯定することはできない。」

3.交際関係にあるからといって、なあなあにしないこと

 労働者性の判断に関しては、厚生労働省 労働基準法研究会報告「労働基準法の『労働者』の判断基準について」(昭和60年12月19日)が強い影響力を持っています。

 「採用、委託等の際の選考過程が正規従業員の場合と同様であるか否か」は、「『労働者性』の判断を補強する要素」という項目の中において「当事者の認識を推認する要素に過ぎないものではあるが、上記の各基準によっては『労働者性』の有無が明確とならない場合には、判断基準のひとつとして考えなければならないであろう」と位置付けられています。

https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000000xgbw-att/2r9852000000xgi8.pdf

 要素としての意味合いは必ずしも強くはありませんが、それでも雇用プロセスの履践を疎かにしていると、足元を掬われる材料になることがあります。

 いざ交際関係が解消された時に身を守ることを考えると、例え今、関係が良好であったとしても、ビジネス上の関係はなあなあにしておかないことが大切です。