弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

家族宛ての帰宅メールに基づいた労働時間立証が認められた例

1.労働時間の立証手段

 労働時間の立証手段となる証拠には、

機械的正確性があり、成立に使用者が関与していて業務関連性も明白な証拠

成立に使用者が関与していて業務関連性は明白であるが、機械的正確性のない証拠、

機械的正確性はあるが業務関連性が明白でない証拠、

機械的正確性がなく、業務関連性も明白でない証拠、

の四類型があります(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅰ』〔青林書院、改訂版、令3〕169頁参照)。

 家族に対して帰宅を知らせるメールは、

機械的正確性はあるが業務関連性が明白でない証拠

に該当します。業務関連性が必ずしも強いとはいえないため、家族に対して帰宅を知らせるメールをもとに労働時間立証が認められることは、それほど多いわけではありません。

 しかし、近時公刊された判例集に、帰宅メール(何時着の列車に乗って帰宅するかを連絡する妻宛てのメール)に基づいた労働時間立証が認められた裁判例が掲載されていました。東京地判令4.5.19労働経済判例速報2508-26 国・日立労働基準監督署事件です。

2.国・日立労働基準監督署事件

 本件は労災の不支給処分の取消訴訟です。

 原告になったのは、茨城県日立市に所在する勤務先会社(本件会社)の事業場(本件事業場)において、組込みハード開発部組込ハードグループの主任技師として、プログラムの論理設計や検証業務を行っていた方です。平成22年2月上旬に精神障害(反復性うつ病性障害)を発症し、合計3回の休職を経た後、平成29年9月30日に本件会社を退職しました。

 退職前、原告は精神障害が業務に起因すると主張して、療養補償給付を請求しました。しかし、平成29年11月17日、日立労働基準監督署長は、原告の業務による心理的負荷の程度が精神障害を発症させるおそれのあるものであったとは認められないとして、不支給処分を行いました(本件処分)。これに対し、審査請求、再審査請求を経て、取消訴訟を提起したのが本件です。

 結論として取消請求は棄却されているのですが、裁判所は、次のとおり述べて、労働時間を認定しています。

(裁判所の判断)

「原告は、勤休システムは、実際の労働時間を報告したものではなく、原告ノート、卓上カレンダー、帰宅メール及び保安記録表による別紙1の始業・終業時刻が正しい旨主張する。そして、原告は、勤休システムに始業・終業時刻をありのまま報告しなかった理由について、本件会社において、設計開発の案件ごとに予算があり、予算の範囲内で設計開発を達成する必要があるため、Dなどの管理職が作業者に対し、月ごとの作業時間を示し、その範囲内で労働時間を勤休システムに報告するように指示されていたからである旨供述する・・・。」

「確かに、原告は平成22年2月4日及び同年3月1日の未明まで本件事業場にいたことが保安記録により認められ・・・、この事実とDと原告とのメールの内容・・・を併せると、原告は、上記両日の前日から上記両日の未明まで本件プロジェクトの作業のため本件事業場に滞在していたことが認められるところ、勤休システムにはその記録はなかった・・・。また、Dと原告との間のメールの内容から・・・、原告が平成22年1月10日、同月11日及び同月24日に休日出勤したこと、同月20日に残業したことが認められるが、勤休システムにはその記録はなかった・・・。これらのことからすれば、原告の労働時間が、勤休システムにおいて報告された範囲に止まるものであったと認めることはできない。」

(中略)

「他方で、原告が根拠とする原告ノート及び卓上カレンダーに記載された労働時間は、その正確性について確認した者がおらず、いつ記載されたか外形上明らかなものではなく、日々の労働時間をありのまま記録したものといえるかが不明なものであり、労働時間の記録として採用することはできない(原告ノートに関しては、5年以上経過した後の平成28年10月頃に記載したというのであるから、なおさら採用できない。原告本人p8)。」

「帰宅メールは、メールを表示した画面を映した写真のみが現存し、データとしては存在していないが・・・、これに一部対応する妻の返信メールがデータとして現存していること・・・、休日である平成22年3月12日にも仕事帰りのような帰宅メールをしたのは・・・、妻へのホワイトデーのプレゼント購入のため妻に内緒で買い物に行ったからであるとの原告の主張は不合理ではないこと、車による迎えの依頼に対する妻からの返信メールがない日があることや、妻が返信に使用していた機器がWILLCOM03製ではなかったにもかかわらず原告が使用していた機種による『sent from WILLCOM03』といった記載の返信メールがあること(甲26、別紙6参照)についての原告の説明・・・が家族間のメールのやりとりとして不自然、不合理であるとはいえないことからすれば、上記・・・のとおりの日時に送信されたものと認めるのが相当である。」

「そうすると、原告は、平成21年9月1日から平成22年2月9日まで、別紙1の『帰宅電車/小木津駅着』の列の時刻(ただし、平成22年1月13日、同月14日及び同月21日については、別紙1の上記列の時刻を、上記・・・のメールのとおり『22時45分』と訂正する。)に小木津駅に着く列車に乗って、勤務先から帰宅したものと認められる。そして、原告が執務室からその最寄駅の大甕駅まで移動するには15~20分は必要であった・・・。

そうすると、原告は、必ずしも、帰宅メールで乗車したと伝えた列車が大甕駅を発車する時刻の20分前まで就労していたとはいえないものの、その一本前の列車に乗れるならば、その列車に乗ったはずであるから、少なくとも、一本前の列車に乗れない時刻までは就労していたものと認められる。したがって、原告は、少なくとも、原告が乗車した列車の一本前の列車の大甕駅発車時刻の19分前まで(その時刻が所定終業時刻である午後5時10分より前のときは同時刻まで)就労していたものと認められる。また、平成22年2月3日は、保安記録表のとおり翌日5時50分までは就労していたものと認められる。これらを総合し、原告の労働時間を推計すると、別紙3のとおりとなる。

3.労災事件であって残業代請求事件ではないが・・・

 本件は労災の取消訴訟であって残業代請求ではありません。 

 しかし、令和3年3月 30 日基補発 0330 第1号「労働時間の認定に係る質疑応答・参考事例集の活用について」は、

「労災認定における労働時間は労働基準法第32条で定める労働時間と同義である」

としています。

 よくよく裁判例を分析していると、労災認定における労働時間と労働基準法上の労働時間の概念とは必ずしも一致するものではないのですが、大部分において重複しているのは確かです。つまり、労災の可否との関係で労働時間性を認定した裁判例であったとしても、残業代請求の事件で引用することも可能です。

 本件は帰宅メールによる労働時間立証が認められた事例として、労災だけではなく、残業代請求の場面でも活用して行くことが考えられます。