弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

雇用契約から業務委託契約に変わるタイミングの認定

1.店長への業務委託

 徒弟制の業界などでは、雇用主が、労働者に対し、費用分担や収益分配についての取り決めをしたうえ、一定の店舗の経営権限を移譲することがあります。

 労働契約の終了日や業務委託契約の開始日が書面等で明確になっていれば迷う余地は大分減りますが、済し崩し的に行われることも少なくありません。そうした場合、労働契約が終了したのかどうかは、どのような要素に着目して認定されるのでしょうか。

 この問題を考えるにあたり、参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。大阪地判令2.5.22労働判例ジャーナル103-80 未払賃金等支払請求事件です。

2.未払賃金等支払請求事件

 本件は死亡した美容師(亡C)の妻が原告となって、美容院の経営者を相手取り、割増賃金等の支払を請求した事件です。

昭和63年9月に亡Cと被告が労働契約を締結したこと、

亡Cが一定期間後に被告の経営する美容院の店長として勤務するようになったこと、

平成29年1月1日の段階で被告と亡Cとの間での労働契約上の地位が消滅していたこと、

に争いはありませんでしたが、労働契約関係が何時解消されたのかが問題となってきました。

 この論点についての当事者双方の言い分は次のとおりでした。

(被告の主張)

亡cと被告は、平成13年末、本件雇用契約を終了させる旨合意して雇用関係を解消し、平成14年以降、被告が亡cに対して本件店舗の業務を委託し、売上高の3分の1を報酬額とする旨の業務委託関係となった。これを示す事情として、被告は、亡cに対し、本件店舗の営業内容全てを委ねており、亡cは、本件店舗の備品仕入先を被告に相談することなく変更したり、被告に出退勤時刻を管理されることなく、自ら従業員の出退勤時刻を管理し、従業員の給与計算を行うなどしていた。」

「このように既に本件雇用契約が終了しているから、被告は、原告請求に係る時間外割増賃金の支払義務を負うものではない。」

(原告の主張)

平成14年以降においても、本件店舗の営業時間、従業員や店舗内備品に関する事項は全て被告が決定し、亡cの出退勤時刻は被告によって管理され、亡cの所得形態は給与所得であり、平成29年1月に独立するまで雇用保険の被保険者となっていた。さらに、平成28年までの健康保険料の負担状況、平成29年1月に保健所に対して被告の施設廃止届と亡cの美容所開設届がされていること等といった事情があり、以上は被告主張に係る平成13年末での本件雇用契約を終了させる旨の合意の不存在を示すものである。」

 こうした当事者双方の主張に対し、裁判所は、次のとおり判示し、平成14年時点での労働契約の終了を否定しました。

(裁判所の判断)

「被告は、平成14年以降における亡cとの業務委託関係に言及しつつ、亡cと被告は、平成13年末に本件雇用契約を終了させる旨合意したなどと主張する。」

「しかし、前記前提事実及び認定事実によれば、被告は、亡cから、毎月1回、月別の売上高及び利用客数、それらと前年度の数値の比較等について記載された一覧表の交付を受けるのみならず・・・、営業日ごとのほぼ同様の時間帯にその日の売上合計金額に関するメール送信を受けていたものであり・・・、このような営業内容の詳細についての把握は、他人に業務を委託していたというよりも、むしろ、被告こそが営業主体であってその営業のために亡cを使用していたことに整合的な事情であるといえる。これに、被告は、住宅ローン審査の便宜等から亡cに依頼された旨説明するものの・・・、被告主張に係る本件雇用契約の終了合意があって以降、かなりの期間が経過しているにもかかわらず、亡cを雇用していた外観を呈する給与支払報告書・・・を作成していること・・・、平成13年末の前後において変わらず亡cの雇用保険に係る被保険者資格が継続されていたこと・・・等を併せ考慮すれば、亡cと被告の間に、平成13年末、本件雇用契約を終了させる旨の合意があったと認定することはできない。これに反する被告の主張は採用できないものである。
 そうすると、平成28年において、亡cと被告の間に本件雇用契約が存在していたものとして、本訴請求・・・に係る未払賃金(時間外割増賃金)の発生の有無を検討すべきことになる。」

3.営業日毎の売上報告、給与明細、雇用保険の被保険者資格

 本件では営業日毎の売上報告、給与明細、雇用保険の被保険者資格といった事情が重視され、平成14年時点で雇用契約は終了していないとの判断がなされました。

 タニタに続いて電通でも社員の個人事業主化が行われるとのことです。

電通、社員230人を個人事業主に 新規事業創出ねらう :日本経済新聞

 このような報道があると、きちんと契約関係を整理しないまま、雑な手法で真似をする企業が出てきます。今後、雇用契約が終了したといえるかが争点となる事案は増加する可能性があるため、本件の裁判例が提示した考慮要素は、労働者やその家族を中心に、広く一般に周知されておいても良い情報だと思われます。