弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

採用内定の成立が認められない中途採用者について期待権侵害が認められた事例

1.採用内定に至らない段階での採用拒否

 新規卒業者にしても中途採用者にしても、正当な理由なく採用内定(始期付解約留保権付労働契約)を取り消された場合に損害賠償請求が可能なことは、一般に知られています。

 それでは、採用内定の成立までは認定できない場合はどうなのでしょうか?

 この場合にも、使用者側の言動等により、労働契約が締結されることへの期待が法的保護に値する程度に高まっていたと認められる場合には、損害賠償を請求することができます(第二東京弁護士会 労働問題検討委員会『2018年 労働事件ハンドブック』〔労働開発研究会、初版、平成30〕40頁、42-23頁参照)。

 近時公刊された判例集にも、この類型にあてはまるとされた裁判例が掲載されていました。東京地判令3.6.29労働経済判例速報2466-21フォビジャパン事件です。

2.フォビジャパン事件

 本件で被告になったのは、仮想通貨交換事業等を目的とする株式会社です。この会社の代表取締役はC及びBの二名体制がとられていました。

 原告になったのは、被告への転職を希望していた方です。元々他社において月給34万円で働いていたところ、Cから月給39万円での採用を示唆されたことを受け、前職を退職するなど転職の準備を進めました。

 しかし、被告において従業員を採用する権限は、CではなくBが有していました。Bとの面接の後、月給30万円での採用を打診され、結局、原告の方は、被告では就労しないという選択をしました。

 このような事実関係のもと、主位的に解約留保権付労働契約(採用内定)の成立を理由とする地位確認等を、予備的に期待権侵害を理由とする損害賠償を請求して被告を提訴したのが本件です。

 裁判所は、次のとおり述べて、採用内定の成立を否定する一方、期待権侵害を理由とする損害賠償請求は認めました。

(裁判所の判断)

「原告は、平成31年1月31日、原告と被告の代表権を有するCとの間で、解約留保権付労働契約が成立した旨を主張する。」

「しかし、・・・当時、従業員の採用を決定する権限はBにあり、Cはその権限を有していなかったものと認められる。」

「そして、・・・

〔1〕平成31年1月21日に原告がCに対し被告へ転職したい旨を告げた際、Cが、原告に対し、採用に当たり、被告の現場責任者及び会長(B)との面接を受けることになる旨を説明したこと、

〔2〕一次面接の後、Cが原告に対し同面接の結果が良好であった旨を告げた際にも、Bとの面接が不要である旨の発言はしていないこと、

〔3〕同年2月に入った後、原告が、Fとの間で、Bとの面接について言及し、『傾向と対策』を要望したことに照らすと、同年1月31日の時点で、原告は、Cが従業員採用について自ら決定する権限を有していなかったことを認識していたものと認めるに十分であり、被告は、原告に対し、Cの代表権に加えた制限を対抗することができるというべきである(会社法349条5項の反対解釈)。」

「したがって、Cの行為により原告と被告との間で解約留保権付労働契約が成立したとはいえず、原告の上記主張は採用することができない。

(中略)

「被告の代表取締役であるCは、

〔1〕平成31年1月21日、被告への転職を希望した原告に対し、採用された場合の給与が当時FXTFから得ていた給与(月額34万円)を上回る月額39万円となることをいわゆる定額残業代部分の有無も含めて明言し、

〔2〕同月31日、被告の現場責任者であるDらとの面接(一次面接)を終えた原告に対し、同面接の結果が良好であった旨を告げるとともに、就業開始の具体的日程について言及しており、採用に関し確度の高い発言をしたものということができる。また、

〔3〕それまで、FXTFから複数の従業員が被告に転職しており、Bとの面接の結果転職に至らなかった事例も存在せず、

〔4〕FXTFから被告に転職した従業員の一人であるFは、一次面接の後、FXTFを退職した際の手順を尋ねた原告に対し、原告も同様に採用されるであろうとの認識から(証人F)、即座に、『明日Gさん、Hさんに辞意を表明してください』と具体的な手順を教示している。そして、原告は、これらの結果、それまでの待遇を上回る条件で被告に採用されることが確実であるとの認識を抱き、FXTFに対し退職届を提出したものと認められる。」

「以上の経過を踏まえると、被告から書面等による正式な採用の通知はなされておらず、原告においても採用に至るにはBとの面接が必要であることを認識していたと認められることを踏まえても、上記の原告の認識(期待)は法的保護に値するものというべきであり、被告が、原告がFXTFを退職する直前(在籍最終日の2日前)になって、Cの提示(給与月額39万円)説明を覆し、それまでの待遇(給与月額34万円)をも下回る条件(給与月額30万円)を提示したことは、原告の期待権を侵害するものであって不法行為を構成する。

3.「内定に至っていない=損害賠償請求ができない」ではない

 不当な内定取消に対して救済を求められることは認識していても、内定に至ってなければ何も言えないと誤解している一般の方は、少なくないように思われます。

 しかし、採用内定が認定できない場合であったとしても、使用者側の言動等から損害賠償請求が認められる可能性はあります。本件でも慰謝料請求は否定されましたが、他企業に再就職するまでに要した2か月分に相当する逸失利益68万円の損害の発生が認定されています(ただし、2割の過失相殺)。

 必ずしも経済的に割に合うわけではありませんが、あまりに理不尽だと思われるようなケースに関しては、損害賠償請求を考えてみても良いかもしれません。