弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

親には成人した子の疾患(てんかん)を勤務先に伝える義務があるのか/家族から労働者の疾患を伝えられた勤務先はどうすればよいのか

1.親は成人した子に対してどこまで責任を持つのか

 民法712条は、

「未成年者は、他人に損害を加えた場合において、自己の行為の責任を弁識するに足りる知能を備えていなかったときは、その行為について賠償の責任を負わない。」

と規定しています。

 この規定により未成年者が責任を負わない場合、

「その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者」が「その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。」

とされています(民法713条1項)。

 また、未成年者に自己の行為の責任を弁識するに足りる知能(責任能力)がある場合でも、

「監督義務者の義務違反と当該未成年者の不法行為によつて生じた結果との間に相当因果関係を認めうるときは、監督義務者につき民法七〇九条に基づく不法行為が成立する」

と理解されています(最二小判昭49.3.22民集28-2-347)。

 未成年者に責任能力があろうがなかろうが、親権者は未成年者の監督義務を適切に履行していなければ、未成年者がしたことに責任を問われる可能性があります。

 一般論として言うと、この自分の子どもに対する監督義務は、子どもの成長に合わせて限定されて行きます。親の子どもに対する影響力は、子どもの成長とともに減少して行くからです。

 最二小判平18.2.24集民219-541は、未成年者が起こした強盗傷人事件について親権者の監督義務違反の存否が問われた事案で、

「本件事件当時、Aらは、いずれも、間もなく成人に達する年齢にあり、既に幾つかの職歴を有し、被上告人らの下を離れて生活したこともあったというのであり、平成13年4月又は5月に少年院を仮退院した後のAらの行動から判断しても、被上告人らが親権者としてAらに対して及ぼし得る影響力は限定的なものとなっていたといわざるを得ないから、被上告人らが,Aらに保護観察の遵守事項を確実に守らせることができる適切な手段を有していたとはいい難い。

などと判示し、親権者の監督義務違反を否定しています。

 そして、父母の親権に服するのは、「成年に達しない子」(民法818条1項であり、子どもが成人すると同時に監督義務の根拠となる親権は消滅します。

 親権が消滅した後は、基本的に子どものしたことに責任を問われることはありません。

 しかし、不法行為の被害を受けた方から相談を受けていると、加害者が成人していても、加害者の親にまで責任を問いたいというお気持ちを持っている方が一定数おられます。判例集でも、成人した子の責任を親に問おうとした事案は、定期的に掲載されています。近時公刊された判例集に搭載されていた京都地判平30.9.14判例時報2417-65もその一つです。

2.京都地判平30.9.14判例時報2417-65

(1)事案の概要

 本件は、株式会社Y3に雇われて普通乗用自動車を運転していたAが、業務の執行中にてんかん発作で意識を焼失し、路側帯等にいた通行人を次々にはねて死亡させたという事件です。

 事故によりA自身も死亡したため、遺族X1~4らがAの父Y1らに対して損害賠償請求訴訟を起こしたのが本件です。

 ここで原告らが持ち出してきたのが勤務先通報義務という考え方です。

 原告らは、

「Aと同居していた親であるB(母親、訴訟係属中に死亡したため判決の基準時の時点で被告からは除外されています。括弧内筆者)らは、本件事故の前までには、被告Y4(勤務先Y3の代表者 括弧内筆者)又は破産会社に対し、Aに自動車の運転をさせるとてんかん発作によって自動車の制御ができなくなり他人に危害を与えるおそれがあることを直接伝えて、Aの破産会社における自動車の運転を制止する義務を負っていた。」

と主張し、両親の責任を追及しました。

(2)裁判所の判断

 裁判所は次のように述べて、両親の勤務先通報義務を否定しました。

(判決要旨)

「Aは、本件事故当時、自動車の運転中にてんかんの発作により意識障害が生じ、自動車を制御することができなくなり、他人の生命、身体等に損害を与える危険がある病状であった。そして、・・・、Bは、平成15年事故当時からAと同居し、Aの通院に付き添って医師の説明を聞くことが多く、平成24年3月上旬に立て続けに発作が起きたときもこれを知っており、同月5日の医師からの『いつ発作が起きてもおかしくない。』旨の説明も聞いていたから、少なくとも同日以降、Aに自動車を運転させると、てんかん発作の意識障害により自動車を制御できない状態となり他人の生命身体等に損害を与える危険のある病状であることを認識していたといえる。」
「Bは、平成21年2月頃、勤務先である破産会社の業務としてAが自動車を運転していることを知ったことが認められる。そして、その際、BがAに自動車を運転しないよう注意しても、Aは、運転をやめるとも、運転の担当から外してもらうとも言わず、自分に任せるよう言うのみであったから、Bとしては、それ以降も、Aが、勤務先から業務として指示された場合には、自動車を運転することがあることを認識していたし、少なくとも認識可能であったと認められる。また、平成24年3月5日、同月上旬の発作や医師の注意にもかかわらず、Aが、Bの制止を聞かずに運転免許の更新を行ったことからすれば・・・、その時点でも、Bは、Aが、なお勤務先から指示されれば、自動車の運転を行うつもりであると認識できたと認めるのが相当である。」
「他方で、・・・Bは、Aが免許を更新した後、Aに対し、『Aが勤務先に対して自動車の運転を禁じられていることを伝えないのであれば、Lが直接勤務先に言う。』旨伝え、これを受けて、翌6日、Aが、Bに対し、『勤務先の代表者である被告Y4に対し、自分のてんかんの病状を伝え、その結果、自動車の運転をしなくてよい内勤に替えてもらった。』旨述べた事実が認められる。」

