弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

繰り返し注意を行ったとの主張の崩し方-より軽微な事由についての注意・指導文書の活用等

1.普通解雇と指導・改善の機会付与

 勤務成績・態度が不良で、職務を行う能力や適格性を欠いていることを理由とする普通解雇の可否は、①使用者と当該労働者との労働契約上、その労働者に要求される職務の能力・勤務態度がどの程度のものか、②勤務成績、勤務態度の不良はどの程度か、③指導による改善の余地があるか、④他の労働者との取扱いに不均衡はないか等について、総合的に検討することになります(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕395頁参照)。

 そして、長期雇用システム下の正規従業員については、一般的に、労働契約上、職務経験や知識の乏しい労働者を若年のうちに雇用し、多様な部署で教育しながら職務を果たさせることが前提とされるから、教育・指導による改善・向上が期待できる限りは、解雇を回避すべきであるということになり、勤務成績不良の該当性や、解雇の相当性は、比較的厳格に判断されることになるとされています(前掲『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』395-396頁参照)。

 即戦力として高額の賃金で雇われている中途採用者などでは、また別途の考慮を要しますが、このように指導・改善の機会を付与したのかどうかは、解雇の可否を判断するにあたり、重要な意味を持ちます。

 そのためか、解雇の可否を争うにあたり、事前に指導されたり、改善の機会が与えられたりしていないと主張すると、しばしば使用者側から「口頭では繰り返し注意していた。」という反論が寄せられることがあります。文書等で記録化されていない時点で、それほどのインパクトを持つ反論にならないことが多いものの、近時公刊された判例集に、こうした反論が排斥された裁判例が掲載されていました。大阪地判令3.3.26労働判例ジャーナル114-52 摂津産業開発事件です。

2.摂津産業開発事件

 本件で被告になったのは、ゴルフ場(本件ゴルフ場)の経営等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告の正社員として、本件ゴルフクラブ内にあるレストランで勤務していた方です。被告から普通解雇されたことを受け、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。被告は解雇理由として5項目の事実を主張しましたが、その中の一つとして、次の事実が認定されました。

-解雇理由〔2〕-

「被告は、原告が、

(a)ほぼ毎日、女性従業員を冷蔵庫・冷凍庫に閉じ込めていた、

(b)Cの背中に氷を入れた、

(c)Cに対する暴力・暴言があった、

(d)Cに対し、冷たい水を顔にかけたり、熱湯を足下に流すなどした、

(e)1週間に1度の油換えの際に、毎回、Cに対し、熱い油をかけた、

(f)Cに本件覚書へのサインを強要した、

(g)Dに対しても、無視したり、冷蔵庫・冷凍庫に閉じ込め、電気を消すなどの嫌がらせをした

などの問題行動を行った旨主張する。」

「Cは、冷蔵庫あるいは冷凍庫の中にいる際に扉を閉められたり、電気を消されたりした、2回程度背中に氷を入れられた、何回もスプレーで水をかけられた旨供述するところ、原告も、頻度の点はさておき、冷蔵庫あるいは冷凍庫の内部にCらがいる際に扉を閉めたり、電気を消したことがあること、Cの背中に氷を入れたことは認めている。そうすると、原告が上記のような行為を行ったと認めることができる。」

 この解雇理由〔2〕について、裁判所は、次のとおり述べて、解雇を正当化することはできないと判示しました。結論としても、普通解雇の効力を否定しています。

(裁判所の判断)

被告は、原告に対し、解雇理由〔2〕の発覚後、繰り返し注意を行ったが、原告が全く態度を改めなかった旨主張し、被告代表者もこれに沿う供述をする。

しかし、原告が、以前に同種の行為について懲戒処分を受けたことがあるというような事情はなく、また、懲戒処分には至らないとしても、被告が、原告に対し、そのような行為を行わないよう繰り返し注意をしたにもかかわらず、原告が行動を改めることなく、同様の行為を繰り返し行ったことを客観的に裏付ける証拠もない。

かえって、被告代表者は、原告に対し、うどんのトッピングであるかき揚げを調理する際のエビの調理方法という口頭で足りるとも思われるような事項について指示する書面を作成していることが認められるところ(甲6)、その理由として、原告が言うことを聞かなかったので紙に残しておかなければいけないと思ったからである旨供述する・・・。しかし、そうであれば、より重大な出来事である従業員に対するパワハラ行為などの勤務態度について、原告に注意する際、あるいは原告が態度を改めなかった際などにも書面を作成することが想定されるが(なお、被告代表者の供述によれば、被告の勤務態度が変化して、言うことを聞かなくなったのは平成31年3月頃からであったというのである・・・。)、そのような書面が作成された形跡はうかがわれず、また、被告内部において、原告の行為について検討がなされた形跡もうかがわれない。そうすると、被告が、原告に対し、解雇理由〔2〕に関する注意を行ってきたが、原告が被告からの注意に従わなかったとの事実を認めることはできない。

「以上からすると、解雇理由〔2〕に関する原告の行為が幼稚であったり、社会人として不適切な行為であることはいうまでもなく、使用者からの指導・注意・処分の対象となる行為であるということはできるが、原告の行為によって、Cら従業員に身体の負傷等の重大な結果が生じたり、業務遂行に大きな悪影響が生じたりしたということまでは認められず、また、被告が繰り返し注意指導をしてきたにもかかわらず原告が従わなかったと認めることはできないことなどに照らせば、解雇理由〔2〕をもって解雇することが、客観的に合理的で社会通念上相当であるとまでは認めることができない。」

3.裏付け証拠の欠如、より軽微な事由についての指導文書の存在、内部的検討の欠如

 裁判所は、繰り返し注意を行ったという被告の主張を、

① 裏付けとなる客観的証拠の欠如、

② より軽微な事由については書面が作成されていること、

③ 内部的にきちんと検討された形跡がないこと、

などを根拠に、排斥しました。

 事前に書面で指導されていることは、一見すると、労働者に不利な事情であるようにも思われます。しかし、指導されている事実と、解雇理由とされた事実とが、質的に異なっている場合、解雇の効力を争う場面においては、逆に労働者側に有利な証拠として活用できる可能性があります。本件でも、問題の書面は、甲号証として、原告労働者側から提出されています。

 ある証拠が有利に働くのか・不利に働くのかは、獲得目標との関係で相対的に決まってきます。素人目にみて不利そうでも、玄人目には有利な証拠に見えることは、それほど珍しいことではありません。こういった事例もあるため、一般の方が弁護士に法律相談をするにあたっては、不利そうに見える資料でも、隠すことなく、きちんと提示することが推奨されます。