1.不倫騒動で職場を訴えることはできるのか?
ネット上に、
「不倫騒動でNHKを提訴 テレ朝『村上祐子』エリート夫の奇策」
という記事が掲載されています。
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200303-00610860-shincho-ent
記事には、
「テレビ朝日『朝まで生テレビ!』の進行役としてお馴染みの元アナウンサー・村上祐子氏(41)。昨年4月、『週刊ポスト』にNHK記者とのお泊まり愛をすっぱ抜かれ、朝生への出演を見合わせることに。今では復帰を果たしたが、この騒動、思わぬ展開を見せていた。」
「一体、何が起きているのか。祐子氏の夫にしてテレ朝の同僚でもある西脇亨輔氏(49)が、妻とお泊まり愛を演じた男性X氏の勤務先、NHKを昨秋、なんと提訴するに及んでいたのだ。」
「相手はつまり、会社である。」
「もとを辿れば祐子氏は、西脇氏と5年ほど前に別居、離婚調停を申し立てていた。これが不調に終わると今度は訴訟に踏み切るが、その最中に週刊ポストの報道が世に出る。すると西脇氏がNHK記者のX氏を提訴。何が何やら夫婦双方、引くに引けない状態だった。」
「で、西脇氏による今般の、NHK本体に対する提訴。果たして、どんな理屈なのか。」
「事情を知る関係者が言う。」
「西脇氏が持ち出したのは、NHKの使用者責任を問う論法。たとえば航空会社のCAとパイロットが浮気したら、会社の責任は問えそうだし、マッサージ店の男性施術師が客の女性と深い仲になれば、店にも問題はありそうだ。そうした考え方を援用したものです」
「ほう、なるほど。」
「祐子氏とX氏は、テレ朝とNHKという別々の社のそれぞれ政治部で取材活動をしているが、情報交換というあくまで“職務”の中で誼(よしみ)を通じてしまった。仕事の過程で不法行為ともとれる関係が生じたのなら、使用する会社にも責任はあるだろう、というわけ。テレ朝の持つ情報を妻経由でNHKが得ていたとしても問題ですよね、と」
(後略)
などと書かれています。
2.「事情を知る関係者」が法律を知っているとは限らない
このような記事を見て、一般の方が悪い意味で影響されることがないよう、「事情を知る関係者」の理屈に問題があることを指摘しておきます。
記事が指摘する「使用者責任」とは、
「ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。」
という民法上の規定(民法715条1項本文)を根拠とする責任をいいます。
しかし、直観的に分かると思いますが、不貞行為は会社の事業とは関係がありません。そのため、不貞行為が「事業の執行について」行われたと認められる可能性は極めて例外的で、通常、会社が責任を負うことはありません。
例えば、東京地判平15.4.24LLI/DB判例秘書登載は、パイロットAの妻が、パイロットAと不貞行為に及んだ客室乗務員Y2、パイロットA・客室乗務員共通の勤務先Y2に損害賠償請求訴訟を提起した事案において、
「被告Y1とAとの不貞行為は、それがAの乗務宿泊先であるホテルに同宿するなどしてされたものであることなどを考慮しても、社会通念上、被告Y1の私生活上の行為でしかなく、外形的、客観的にみて、被告Y2の事業の執行についてされたものということはできない。したがって、被告Y2が被告Y1とAとの不貞行為について使用者責任を負担するということはできない。なお、原告は、被告Y2は、その被用者であるパイロット、客室乗務員等が不貞行為をすることのないように教育する義務を怠り、被告Y1とAとの不貞行為を助長したなどとも縷々主張する。しかし、被告Y2は、就業規則等に基づいて、被用者に対し、不貞行為等の非違行為をしない義務を課しているものの、被用者又はその他の者に対し、被用者が不貞行為等の非違行為をすることのないように教育する義務を負担しているわけではないのであるし、また、本件全証拠によるも、被告Y2が被告Y1とAとの不貞行為をことさらに助長したと認めることはできないから、原告の上記主張を採用することはできない。」
