弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

様々な業務を行わせていたにもかかわらず、賃金の支払を請求されるや連絡を絶った行為が不法行為に該当するとされた例

1.賃金の支払義務

 労働基準法24条1項は、

「賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。」

と規定しています。

 単純な債務不履行が犯罪とならないのに対し、賃金の不払いは労働基準法120条1号により、30万円以下の罰金に処せられる犯罪とされています。

 ただ、犯罪に該当することと、当該行為が民事上の損害賠償責任を生じさせることとは別の問題です。

 例えば、賃金不払いの場合、賃金が支払われれば損害は填補されるのであり、慰謝料を発生させる原因にまではならないという理解も成り立ちます。実際、違法解雇を理由に慰謝料を請求する局面では、地位が確認され、バックペイ(未払賃金)の支払を受けられれば自動的に精神的苦痛は慰謝されるとして、慰謝料の請求を棄却する裁判例は、多く見られます。

 しかし、近時公刊された判例集に、賃金の不払いに不法行為該当性を認めた裁判例が掲載されていました。一昨日、昨日とご紹介している、東京地判令6.2.28労働判例ジャーナル151-44 小野寺事件です。

2.小野寺事件

 本件で被告になったのは、とび・土工・コンクリート工事等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、令和2年4月24日に被告との間で契約を締結し、鍵交換、看板製作、パンフレット製作等の業務に従事してきた方です。原告は、この契約が労働契約であると主張し、未払賃金や割増賃金、休業手当、付加金、立替費用などを請求する訴えを提起しました。

 原告の請求は、上述のように多岐に渡っていたのですが、その中の一つに、不法行為に基づく損害賠償請求がありました。

 損害賠償関係での原告の主張は、次のとおりです。

(原告の主張)

「被告は、令和2年8月13日以降、一方的に原告との連絡を絶ち、放置し続けたところ、これは不法行為に当たる。」

「原告は、上記・・・の被告の行為により精神的苦痛を負い、新しく就職する機会を奪われた。これらの事情を考慮すると、被告は、原告に対し、118万6284円の損害賠償義務を負う。」

 ここでいう「連絡を絶ち」というのは、賃金請求を無視、放置し続けたことを意味しています。

 原告の請求について、裁判所は、次のとおり述べて、請求を一部認容しました。

(裁判所の判断)

「Cは、令和2年3月頃までに、被告から、被告の企画・事業本部部長という肩書を付した名刺を使うことを許可され、また、時期や期間は定かではないが、被告の社会保険に加入した。」

(中略)

「原告は、Cに対し、令和2年6月13日、本件鍵交換及び本件看板製作に係る請求書をそれぞれ送付し、同年7月13日、本件鍵交換及び本件看板製作に加え、本件名刺作成及び原告の作業費(基本給)に係る請求書をそれぞれ送付したところ、Cは、同月16日、原告に対し、『昨日入金できず今日午後から振込をするそうです。』などとメッセージを送った。」

「同日、原告口座に、被告から本件鍵交換に係る費用が振り込まれたが、その余の費用は振り込まれなかった。」

「原告は、令和2年8月11日、被告本社事務所において、Cに対し、賃金等の支払を催促したところ、Cから請求書を被告の仕様に沿うように作成し直すよう指示され、同月13日、原告の作業費(基本給)、本件鍵交換、本件パンフレット製作、本件看板製作及び本件名刺作成に係る各請求書を改めて作成し、Cに対し、これらを送付した。しかし、被告からの支払は得られなかった。」

「原告は、同日以降、Cと連絡がとれなくなり、Cの指示に従った作業を行っていない。」

「原告は、被告に対し、令和3年8月30日付けの内容証明郵便を送付して、原告の作業費(基本給)、交通費、本件パンフレット製作、本件看板製作、本件USBメモリ交付及び本件名刺作成に係る各費用を請求した。同内容証明郵便は同年9月4日に被告に到達したが、被告は請求に応じなかった。」

「原告は、令和3年9月6日、Cに対し、前記・・・の内容証明郵便と同じ内容の文書等をメールで送付したところ、Cは、同月7日、原告に対し、『Dの作業であり、小野寺で雇用した覚えは一切ありません。』、『一方的な請求内容で承認出来ません。』などと返信した。」

(中略)

Cは、本件請求期間において、原告に指示し、様々な業務を行わせていたにもかかわらず・・・、令和2年8月13日に原告がCの指示に従い作り直した請求書を送付して以降、突如として、原告の連絡に応答しなくなったものであり・・・、原告への連絡を妨げる事情も見当たらないことを踏まえると、原告との連絡を絶つというCの行動は、違法に原告の権利又は法律上保護された利益を侵害するものとして、不法行為を構成すると認められる。

原告は、Cから連絡を絶たれ、Cの指示に従って業務を継続できなくなったことにより、合理的に再就職が可能と考えられるまでの間、本来業務を継続していれば得られたはずの賃金相当額の損害を受けたものということができ、その期間は、原告の年齢、健康状態及び本件訴訟に至る経緯等を考慮すると、Cが連絡を絶ってから3か月間の範囲に限るとするのが相当である。

「そして、本件においては、前記・・・で説示したとおり、就労日数についての保証があったとはいえないが、別紙『原告時間シート』によると、原告は令和2年5月から同年7月までの間に合計237時間(本件請求期間における原告実労働時間合計273.5時間から同年4月の実労働時間である25.5時間と同年8月の実労働時間である11時間を除いたもの)就労しており、Cが連絡を絶たなければ、少なくとも月平均79時間(=237時間÷3)の就労は可能であったと認められるから、損害額は、39万1050円(=時給1650円×79時間×3)をもって相当というべきである。」

「また、原告は、Cから連絡を絶たれたことにより、未払賃金等の支払を受けられないまま、業務を継続することもできなくなり、精神的な損害を被ったものと認められ、これを慰謝するには30万円をもって相当と認める。

3.逸失利益、推計計算、慰謝料が認められた

 裁判所の判断の特徴は、不法行為該当性を認めたこともさることながら、

逸失利益、推計計算、慰謝料

のトリプルコンボを決めたところにあります。

 賃金の不払いですから、賃金請求が認められれば損害がなくなるという判断もあったのではないかと思います。しかし、裁判所は、そういう形式的な判断はしませんでした。先ず、これが注目に値します。

 続けて、裁判所は、逸失利益、慰謝料双方の請求を認めました。

 逸失利益の認定を行うにあたっては、就労日数についての保証のある労働契約であるはないとしながらも、推計計算を行いました。裁判所は、推計計算に対して、これを容易には認めない傾向にあります。今回、推計計算によって逸失利益が認定されたことは、画期的な判断だと思います。

 それだけではなく、慰謝料として30万円の損害まで計上しました。ハラスメント慰謝料の相場観と対比して考えると、結構な金額だと思います。

 請求額と弁護士費用との兼ね合いや、回収可能性(相手方の資力等)の問題で裁判に至らなにいことも結構多いのですが、働かせるだけ働かせ、賃金を支払う段になると行方不明・音信普通になる使用者は、法律相談レベルでは結構目にします。

 そうした会社に責任を追及して行くにあたり、裁判所の判断は参考になります。