弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

派遣期間の途中で派遣先から就労を拒否され、派遣元から契約終了を告げられながら、休業手当の請求が認められた例

1.派遣契約の解除と派遣労働者の解雇

 派遣先と派遣元との間で交わされる労働者派遣契約と、派遣元と派遣労働者との間で交わされている労働契約とは別個の契約です。

 派遣先から労働者派遣契約を解除されたとしても、派遣元は当然に派遣労働者を解雇できるわけではありません。解雇事由がない限り、派遣元は派遣労働者に対し、残期間に対応する賃金や休業手当を支払う必要があります。

https://jsite.mhlw.go.jp/tokyo-roudoukyoku/library/tokyo-roudoukyoku/campaign/pdf/hakenjigyou.pdf

 これを担保するため、平成11年11月17日 労働省告示第138号「派遣先が講ずべき措置に関する指針」は、

「派遣先は、派遣先の責に帰すべき事由により労働者派遣契約の契約期間が満了する前に労働者派遣契約の解除を行おうとする場合には、派遣労働者の新たな就業機会の確保を図ることとし、これができないときには、少なくとも当該労働者派遣契約の解除に伴い当該派遣元事業主が当該労働者派遣に係る派遣労働者を休業させること等を余儀なくされたことにより生じた損害の賠償を行わなければならない」

などと措置を講ずべきことを規定しています。

・派遣先が講ずべき措置に関する指針(◆平成11年11月17日労働省告示第138号)

 こうしたルールに鑑みると、解雇事由でもない限り、派遣労働者の方は、派遣期間の途中で派遣先から就労を拒否されても、賃金、最低でも休業手当の請求をすることはできそうに思われます。

 近時公刊された判例集にも、派遣先から就労を拒否されたものの、残期間に相当する休業手当の請求が認められた裁判例が掲載されていました。東京地判令7.3.26労働判例ジャーナル163-46 ピックル事件です。

2.ピックル事件

 本件で被告になったのは、労働者派遣事業等を行う株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で、

派遣期間:令和5年3月10日~令和5年4月9日

派遣先:C株式会社

業務内容:電話受信業務、カスタマーサポート業務

時給:1400円

との約定で労働契約を締結した方です。

 令和5年3月31日、被告は、原告に対し、

「本日、先方様より『着台不可』にてご連絡がございました。下記の内容にてご確認くださいませ。

着台判定:不合格

・本人確認が安定して行えない

・第三者への情報漏洩リスクが高い

・応対中に無言になってしまう場面あり

・不安げな様子が応対に出てしまいお客さまを不安にさせてしまう応対

 昨日から比べるとわずかに改善の傾向はみられますが、管理者のモニタリングなしでは厳しい状況です。本日まで応対していただいた応対の音源を弊社の品質チームと一緒に確認を行い、上記等の内容から着台不可と判断いたしました。

 今回は残念ながら「契約終了」となります。次回からは更に就業難度を下げてご提案できればと思います。おって案件紹介まで今しばらくお待ちくださいませ。(4/3~4/4となる見込みです)」

と書かれたメールを送信し、4月1日~9日の期間に対応する賃金を支払いませんでした。

 これを受けて、原告は、主位的に賃金の支払、予備的に休業手当の支払を求める訴えを提起したのが本件です。

 原告の請求に対し、本件の被告は、次のような主張を展開しました。

(被告の主張)

「原告が4月以降に就労しなかった理由は、原告が本件派遣先の研修に不合格となり着台不可との判定を受けたためであり、原告の勤務態度や能力に起因するものである。ノーワーク・ノーペイの原則によって、その間の賃金は発生しない。」

「被告は、原告を解雇していない。本件メールに『契約終了』とあるのは、労働者派遣契約の終了であり、本件労働契約が終了したものではない。被告は、原告を解雇していないからこそ、電話受信業務以外に原告が就労できる業務を模索して紹介した。退職証明書等の記載は、誤記である(最終労働日を誤って記載したものと思われる。)。」

「仮に、原告が就労しなかった理由が被告又は本件派遣先にあったとしても、被告が支払義務を負うのは休業手当(労働基準法26条)である。」

 これに対し、本件の裁判所は、次のとおり述べて、休業手当の請求を認めました。

(裁判所の判断)

・被告の責めに帰すべき事由(民法536条2項)及び賃金の額について

債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない(民法536条2項)。この責めに帰すべき事由の有無は、本件労働契約及び取引上の社会通念に照らして、派遣労働者である原告が就労することができなかった場合の反対給付リスクを派遣元である被告に負担させるのが正当であるかという観点から判断すべきものである。