と使用者責任の成立を否定しています。
また、東京地裁平17.5.30LLI/DB判例秘書登載は、原告の妻Bと接骨院の従業員Aが不貞行為に及んだことを前提に、原告が従業員Aの勤務先接骨院を被告として損害賠償請求訴訟を提起した事案において、
「原告の主張するAの不法行為は、Bとの間の不貞行為及びこれに関連してなされた離婚届の偽造・提出行為、原告とBとの間の子供らを連れての宿泊というものであり、このような行為が、被告の事業である本件接骨院での治療(仙骨、カイロ、テーピング及び鍼灸等による治療・・・)に該当せず、かつ、前記治療(行為)の延長ないしこれと密接な関係のある行為とも認められないことは明らかである。」
「したがって、原告の本件請求は、その余の点(Bとの間の不貞行為等、原告の主張するAの不法行為の事実の有無を含む)について判断するまでもなく、理由がない。」
と使用者責任の成立を否定しています。
確かに、妻を姦淫された夫が、姦淫者の勤務先を訴え、勤務先(自衛隊)に損害賠償責任が認められた事案もなくはありません(神戸地姫路支判平26.2.24LLI/DB判例秘書登載)。
しかし、神戸地姫路支判平26.2.24LLI/DB判例秘書登載の事案は、自衛隊所属のカウンセラーが、カウンセリングの流れで、原告の妻を強いて姦淫した事件です。これを苦にした原告の妻が自殺未遂をしたことから事実が発覚し、その後、妻はカウンセラーを警務隊に告訴しています。これは強制性交・強制わいせつに近似する事案であり、そもそも不貞と呼べるかどうか微妙なケースです。使用者にはセクハラを防いだり、強制性交・強制わいせつから従業員を守ったりする義務はありますが、不貞行為にまで目を光らせる義務を負うわけではありません。
記事の「事情を知る関係者」なる方が展開している立論は、裁判実務で一般に受け入れられている考え方ではありません。
3.不倫騒動で勤務先を巻き込むのは危険
なぜ、このようなことを書くのかというと、一般の方が真似をすると危ないからです。
上述のとおり、使用者には、従業員が不貞行為に及ばないように教育したり、不貞行為に及ばないように目を光らせたりする義務があるわけではありません。部外者である勤務先を敢えて巻き込もうとすると、そうした行為自体が全く関係のない第三者に不名誉な事実を告知するものとして違法性があると評価されかねません。不貞慰謝料を請求できる権利があっても、相手方からも名誉権の侵害などを理由に損害賠償を請求され、権利が目減りしかねないということです。
記事には、
「離婚訴訟は代理人を立てずに自ら戦い、X氏とNHKに対する裁判もやはり本人訴訟で行っている。」
という記述があります。
職場を相手方とする訴えを本人訴訟(弁護士を代理人に立てない訴訟)で行っていることには、
① 自分の技量に自信を持っている、
② 単に受任する弁護士がいなかった、
の二つの可能性があります。
不貞行為にまつわる通知を職場宛てに出して懲戒になった例が一定数あるため、「職場に不倫の使用者責任を問いたい」と相談を受けても、普通の弁護士であれば「そういう依頼は受けられない。」と回答すると思います。上述の神戸地裁姫路支部の裁判例ような例外的な場合であっても、受任する弁護士を探すのは難渋するのではないかと思います(夫を代理するのではなく、セクハラや強制性交等の被害を受けた妻の代理人として勤務先の使用者責任を問うという構成であれば、受任する弁護士は普通にいるとは思いますが。)。
不倫騒動に勤務先を巻き込むことは、理屈はあるけれども知られていないというのではなく、法的な理屈が成り立たないから一般に行われてはいないのです。勤務先を巻き込まないのは、益が見込めない反面、反撃を受けるリスクが高いからです。
そのため、一般の方は、間違っても「事情を知る関係者」なる者の怪しげな法律論を真に受けたり、記事を模倣しようと思ったりしないことをお勧めします。