弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

任期付き公務員の再任用拒否に期待権侵害が認められた例

1.公務員と雇止め

 労働契約法19条は、

「当該有期労働契約が過去に反復して更新されたことがあるものであって、その契約期間の満了時に当該有期労働契約を更新しないことにより当該有期労働契約を終了させることが、期間の定めのない労働契約を締結している労働者に解雇の意思表示をすることにより当該期間の定めのない労働契約を終了させることと社会通念上同視できると認められる」場合、又は、

「当該労働者において当該有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められる」場合、

契約の更新を拒絶するためには、客観的合理的理由・社会通念上の相当性を要するとしています。客観的合理的理由・社会通念上の相当性が認められない場合、当該有期労働契約は同一の労働条件で更新されます。

 このルールは、国家公務員や地方公務員には適用されません(労働契約法21条1項参照)。そのため、任期付き公務員は、再任用を拒否された場合であっても、労働契約法19条に基づいて再任用拒否の効力を争うことはできません。

 しかし、再任用拒否が任用継続に対する期待を侵害したと認められる場合、期待権侵害を理由に損害賠償を請求できることがあります。近時公刊された判例集にも、期待権侵害を理由とする慰謝料請求が認められた裁判例が掲載されていました。東京地判令3.6.24労働判例ジャーナル116-56 世田谷区役所事件です。

2.世田谷区役所事件

 本件で被告になったのは、幼稚園(本件幼稚園)を管理運営する特別地方公共団体です。

 原告になったのは、本件幼稚園で臨時職員(事務補助職員)として勤務していた方です。事務補助職員fと交替で、1週間あたり平日2~3日の勤務を行っていました。

 しかし、書類上は、原告は奇数月のみ、被告は偶数月のみ、本件幼稚園に勤務していると扱われていました。

 これは世田谷区教育委員会臨時職員取扱要綱に原因があります。同要綱は、臨時的任用にかかる職員について、

「2か月を超えない任用期間を定めた臨時職員にあっては、当該任用期間が満了し、1か月を経過した後であれば、同一年度内において再度任用することができるが、同一年度内における任用期間は、通算して6か月を超えることができない」

と定めていました。臨時的任用の仕組みは用いたい/だけれども要綱に違反することはできない、こうして生まれたのが本件の枠組みです。賃金は、偶数月には原告に、奇数月に、fに支払われていました。原告とfは、もらった賃金について、相手方の取り分を相互に精算していました。

 こうした事実関係のもと、原告は、労働契約上の地位の確認の確認や、期待権侵害を理由とする慰謝料請求等を求める訴えを提起しました。慰謝料請求は地位確認請求が通らなかった場合に備えた予備的なものでした。

 本件で注目されるのは予備的請求である慰謝料請求についての判断です。裁判所は主位的請求は棄却しましたが、次のとおり述べて期待権侵害を認め、被告に慰謝料等22万円の支払いを命じました。

(裁判所の判断)

「原告は、被告が何ら合理的な理由なく原告の再任用を拒否したことは違法であると主張する。」

(中略)

「任命権者が、任用期間の定めのある地方公務員に対して、任用予定期間満了後も任用を続けることを確約ないし保障するなど、同期間満了後も任用が継続されると期待することが無理もないものとみられる行為をしたというような特別の事情がある場合には、当該地方公務員がそのような誤った期待を抱いたことによる損害につき、国家賠償法に基づく賠償を認める余地があると解される。」

「前記前提事実・・・において認定した事実によれば、

〔1〕原告が本件幼稚園において従事していた事務補助の職務は、継続性が求められる職務であること、

〔2〕原告は、平成23年12月2日に勤務を開始して以来、被告(教育委員会)から、奇数月だけでも少なくとも30回以上にわたって繰り返し臨時職員としての任用を受け、勤務開始時にd副園長から説明を受けたとおり、任用されていない偶数月も含めて継続的に勤務をし、結果的に勤務の継続が約5年4か月の長期間に及んでいたこと、

〔3〕同じく事務補助職員として原告と交替で勤務していたfは、原告が勤務を開始した時点で既に14~15年にわたり勤務を継続していたこと、

〔4〕d副園長及びe副園長も、条件明示書兼承諾書及び申請書兼決定書の記載内容と原告の勤務実態が異なっていることを認識していたにもかかわらず、そのような状況を継続し、原告に対し、上記各書面の記載内容どおりの勤務形態(隔月勤務)に改めるよう指導したことはなかったこと、

〔5〕原告は、奇数月ごとの再任用の際、条件明示書兼承諾書に署名押印して提出していたが、任用期間が満了する都度、翌月又は翌々月の任用について意向を確認されることはなく、当然のように再任用が継続されていたこと、

〔6〕そのような中、d副園長は、原告に対し、ずっと働いてほしいと述べるなど、長期にわたる職務の継続を期待させるような言動をしていたことが認められる。これらの事情に照らせば、被告は、原告が奇数月ごとに再任用され、任用月に当たらない偶数月も含めて勤務を継続することを期待することが無理もないとみられる行為をしたという特別の事情があったと認めるのが相当である。

「以上によれば、原告の再任用に対する期待は、法的保護に値するというべきであるところ、前記・・・において認定した事実によれば、e副園長は、原告に対し、原告との関係が良好でないA教諭が復職することから、本件通告をし(e副園長において、原告とA教諭の間の人間関係の調整を試みたり、両者の関係性を踏まえた対応を検討したりした形跡はない。)、被告においてこれ以降原告を再任用していないのであるから、被告は、原告の上記期待権を違法に侵害したというべきである。なお、e副園長は、本件通告をした真の理由は、原告に仕事上のミスが多いことや原告が業務指示に従わないことであった旨証言するが・・・、e副園長の陳述書・・・にはこの点について全く記載されておらず、これらの事実を裏付ける証拠も提出されていないから、e副園長の上記証言を採用することはできない。」

したがって、被告は、原告に対し、国家賠償法1条1項に基づき、上記期待権の侵害による精神的損害を賠償すべき責任を負う。

「そして、原告の本件幼稚園での事務補助職による収入額のほか、原告の勤務実態や任用終了の際のやり取りの内容その他本件に現れた一切の事情を考慮すると、上記精神的損害に対する慰謝料として20万円を認めるのが相当である。また、上記認容額及び審理の経過を考慮すると、上記期待権の侵害と相当因果関係のある弁護士費用として、2万円を認めるのが相当である。」

3.慰謝料額は低廉であるが・・・

 本件で認められた慰謝料は20万円と少額に留まっています。しかし、裁判所が原告の期待権侵害の主張を採用したのは、注目に値します。期待権侵害による慰謝料請求を認めた事件は類例に乏しいからです。

 期待権侵害による慰謝料請求の可否等や慰謝料水準を把握するにあたり、本請求は数少ない認容例の一つとして参考になります。