・・・

「そうすると、Bにおいては、平成24年3月6日以降、勤務先である破産会社の代表者らに対し、Aがてんかん発作のため自動車の運転ができないことが伝達され、Aは自動車を運転する業務から外れたと認識していたといえる。」

「前記・・・のBの認識を前提とした場合、平成24年3月6日以降、Aが勤務先の指示で自動車を運転する事態は避けられたこととなるから、同日以降、Bが、自分がAの勤務先に直接通報しなくても、Aが勤務先の業務として自動車を運転することによって他人の生命身体等に危害が及ぶ事態は生じないと判断したとしても、その判断は不合理とはいえない。そして、被用者であり、てんかん患者本人であるAから、『勤務先に対し、てんかん発作で自動車の運転ができないことを伝えた結果、勤務先では、自動車の運転の業務はしなくてよいことになった。』旨告げられた家族としては、脳挫傷の後遺症で理解力・記憶力にはやや難があったものの、会社勤めができる程度の判断力を有する30歳のAを差し置いて、Aの雇用主である破産会社に対し、Aに自動車の運転をさせると危険であることを直接通報しなければならない法的義務があるとまではいえない。

3.勤務先通報義務違反が認められる場合はあるのだろうか

 裁判所は勤務先通報義務という考え方について、凡そこれを否定するといった硬直的・形式的な判断をしているわけではありません。

「Aが勤務先の業務として自動車を運転することによって他人の生命身体等に危害が及ぶ事態は生じないと判断したとしても、その判断は不合理とはいえない。」

だから既に成人しているAを差し置いて勤務先に直接通報しなければならない法的義務があるとまではいえないと判示しました。

 このような論理構造を持っている以上、両親にAが引き続き自動車を運転しているとの認識があった場合、別の結論になったかも知れません。

 そうなると、てんかんを持っている子どもの親は、子どもが成人した後も、油断はできないということになります。

4.家族から通報されても、勤務先はどう対応すればよいのだろうか

 直接の加害者が死亡してしまった以上、遺族から相談を受けた弁護士が、家族の責任を問うため勤務先通報義務という考え方をとったことは理解できることです。

 しかし、仮に、家族が勤務先にてんかん発作のことを伝えていたとしても、それを伝えられた勤務先はどうすれば良いのかという問題は残ると思います。

 厚生労働省は、

「事業場における労働者の健康情報等の取扱規程を策定するための手引き」

という文書を作成・公表しています。

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/gyousei/anzen/index.html

https://www.mhlw.go.jp/content/000497437.pdf

 ここには、

「健康情報等を取得する場合には、労働安全衛生法令等の法令に基づく場合や、人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき等を除き、その利用目的や取扱い方法等について労働者に周知した上で労働者本人の同意を得る必要があります。」

と書かれています。

 また、病歴は個人情報保護法で「要配慮個人情報」(個人情報保護法2条3項)とされています。

 個人情報取扱事業者は「法令に基づく場合」や「人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき」などの一定の例外的な場合を除き、「あらかじめ本人の同意を得ないで、要配慮個人情報を取得してはならない。」とされています。

 てんかんに関しては、厚生労働省の見解上、

「治療は適切な抗てんかん薬を服用することで、大部分の患者さんでは発作は抑制され通常の社会生活を支障なくおくれます。」

とされています。

https://www.mhlw.go.jp/kokoro/know/disease_epilepsy.html

 大部分の患者さんで発作を抑制することが可能であるのに、本人の同意なしに家族からの通報で情報を受領することが許容されるのか、意図せずして情報に接してしまったとして、てんかんを理由に何等かの雇用管理上の措置をとることが正当化されるのかという問題が生じてくるように思われます。

 もし、家族の勤務先通報義務が認められたとしても、それが情報を受領した勤務先の何等かの義務とリンクしていない限り、結局、因果関係論が問題になってくるのではないかという気がします。家族が通報したからといって、勤務先が対応する義務はなく(あるいは情報を利用することができず)、結局、事故は避けられないということも考えられます。

5.家族や勤務先を連座させるのは適切か

 遺族側・被害者側の発想として、やりきれなさが生じるのは理解できます。特に、直接の加害者が死亡している場合、どこに気持ちを向ければ良いのかという問題が出てくると思います。

 しかし、子と親は本来別の人格であるのに、成人した子どものことを親がいつまで気にかけなければならないのかという問題もありますし、勤務先に病歴のようなセンシティブな情報を積極的に収集・提供させたうえで雇用管理上の措置を講じさせるというのも直観的には行き過ぎであるように思われます。

 本件は考え出すと色々と難しい問題を孕んでいる裁判例だと思います。