1.特別加入制度
労働者災害補償保険法には「特別加入」という制度があります。
これは、
「労働者以外の方のうち、業務の実態や、災害の発生状況からみて、労働者に準じて保護することがふさわしいと見なされる人に、一定の要件の下に労災保険に特別に加入することを認めている制度」
のことです。特別加入できる方の範囲は、中小事業主等・一人親方等・特定作業従事者・海外派遣者の4種に大別されます。
それでは、特別加入制度に基づいて労災に加入していさえすれば、業務上の負傷、疾病、障害、死亡等のリスクから保護されるのかというと、そういうわけでもありません。例えば、事業主の立場で行われる業務に起因して生じた災害に関しては、特別加入制度による補償の対象にはなりません。特別加入制度は、飽くまでも「労働者に準じて保護することがふさわしいと見なされる人」を対象とする仕組みであるからです。
近時公刊された判例集にも、この点が問題になった裁判例が掲載されていました。東京地判令3.4.5労働判例ジャーナル114-44 国・川越労基署長事件です。
2.国・川越労基署長事件
本件は労災の療養補償給付・休業補償給付の不支給処分に対する取消訴訟です。
原告になったのは、一般区域貨物自動車運送事業等を目的とする有限会社(サイマツ)の取締役であった方です。この方は、事業主として、労働者災害補償保険に特別加入していました。
平成28年9月30日、購入車両を探すために中古車両のオークション会場に赴いた後、道路横断中に走行してきた自動車に衝突され、重症頭部外傷、両肺挫傷等の傷害を負いました。事故後、特別加入制度に基づいて、療養補償給付や休業補償給付の請求を行いました。しかし、労働者の行う業務に準じた業務の範囲外の負傷であるとして、いずれも不支給とする処分がなされました。これに対し、各不支給処分の取消を求める訴えを提起したのが本件です。
本件では、
労災保険関係の成立範囲、
現行による車両の探索・下見が労働者の業務に準じた行為か、
が争点となりました。
これらの問題について、裁判所は、次のとおり判示したうえ、原告の請求を認容し、各不支給処分を取り消しました。
(裁判所の判断)
「労災保険法34条1項が定める中小事業主の特別加入の制度は、労働者に関し成立している労災保険関係を前提として、当該労災保険関係上、中小事業主又はその代表者を労働者とみなすことにより、当該中小事業主又はその代表者に対する労災保険法の適用を可能とする制度である。そして、労災保険法3条1項、労働保険の保険料の徴収等に関する法律3条によれば、労災保険関係は、労働者を使用する事業について成立するものであり、その成否は当該事業ごとに判断すべきものであって、労災保険関係の成立する事業は、主として場所的な独立性を基準とし、当該一定の場所において一定の組織の下に相関連して行われる作業の一体を単位として区分されるものと解される(最高裁平成24年2月24日第二小法廷判決・民集66巻3号1185頁参照)。」
「前記前提事実及び認定事実によれば、サイマツは、本店所在地にある一事業所を拠点として車両による運送事業を行う従業員7、8人の小規模な事業者であるところ・・・、このような小規模な車両運送事業を営む事業者においては、事業者が運送用の車両を調達し、これを従業員に使用させることが通常であり、小規模事業者の場合には、運転手の組織と調達する組織とが場所的、組織的に明確に区分されていないのが一般的であるから、車両調達の前提となる車両の探索・下見と車両による荷物等の運送とは、同一の組織の下で相関連して行われる一体の作業とみるのが相当である。この点、サイマツにおいても、現に従業員らが車両の探索・下見を業務として行っていたと認められることは前記認定・・・のとおりである。」
「そうすると、サイマツにおいては、運転業務について保険関係が成立しているところ、運送事業に使用する車両の探索・下見は、運転業務と同一の組織の下で相関連して行われる一体の作業であって、『運転』業務に含まれるものであるから、これについても労災保険関係が成立しているというべきである。保険関係が成立している『運転』の業務に車両の探索・下見が含まれないとする被告の主張は、採用することができない。」
(中略)
「中小事業主の特別加入の制度は、労働者に関し成立している労災保険関係を前提として、当該労災保険関係上、中小事業主又はその代表者を労働者とみなすことにより、当該中小事業主又はその代表者に対する労災保険法の適用を可能とする制度であるから、その業務の実情、災害の発生状況等に照らし、中小事業者又はその代表者が労基法の適用される労働者に準じて保護するにふさわしい実質を有する必要がある。そうすると、中小事業主又はその代表者がその立場において行う本来の業務等は、労働者に準じて保護する実質を有するとはいえないから、特別加入者の被った災害が業務災害として保護される場合の業務の範囲に含まれず、これに含まれるのは、労働者の行う業務に準じた業務の範囲に限られると解すべきである。」
「そこで、本件では、原告が本件事故の前にアライオートにおいて探していた車両がサイマツで使用するための車両であることを前提に・・・、サイマツの事業主である原告において、サイマツで使用する車両を購入するための探索・下見が、サイマツの労働者の業務に準じた行為か、サイマツの代表者の立場において行う本来の業務か・・・が問題となる。」
(中略)
「以上に判示したところによれば、原告は、本件事故当時、労働者の行う業務に準じた業務としてサイマツの事業に用いる車両の探索・下見を行っており、そのための出張の際(本件基発第1の1(1)ホの『当該事業の運営に直接必要な業務(事業主の立場において行う本来の業務を除く。)のために出張』した際)に本件事故に遭ったものであるから、業務遂行性が認められる。」
3.加入上の留意点
特別加入制度の対象から、事業主の立場で行われる業務が除外されていることは、存外、見落としている人がいます。
本件は保護されましたが、特別加入しておけば直ちに安心といえるわけではありません。特別加入制度によりカバーされないリスクに関しては、私保険等できちんと備えておく必要があります。