弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

公務員の懲戒処分-処分説明書の拘束力

1.処分理由書

 懲戒処分を受けた公務員は、処分理由の書かれた説明書の交付を求めることができます。

 その法的な根拠を挙げると、国家公務員法89条は、

「職員に対し、その意に反して、降給し、降任し、休職し、免職し、その他これに対しいちじるしく不利益な処分を行い、又は懲戒処分を行わうとするときは、その処分を行う者は、その職員に対し、その処分の際、処分の事由を記載した説明書を交付しなければならない。」(1項)

「職員が前項に規定するいちじるしく不利益な処分を受けたと思料する場合には、同項の説明書の交付を請求することができる。」(2項)

と規定しています。

 地方公務員法49条は、

「任命権者は、職員に対し、懲戒その他その意に反すると認める不利益な処分を行う場合においては、その際、その職員に対し処分の事由を記載した説明書を交付しなければならない。」(1項)

「職員は、その意に反して不利益な処分を受けたと思うときは、任命権者に対し処分の事由を記載した説明書の交付を請求することができる。」(2項)

と規定しています。

 それでは、処分行政庁は、争訟手続の中で、説明書の記載に対応しない事実を処分の理由であると主張することが許容されるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。大阪高判令2.6.19労働判例1230-56 京都市(児童相談所職員)事件です。

2.京都市(児童相談所職員)事件

 本件は児童相談所の職員として勤務していた被控訴人が、控訴人から受けた停職3日の懲戒処分の取消を求めて出訴した事案です。一審が職員側の請求を認容したことから、地方自治体(京都市)側が控訴したという経過が辿られています。

 停職処分の理由は幾つかありましたが、その中の一つに、職場の新年会(本件新年会)において、当該児童相談所で要保護児童として措置をとられていた児童の個人情報を含む発言をしたことが挙げられていました。

 これは、具体的には、次の事実として認定されています。

「京都市児童相談所の支援課のうち、虐待班(4、5班)の職員による職場新年会(本件新年会)が、平成27年1月14日午後6時35分頃から、職場外の店舗において開催された。本件新年会に出席した職員の中には、業務上、本件虐待事案を了知していない職員が複数名存在した。」

「本件新年会には、原告を含む合計12名の職員が参加しており、二つのテーブルに分かれて座っていたところ、原告は、C主席を含む合計6名ほどが座るテーブルの席で、飲酒をしながら、C主席に対し、本件児童への京都市児童相談所の対応をただそうと考え、『Aの件はどうするのですか。』『重大な問題を放置する児相は末期的ではないですか。』などと発言し、本件虐待事案に対する京都市児童相談所の対応について話題に出した。これに対して、C主席がしかるべき対応をするつもりである旨の回答をすると、原告は、『担当のGさんは全くやる気がありませんよね。』などと、本件児童の担当児童福祉司であったG職員を批判する発言をした。」(下線部及び打消線部=高裁の改め文で改められた部分)

 他方、控訴人が被控訴人に交付していた処分説明書には、これに対応する部分につき

「当該児童の個人情報を含んだ内容について発言したこと」

と書かれていました。

 裁判所は、次のとおり判示し、上記の処分説明書の記載のもとで、本件新年会での発言を懲戒事由として認定することを、消極に理解しました。

(裁判所の判断)

「市長(処分行政庁)は、本件懲戒処分の処分説明書において、本件対象行為3のうち本件新年会に関する部分につき、『当該児童の個人情報を含んだ内容について発言した』ことを懲戒事由としている・・・。」

任命権者は、職員に対し、懲戒処分を行う場合、処分の事由を記載した説明書(処分説明書)を交付しなければならないとされている(地方公務員法49条1項)。この仕組みに照らせば、懲戒処分の際の処分説明書において懲戒事由とされていない事由を当該懲戒処分の取消訴訟において処分行政庁の所属する公共団体が主張することは許されないというべきである。

「そうすると、Aにおいて重大な問題が発生していることと、その担当者の名前に言及することが『当該児童の個人情報を含んだ内容について発言した』ことといえるかどうかが問題となる。しかし、重大な問題といっても様々なことが考えられ、直ちに虐待行為と結びつくわけではないし、担当者の担当する職務にも様々なものがあるから、その名前を挙げたからといって、直ちにAにおける虐待行為と結びつくわけではない。まして、これらが本件児童と結びつくものではない。」

「したがって、控訴人の前記主張は、本件懲戒処分の処分説明書において懲戒事由とされている事実があったと認めることができず、理由がない。」

3.懲戒事由は処分説明書の記載に拘束される

 地方公務員法は、懲戒事由を、

「この法律若しくは第五十七条に規定する特例を定めた法律又はこれに基く条例、地方公共団体の規則若しくは地方公共団体の機関の定める規程に違反した場合」

「職務上の義務に違反し、又は職務を怠つた場合」

「全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあつた場合」

と規定しています(地方公務員法29条1項)。

 このような仕組みがとられているため、新年会での発言が、

「当該児童の個人情報を含んだ内容について発言した」

事実に該当しないとしても、

「全体の奉仕者たるにふさわしくない非行」

に該当すると評価できるのであれば、これを理由に懲戒処分を下せるという理解も成り立たないわけではありません。

 しかし、裁判所は、そうした理解は採用しませんでした。処分説明書に

「当該児童の個人情報を含んだ内容について発言した」

と記載されている以上、そのように評価される事実でなければ懲戒事由には該当しないと判示しました。

 これは公務員の懲戒処分を争う場面一般に応用できる画期的な判示だと思います。こうした判断をした高裁レベルの裁判例が出たことは、注目に値します。