弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

雇止め-接触事故を起こして現場から離れても自主申告すれば救済の余地はある

1.交通事故 その場から立ち去るのはダメ

 少し前、交通事故を起こした俳優が、その場から立ち去ったことで逮捕された事件が報道されました。

俳優の伊藤健太郎容疑者を逮捕(共同通信) - Yahoo!ニュース

 交通事故は自動車を運転している誰もが加害者になり得る事件類型です。芸能人のような特殊な仕事だと多少事情が変わってくるかも知れませんが、逃げなければ、法的にも社会的にも、致命的なダメージを負うことは、あまりありません。

 しかし、事故の態様が軽微である場合などは特に、誘惑に負けて逃げてしまうことがあるかも知れません。そうした場合は、できるだけ速やかに警察に自主申告するべきです。近時公刊された判例集にも、早期に職場や警察に申告したことが一因となって、雇止め(失職)を回避できた裁判例が掲載されていました。東京地判令2.5.22労働判例1228-54 日の丸交通足立事件です。

2.日の丸交通足立事件

 本件で被告になったのは、タクシー運転手・営業車の管理及び運行を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、定年退職後、被告との間で有期雇用契約を結び、タクシー運転手として稼働していた方です。乗務中に自転車と接触事故を起こし、自転車がそのまま走り去ってしまったこともあり、警察や営業所に連絡することなく引き続き営業を継続したところ、これを理由に雇止めを受けました。この雇止めの効力を争い、地位確認等を求めて被告を訴えたのが本件です。

 本件では、雇止めに客観的合理的理由、社会通念上の相当性が認められるか否かが争点の一つとなりました。この問題について、裁判所は、次のとおり判示し、雇止めの効力を否定しました。

(裁判所の判断)

「被告は、日頃から、タクシー運転手にメモを配布したり、明番集会や出庫前点呼で問題事案の発生の機会を捉えて運転手への周知を徹底するなどして、運転手が救護義務違反や報告義務違反を起こさないよう指導していたことが認められるところ、それにもかかわらず、原告が、本件接触の際、すぐに、あるいは遅くとも乗客を降車させた直後に警察や営業所に連絡しなかったことは、自転車の運転者が、後日になって事故を申告する可能性があることを考慮すれば、被告や他の従業員にとって重大な影響を与えるおそれのある不申告であって、被告が、原告が起こした不申告事案に対し、厳しい態度で臨まなければならないと考えることも十分理解できる。」

「しかし、一方で、本件接触は、左後方の不確認という比較的単純なミスによるもので、接触した自転車の運転者は、ドライブレコーダーの記録から受け取れる限り、倒れた様子は見受けられず、接触後すぐに立ち去っていることから、本件接触及び本件不申告は、悪質性の高いものとまではいえない。後に事案を把握した警察においても、本件接触や本件不申告を道交法違反と扱って点数加算していないことも踏まえれば、本件接触及び本件不申告は、警察からも重大なものとは把握されていないことがうかがわれる。また、原告は、営業を終え、車体に痕跡を発見したことがきっかけではあるものの、自分から本件接触をC補佐に報告しており、本件接触を隠蔽しようとはしていないことが認められ、報告後、現場に戻って警察に連絡することや、本社面談を受けることなどの会社の指示に素直に従い、接触の原因や不申告の重大さなどについて注意、指導を受けた内容を記憶し、反省していることも認められる。加えて、原告の車両に何らかの修理や塗装が施されたことを示す的確な証拠はなく、原告が、タクシー運転手として三十数年間、人身事故を起こすことなく業務に従事し、何度も表彰されるなど、優秀なタクシー運転手であったこと、本件接触のような一見する限り怪我がないように見える接触の相手方が無言で立ち去ってしまった場合に、警察に報告しなければならないことが頭に浮かばなかったとしても、一定程度無理からぬものがあることも考慮すれば、本件接触及び本件不申告のみを理由に雇止めとすることは、重過ぎるというべきである。

「したがって、本件接触及び本件不申告のみを理由とする本件雇止めは、客観的に合理的な理由があり、社会的通念上相当であるとは認められない。」

3.タクシー会社の雇止めにも対抗できた

 裁判所も指摘しているとおり、タクシー会社が従業員に交通取締法規の遵守を強く求めることには一定の理由があります。

 そうした業務の特性を考えると、当て逃げ・ひき逃げは、雇止め事由どころか、解雇事由になっても仕方ないという見方も成り立ちそうに思われます。

 しかし、裁判所は雇止めを認めませんでした。それは、事故自体の軽さもさることながら、隠蔽しようとせず、きちんと自分から勤務先に申告し、その指示のもとで警察に連絡していることが効いているのではないかと思います。タクシー会社の定年後再雇用の有期契約社員の雇用すら保護されていることからすると、自動車の運転を根幹的な事業活動としない業種の会社、期間の定めのない正社員であった場合、同じく事故の態様が軽微であれば、猶更、保護される可能性が高いのではないかと思われます。

 万一、誘惑に駆られて、その場で警察に連絡をとらなかったとしても、自主申告すれば、まだ救済の可能性は残されています。そうした可能性を掴み取るためには、下手に隠蔽するよりも、速やかに自主申告することが推奨されます。

 自分から勤務先に自主申告するのは怖いという方は、弁護士に依頼して勤務先や警察への連絡を仲立ちしてもらうことも考えられます。当事務所でのご相談の受付も可能なので、お心当たりのある方は、お気軽にご連絡頂ければと思います。