弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

係争中の事件を一般に公表するうえでの留意点

1.ブログで訴訟の相手方である女性を侮辱

 ネット上に、

「ブログで訴訟相手の女性侮辱 弁護士に『懲戒審査相当』 『正当防衛』と反論」

という記事が掲載されていました。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191023-00000628-san-soci

 記事には、

「元TBS記者の50代男性に乱暴され、精神的苦痛を負ったとしてジャーナリストの伊藤詩織さん(30)が男性に1100万円の損害賠償を求めた訴訟をめぐり、男性の代理人を務める男性弁護士が自身のブログで伊藤さんを侮辱したとして、男性弁護士の所属する愛知県弁護士会が『懲戒審査相当』の議決をしていたことが23日、関係者への取材で分かった。これを受け、同弁護士会の懲戒委員会は懲戒審査を始めた。」

「関係者によると、男性弁護士は自身のブログに、伊藤さんの訴えについて『裁判に提出されている証拠に照らせば、(伊藤さんの)虚偽・虚構・妄想』と記載。被害の様子をつづった伊藤さんの手記の出版は『(男性の)名誉・社会的信用を著しく毀損(きそん)する犯罪的行為』と書き込んだ。」

「県弁護士会の綱紀委員会は今年9月、『内容は(伊藤さんの)名誉感情を害し、人格権を侵害するもの』と認定し、『過度に侮蔑的侮辱的な表現を頻繁に交えながら具体的詳細に述べ、一般に公表する行為は、弁護士としての品位を失うべき非行に該当する』と判断した。」

「男性弁護士は『虚偽の事実の宣伝広告によって男性の名誉が毀損されていることに対する正当防衛』と主張したが、綱紀委は『男性弁護士の主張によっても男性の社会的評価はすでに低下しているため正当防衛には該当しない』と退けた。」

などと書かれています。

2.係争中の事件について一般に公表することに意味があるか?

 私個人の考えとしては、係争中の事件について、広く一般に公表することには消極的な見解を持っています。リスクが高い反面、メリットに乏しいことが多いからです。

 基本的に弁護士は一方当事者の立場から事件を把握します。対立当事者の持っている情報に自由にアクセスできるわけではありません。ペーパーテストのように判断の材料が十分に揃っていれば、言い渡される判決の内容をかなりの確度で予想することができますが、実際の事件処理はそうは行きません。予想外の証拠・情報を相手方が持っていて、事件の見通しの再検討を迫られることは珍しくありません。また、依頼人が不利な事情を控え目にしか話してくれていない時もあります。限定された情報の中で正確な判断を下すことはかなり難しいのに、一方当事者の立場に立った事実認識を広く一般に公表してしまうと、判断を誤った時に名誉毀損等で問題にされるリスクがあります。

 また、私の実感として言うと、本邦の裁判所は世論に迎合したりしません。法と証拠に基づいて結論を出します。世論工作のようなことをやったところで、それが判決に影響するとは考え難いため、記者会見のようなことをしても、メリットを見出しがたいように思われます。

 係争中の不安定な状態にある事件について記者会見等が意味を持つのは、社会問題がテーマになるような事件で、訴訟と並行して議員・議会に働きかけを行い、立法的な解決を目指す場合など、かなり特殊な場面に限定されてくるのではないかと思います。

 ただ、自分に積極的にやる気がなかったとしても、相手方が記者会見などの宣伝活動を行った場合、カウンターとして何らかのことができないかと考える方は少なくないように思います。

 私なら係争中の段階において「虚偽・虚構・妄想」「名誉・社会的信用を著しく毀損する犯罪的行為」などの強い言葉で相手方を非難することは先ずしないと思いますが、記事の男性弁護士の方も対抗措置という意識でブログへの掲載行為を行ったのかも知れません。

 私見としては、相手方が記者会見等で一方的な事実認識を語り、悔しい思いをしても、勝訴判決が確定するまで一般への情報提供は控えておき、判決が確定してから必要な説明を淡々と行うのがベストだと思います。しかし、人気商売をやっているなど何等かの理由で、どうしても黙っているわけにはいかないという場合には、次のような点に気を付けると良いと思います。

3.気を付ける点

(1)可能性の指摘に留める

 余程明確な証拠でもない限り、断定的な語調で相手を非難するのは辞めておいた方が良いです。「・・・の可能性がある。」といった指摘に留めておくのが無難だと思います。

 論文不正に関連し、記者会見で、遺伝子組み換えマウスが存在しなかった可能性があると発言したことの適否が問題になった裁判例があります。大阪地判平20.12.26判例タイムズ1293-185です。

 この事案で、裁判所は、

「被告乙山は、本件記者会見において、本件マウス一が当初から存在しなかった可能性が生じていることを発表した。ただし、この発表内容は、可能性の指摘にとどまっており、本件マウス一が当初から存在しなかった可能性があるから、原告が当初から実験を全く行っていなかった可能性が生じているという疑いを摘示したのみであり、断定的な判断を発表しているわけではない。
「この点、本件記者会見後の被告丙川の調査によって、平成一六年のある時期までは本件マウス一が存在した可能性を示すデータが出されており(第三の一(2)イ)、論文調査報告書も被告丙川の提出したデータ及び本件マウス一の作成段階では被告丙川が十分な指導をしていることや一部外注に出していることなどから、本件マウス一が存在した可能性を認めている。」
「しかしながら、被告丙川の上記調査は、本件記者会見後にされているのであって、本件記者会見の前の段階では、現実に生きた本件マウス一が一匹も見つかっていないこと・・・、原告が本件論文に用いられた画像について意図的な重複を行っていたと認められること・・・、原告の実験ノートに不備があったと認められること・・・にかんがみると、本件マウス一が初めから存在しなかった可能性があるという被告乙山の発言は、本件記者会見が行われた時点において、可能性の指摘という意味で真実であると認められる。

