弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

立て続けに行われる降格処分-基本給減を伴わなくても5.8%の賃金減は軽視できない/1か月は評価期間として短すぎ

1.立て続けに行われる降格処分

 短期間に連続して降格処分を受け、法律相談に来る方がいます。一般の方の中には、こうした事案を稀なケースだと思われる方がいるかも知れません。しかし、労働問題に関する相談を受けていると、定期的に目にするので、決して稀な類型というわけではないのだろうと思います。

 こうした断続的な処分は、しばしば労働者を退職に追い込むために使われます。退職に追い込みたいけれども、顕著な粗がない場合、人事権を用いて降格処分を行い、労働条件を低下させたり、労働者の自尊心を毀損したりして、間接的な退職を促します。

 それでは、こうした断続的な降格に対し、対抗する術はないのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令3.8.17労働判例ジャーナル118-48 シーエーシー事件です。

2.シーエーシー事件

 本件で被告になったのは、人事のシステム構築サービス、システム運輸管理サービス、BPO(企業の業務を外部に委託すること)サービスを提供する株式会社です。

 原告になったのは、被告に期間の定めのない従業員として雇用されていた方です。

 平成27年12月当時、社会保障ビジネス本部のプロデューサーとして、職責給53万0200円、役職給7万円の賃金を受け取っていました。

 しかし、平成28年1月、サービスプロデューサーからチーフプロジェクトマネージャーに降格され、役職給を7万円から3万5000円に引き下げられました(第一降格)。

 そして、そこから1か月後の平成28年2月、チーフプロジェクトマネージャーから更に役職がない者に降格され、役職給が3万5000円から0円に下げられました(第二降格)。

 結局、原告の方は、令和元年8月に退職してしまうのですが、第一降格、第二降格の違法無効を主張して、差額賃金や慰謝料の支払いを求める訴訟を提起しました。

 本件で争点となった第一降格、第二降格の有効性について、裁判所は、次のとおり述べて、いずれも違法無効だと判示しました。

(裁判所の判断)

「本件第一降格は、前記のとおり、役職給を7万円から3万5000円に減額し、本件第二降格は、前記のとおり、役職給を3万5000円から0円に減額するものであるが、いずれも基本給である職責給53万0200円を減額するものではない。また、被告の職務権限規程においては、前記のとおり、職位としてサービスプロデューサーやチーフプロジェクトマネージャーが定められている。これらによれば、本件第一降格及び本件第二降格は、人事権の行使に基づく、昇進の反対概念としての降格、すなわち職位の引き下げとしての降格であるものと認められる。」

「人事権の行使に基づく職位の引き下げとしての降格については、使用者は、就業規則等に規定がなくても、人事権の行使として行うことが可能であり、使用者には広範な裁量が認められるが、業務上の必要性の有無、程度、労働者の能力、適性、労働者が受ける不利益等の事情を考慮して、人事権の濫用があると言える場合には、無効となるというべきである。」

・本件第一降格について

「被告は、原告が、平成27年12月期、平成26年12月期ともに売上目標に到達することはできなかったし、顧客先で顧客寄りの発言をしたり、営業案件を決めきれず、営業向きでないという評価もされていた旨主張し、証拠・・・がこれに沿うとする。」

「しかし、証拠・・・によれば、原告に関する人事評価について、平成27年5月から同年11月までの期間において、上長から一部の目標について『年度計画達成度としては未達の評価』という評価を受けているものの、事業部利益は89.0%、全体としては目標達成率93%という評価を得ていたこと、原告が本件BPO業務の営業部門のサービスプロデューサーであった期間に、伊藤忠エネシスと田辺三菱製薬という2件の案件を受注し、原告が降格された直後に三井ホームの案件を受注したことが認められることに照らせば、被告の前記主張に沿う証拠を採用することはできず、他に被告の前記主張を認めるに足りる証拠はない。」

「また、被告は、本件第一降格について、本件BPO業務をてこ入れする必要があるところ本件BPO業務の営業部門にはサービスプロデューサーが1名である必要があるため、原告をサービスプロデューサーから降格して、Cを本件BPO業務の営業部門のサービスプロデューサーとした旨主張する。」

「しかし、前記のとおり、原告が営業向きでないことを認めることはできないところ、原告を降格させてまで他の部門の者をサービスプロデューサーに交代させる必要性を認めるに足りる証拠はない。」

「そして、原告の能力等については、営業向きでないことを認めることはできないし、被告の社内において原告について否定的な評価がされたことを認めるに足りる証拠もない。」

「そして、本件第一降格によって、原告は、月額賃金60万0200円のうち3万5000円という約5.8%の減額を受けたことになるが、これは必ずしも小さな減額幅ではないといえる。

「以上の事情を総合考慮すると、本件第一降格は、人事権の濫用に当たり無効である。

・本件第二降格について

「被告は、原告が、担当した田辺三菱製薬の社宅業務につき、見積りを上長へ報告せず、所定の社内承認を得ることもなく顧客に提示するなどの問題が生じたため、チーフプロジェクトマネージャーとしての役割を十分に果たしていないと判断し、本件第二降格を行った旨主張する。」

「しかし、被告の前記主張に沿う証拠はないし、そもそも本件第一降格から本件第二評価までの期間はわずか1か月でしかないところ、これはチーフプロジェクトマネージャーとしての役割を十分に果たしていないと判断するのには短すぎるというほかない。

「そして、原告の能力等については、営業向きでないことを認めることはできないし、被告の社内において原告について否定的な評価がされたことを認めるに足りる証拠もない。」

「そして、本件第二降格によって、原告は、月額賃金56万5200円のうち3万5000円という約6.2%の減額を受けたことになるが、これは必ずしも小さな減額幅ではないといえる。

「以上の事情を総合考慮すると、本件第二降格は、人事権の濫用に当たり無効である。

3.本件で参考になること

 本件は二つの点で参考になります。

 一つ目は、賃金減額幅の捉え方です。職責給(基本給)の減額が伴っていなくても、役職給の減額それ自体が、降格の有効性を否定する方向で一定のインパクトを持つ要素として位置付けられました。「降格に伴い業務負荷も減るのだから別段不利益はない」といった杓子定規な考え方は採られませんでした。また、役職給のみの減額でも、賃金総額に占める割合が5.8%に上っていたことについて、「必ずしも小さな減額幅ではない」と評価した点も、他の事案に応用できる判示だと思います。

 二つ目は、第一降格から第二降格までの期間です。第一降格から第二降格までの時間的間隔が1か月であったことについて、役割を十分に果たしていないと判断するには短すぎると判断されました。冒頭で述べたとおり、短い間隔で断続的に降格処分が行われることは少なくないため、この部分の判示は、期間的な観点から降格処分の効力を争うにあたり参考になります。

 賃金が減少しない場合はともかく、賃金減額を伴う場合、降格の効力はそれほど容易に認められるわけではありません。お困りの方がおられましたら、お気軽にご相談ください。