弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

親族経営の会社での縁故採用者の立場は弱い-暴行を理由とする解雇

1.規律違反行為を理由とする普通解雇の有効性

 規律違反行為を理由とする普通解雇の有効性については、

「規律違反行為の類型に当たる場合としては、暴行・脅迫・誹謗、業務妨害行為、業務命令違反、横領・収賄等の不正行為が考えられる。その態様、程度や回数、改善の余地の有無等から、労働契約の継続が困難な状態となっているかにより、解雇の有効性を判断することになる。」

これらについては、企業秩序や使用者に与える損害が明白であるため、1回限りの行為であっても、その重大性によっては、教育・指導による改善の機会を与える余地はなく、解雇有効とされる場合がある

と理解されています(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務』〔商事法務、初版、平29〕259頁参照)。

 1回限りの行為であったとしても、解雇の効力が認められやすい規律違反行為の類型に横領があります。横領の場合、金額が少なかったとしても、比較的容易に解雇の効力が認められています。

 それに対して、暴行は、横領ほど容易に解雇の効力が認められているわけではありません。しかし、暴行を理由とする解雇も、効力が認められるものは多く、決して楽観視することはできません。特に、親族経営の会社で働いている場合は猶更です。近時公刊された判例集にも、そのことが看取される裁判例が掲載されていました。東京地判令2.6.3労働判例ジャーナル104-40モロカワ事件です。

2.モロカワ事件

 本件は、暴行を理由として解雇された従業員(原告A)が、旧勤務先を被告とし、地位確認等を求めて出訴した事件です。

 訴訟提起があった後、被告会社は、原告Aに対し、会社があてがった建物の明け渡しを求める訴えを起こしました。

 また、暴行を受けた被告会社の代表取締役(原告B)も、原告Aに対し、暴行による治療費等の損害金等を求める訴えを提起しました。

 本件は、このように本訴・反訴で構成される第1事件と、暴行による治療費等の損害金を請求する事件である第2事件が、併合審理された事件です。

 被告会社は、建設重機の賃貸等を業とする会社です。

 この会社はいわゆる親族経営の会社でした。代表取締役が原告Bで、その妻Cと長女Dが取締役を務め、二女Fが監査役を務めていました。

 原告Aは、Dの夫であり、被告で営業職として稼働していた方です。

 こうした人間関係のもと、原告Bが原告Aからに暴行を加えられ、全治4週間を要する左肋骨骨折、左手足打撲の診断を受けました。

 暴行の経緯や事実は、裁判所で次のとおり認定されています。

(裁判所の事実認定)

「被告会社の代表取締役である原告Bは、平成30年10月19日より、100トンのクレーン車を購入する商談のため四国に赴くことになっていたところ、被告会社において営業を担当していた原告Aがこれを聞きつけ、自己の業務に大きく関わる上記購入につき反対の意見を申し述べるため、同月18日午後7時すぎ頃、原告Bに電話をして、まもなく原告B宅を訪れた。なお、原告Aは、既に飲酒をしていて酔っていた。た・・・」

「原告Aは、原告B宅を尋ねると、居間において、原告Bに促され、原告Bとテーブルを挟んで向かい合わせに椅子に座った。なお、Cも原告Aの左隣の椅子に座った。」

「原告Aが、酔いながら、原告Bに対し、クレーン車の購入に反対である旨を申し述べると、原告Bは、原告Aに対し、購入することはお前の仕事ではないなどとして、原告Aの意見を強い言葉で否定した。そうした原告Bの態度や言葉を受け、原告Aは憤激し、テーブルを拳で叩くなどしたほか、座っていた椅子から立ち上がって、『おめえ、何この野郎。』などと述べながら、テーブル反対側の原告Bの方に向かっていった。原告Bは、原告Aが憤激の情を示しながら自身に矢庭に近づいてきたことから、『そばにくんじゃねぇ。』と原告Aの胸のあたりを押したところ、原告Aは、憤激の情を強めて原告Bの胸を突き飛ばし、その場に原告Bを押し倒した。そうしたことから、側にいたCが高齢で持病のある原告Bの身体を心配して原告Aを引き離し、原告Aは一旦元の椅子へ戻ったが、再度、激高し始めて原告Bに近づき、同人を再度その場に押し倒した(本件暴行)。」

 暴行による解雇の可否にあたり、親族関係がどのような影響を与えるのかが注目されたところ、裁判所は、次のとおり述べて、親族関係を解雇を肯定する方向での事情として位置づけました。結論としても、解雇の有効性を認めました。

(裁判所の判断)

「原告Aは、原告Bに対し、前記認定の暴行を加えたものであって、しかも、これにより、全治4週間を要する見込みの左肋骨骨折、左手足打撲の傷害を負わせたものである。この点、原告Aは、本件暴行により左手足打撲の傷害を負わせたことを争うが、前判示のとおり本件暴行により生じたものと見て何ら不自然でない一方、他の原因により生じたことを疑わせるに足りる何らの証拠もなく、その主張は採用できない。」

「しかも、前記認定のとおり、原告Aは、暴行自体は認めつつも、原告Bが暴言を述べたからであるとか、原告Bが先に暴行をしてきたなどと主張し続けていたものであり、それ以上に適切な慰謝の措置を講じなかったものである。なお、原告A主張の暴言についてはこれを裏付ける的確な証拠はなく、仮にこの点を措いても上記傷害結果が生じるような暴行を行うことが何ら正当化されるものでもない。原告Aは、原告Bが先に暴行を加えたなどとして、この点も問題視しているが、前判示のとおり、原告Aの主張するような強烈な暴行を原告Bが加えたとまでは認め難く、いずれにしても上記傷害結果が生じるような暴行を行うことは明らかに行過ぎで、本件暴行が正当化されるとは到底評価することができない。」

「しかも、被告会社は、前記前提事実・・・に見られるように、代表取締役である原告Bを中心に、その家族が枢要な役職を担って運営されてきた会社であって、その娘婿である原告Aも、そうした縁故の下、稼働してきたと推認することができる。しかるところ、本件暴行は、そうした企業活動の中心にあった原告Bに対して行われたものであって、被告会社が、これを背信行為であるとして重く見たとしても、それが不合理であるともいえない。

「そうしてみると、本件暴行が酔余の所為であったことや、原告Aが長年被告会社に勤務してきたことなど、原告Aに酌むことのできる事情を考慮するにしても、上記説示の点にも照らすと、本件解雇が客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないものであるとは認められない。」

「したがって、本件解雇は無効であるとは認められず、有効である」

3.暴行を理由とする解雇で親族関係は解雇の効力を肯定する事情となる?

 以上のとおり、裁判所は親族関係を解雇の有効性を肯定する事情として位置づけました。親族関係だから慣れ合いで済ますことが許容されるのというのではなく、むしろ背信性を強める事情として評価しています。

 ただ、これは原告Aが代表者の娘婿といった関係で稼働していた縁故採用者であったことが影響しているかもしれません。娘婿として仕事に就かせてもらっておきながら、家父長的な方に暴行を加えたということが結論に与えた可能性もあります。

 いずれにせよ、本件は同族会社における親族関係が解雇の可否に与える影響を考えるうえでのの先例として参考になります。