「原告が4月1日以降に就労することができなくなったのは、本件派遣先から、原告の業務の遂行状況に照らして着台不可である旨連絡があったことを契機とするものであり・・・、本件派遣先からその旨判定されたこと自体は、被告に起因するものではない。被告は、上記連絡を受け、原告に対し、他の派遣先を紹介しており・・・、原告の就労を継続させるべく一定の努力をしたといえる。被告が紹介した派遣先は、いずれも本件労働契約の期間内(4月9日まで)に就労することが可能なものではなかったが、同日までに就労可能な派遣先を紹介することが容易であったと認めるに足りる証拠はないし、被告が原告に対して新たな派遣先を提供する契約上の義務を負っていたと解すべき根拠もなく(本件労働契約において、派遣労働者の責めに帰すべき事由によらない労働者派遣契約の解除が行われた場合について、派遣先と連携して他の派遣先をあっせんするなどにより新たな就業機会の確保を図ることとするとされているが、新たな就業機会の確保ができない場合は、まず休業等を行い、派遣労働者の雇用の維持を図るようにするとともに、休業手当の支払の労働基準法等に基づく責任を果たすこととするとされており・・・、被告が原告に対して新たな派遣先を提供することができなかった場合のリスクを、被告が特に引受けたものとは解されない。)、同日までに就労可能な派遣先を紹介しなかったことは、被告の責めに帰すべき事由を認めるに足りる事情ではない。」

原告は、本件メールによって、被告は原告を解雇した(本件解雇)旨主張する。しかしながら、本件メールは、『契約終了』という文言を用いているものの、他の派遣先を紹介する旨の記載もあり・・・、その後実際に他の派遣先を紹介していて・・・、原告との間の契約が存続していることを前提としたものと解するのが相当であり、これをもって被告が本件労働契約を終了させる旨の意思表示をしたものと認めるのは困難である。被告が発行した源泉徴収票及び退職証明書に、退職日が3月31日と記載されていること・・・は、被告が本件解雇を否認していることとは整合しないものではあるが、本件で検討すべきは本件メールの解釈であって、上記各記載を根拠に、被告が本件メールをもって本件労働契約を終了させる旨の意思表示をしたと認めることはできない。」

「以上の事情を考慮すると、本件において、本件労働契約及び取引上の社会通念に照らして、原告が4月1日以降に就労することができなくなったことについて、被告の責めに帰すべき事由による(民法536条2項)と認めるには足りない。したがって、原告は、被告に対し、同日以降の賃金を請求することはできない。」

・被告の責めに帰すべき事由(労働基準法26条)及び休業手当の額について

「使用者の責めに帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中、労働者に、その平均賃金の100分の60以上の手当を支払わなければならない(労働基準法26条)。ここでいう使用者の責めに帰すべき事由は、民法536条2項の債権者の責めに帰すべき事由とは異なり、不可抗力に当たらない限り、使用者側に起因する事情を広く含むものと解するのが相当である。」

本件において、原告が4月1日以降に就労することができなくなったのは、本件派遣先からの連絡を契機とするものであり、原告に本件労働契約上の債務不履行があったと認めるに足りる証拠はないことを考慮すれば、使用者側に起因する事情によるものというべきであって、被告の責めに帰すべき事由によると認めるのが相当である。したがって、被告は、原告に対し、平均賃金の100分の60以上の休業手当を支払う義務を負う。

3.休業手当は請求できそう

 本件では幾つかの興味深い判断が示されています。

 先ず、派遣先の意向で就労不能になった場合に、派遣元に対して賃金を請求することの可否がどのように判断されるのかです。

「派遣労働者である原告が就労することができなかった場合の反対給付リスクを派遣元である被告に負担させるのが正当であるかという観点から判断すべき」

との規範を示したことは注目に値します。

 次に、「契約終了」というメールが出されていながら、これは解雇ではないと判示されていることです。派遣元が解雇であることを否認したという事情もありますが、これが「解雇ではない」という主張が通るのであれば、明確に解雇と告げない済し崩し的な賃金不払に対しては「解雇でない」という論理で対抗して行ける可能性があります。

 もう一つ重要なのが、休業手当の請求が簡単に認められていることです。メールの内容からすると原告の勤務態度に問題があったのかは精査検討されていてもよさそうに思いますが、裁判所はこの点を殆ど問題にすることなく休業手当を認めています。

 あまり裁判所に持ち込まれることがない紛争類型ですが、派遣期間の途中で派遣先から就労を拒否され、済し崩し的に派遣元から契約終了を告げられ、残期間の賃金を逸失してしまった方の救済を考えるうえで、裁判所の判断は参考になります。