 名誉毀損が適法だと言えるためには、真実性の立証等が必要になります。

 可能性の指摘に留めた場合、可能性の対象となっている事実までは立証できなくても、可能性の存在さえ証明できれば良いため、違法性を阻却してもらうためのハードルがかなり下がります。

 名誉毀損となるリスクを避けるためには、結論を断定・決め打ちせず、可能性レベルの指摘に留めておくといった工夫が考えられます。

(2)記者クラブへの書面の写しの交付等に方法を限定する

 のべつまくなくブログ等で情報を提供するだとか、過激な言葉を使って相手方を非難するといったことは控えた方が良いです。穏当な語調で訴訟用の書面を作成し、それを司法記者クラブ所属の記者に配布するなど、適切な報道をしてもらうという目的に必要な限度での情報提供に留めることが考えられます。

 セクハラ診療を行ったとして訴えられた医師が、セクハラは認められないとの請求棄却判決を得た後(前提事件)、前提事件の当事者や弁護士らを訴えた事件があります(東京高判平18.8.31判例タイムズ1246-227)。弁護士に対する責任追及においては、司法記者クラブの幹事社宛てに訴状の写しをFAX送信したことや、記者会見を行ったことの適否が問題になりました。

 この事件で、裁判所は、次のとおり判示しています。Y2とあるのが前提事件で医師を訴えた方の代理人を務めていた弁護士です。

(訴状のFAX送信について)

「前提事件は、被告とされた一審原告が性同一性障害者に対する医療分野における先駆的立場にある医師であり、埼玉医科大学附属病院における一審原告の医療行為に際しての不法行為の成否が問われている事件であって、社会の正当な関心が寄せられる事件であり、前提事件の提訴自体が報道の対象とされることが予測され、現に裁判所で開廷期日簿の閲覧をした司法記者から原告代理人である一審被告Y2に問い合わせが来ているところから、一審被告Y2において、その報道が適切にされることを目的に、前提事件の訴状の写しを司法記者の閲覧等に供する趣旨で司法記者クラブ幹事社にファクシミリ送信したものであった。
「以上のようなファクシミリ送信された相手方である司法記者クラブ所属記者の民事訴訟提起についての認識、ファクシミリ送信の時期、ファクシミリ送信に至る経過に前記認定のとおり、前提事件の提訴は、前記認定判断したとおり事実的・法律的根拠を欠いていることを認識しながら、あるいは一般人において容易に判断ができたのに、あえて提起されるなどの裁判制度の目的を逸脱する不当な訴訟ではないばかりか、一審被告Y2や相代理人が一審被告Y1と打合せをし、一審被告Y2が週刊文春のA記者に本件週刊文春記事について確認するなど相当な準備をして提起したものであることを考え合わせれば、上記ファクシミリ送信によって司法記者クラブ所属の記者に摘示されたのは、前提事件の訴え提起の事実と原告である一審被告Y1が何を請求原因事実としているかの事実であり、一審原告がセクハラや名誉毀損等の不法行為をしたことではないというべきである。

(記者会見について)

本件記者会見によって司法記者クラブ所属の記者に摘示されたのは、前提事件の訴え提起の事実と、原告である一審被告Y1が何を請求原因事実としているかの事実であり、一審原告がセクハラや名誉毀損等の不法行為をしたことではないというべきである。

「一審原告は、医科大学教授の職にあり、かつ、性同一性障害者に対する医療分野における先駆者的立場にある医師であるところ、前提事件の原告である一審被告Y1が請求原因事実とするのは、医科大学附属病院の医療現場における一審原告の患者に対するセクハラや週刊誌記者に対する患者に関する発言についての名誉毀損等の事実であり、かつ前提事件が事実上・法律上の根拠を欠いていることを認識しながら、あるいは一般人において容易に認識できたのに、あえて提起されるなどの裁判制度の目的を逸脱する不当な訴訟ではないばかりか、社会的弱者の人権擁護に資するものとして新潟弁護士会が設けたひまわり基金の運営資金により援助が決定された事件であって、このような一審原告の立場や前提事件の内容からすれば、前提事件の訴えが提起された事実及びその請求原因とされた事実が何かは公共の利害に関する事実に係るものということができる。
「そして、一審被告Y2は、司法記者から問い合わせを受けたことから、そのような前提事件の内容、性質に鑑み、司法記者が事件内容を正確に理解し、報道が適切にされることを目的に本件記者会見等をしたことが認められるから、本件記者会見等の目的は公益を図ることにあったものというべきである。
前提事件が提訴されたこと、その請求原因事実が訴状に記載され一審被告Y2が本件記者会見で説明した内容であったことは真実である。したがって、本件記者会見等をしたことによる名誉毀損には違法性はなかったと認められる。」

 社会的な耳目を集めている事件について、報道の適正化を目的として、どのような主張がされているのかを紹介するに留める程度の情報発信にしておけば、相手方の不法行為まで立証することができなかった場合でも、反撃を防ぐ余地が出てきます。

4.係争中の事件を一般に公表することには慎重になった方がよいのではないか

 どうしても情報発信が必要な場合には、上記のように発信の内容・方法に留意することで一定のリスク対策は講じることが出来るだろうと思います。

 しかし、リスクがゼロになることは有り得ませんし、冒頭で述べたとおり、裁判所は世論に流されたりしないので、戦線を場外にまで広げることはあまり推奨しません。

 法律相談をしていると、「こんな酷い目に遭ったことをネットにアップしたい。」などと言われることがそれなりにありますが、基本的には止めておいた方が良いと思います。