弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

労災-海外出張者と海外派遣者との区別

1.海外派遣者/海外出張者

 労働者災害補償保険は、属地主義を採用しています。

 言い換えると、保険関係の成立する範囲は、国内に限られるのが原則です。

 ただし、労働者災害補償保険法33条7号は、

「この法律の施行地内において事業・・・を行う事業主が、この法律の施行地外の地域・・・において行われる事業に従事させるために派遣する者・・・」(海外派遣者)

が労働者災害補償保険に特別加入することを認めています。

 特別加入とは、

「労働者以外の方のうち、業務の実態や、災害の発生状況からみて、労働者に準じて保護することがふさわしいと見なされる人に、一定の要件の下に労災保険に特別に加入することを認めている制度」

をいいます。

 特別加入が認められるためには、事業主が申請を行い、政府の承認を得る必要があります(労働者災害補償保険法36条参照)。特別加入をしていない限り、海外派遣者が業務上の災害に対して労働者災害補償保険法上の保護を受けられることはありません。

 しかし、海外に働きに行きさえすれば、直ちに労働者災害補償保険関係の適用を当然には受けられない「海外派遣者」になるわけではありません。

 例えば、昭和52年3月30日 労働省発労徴第21号・基発第192号『労働者災害補償保険法等の一部を改正する法律の施行(第四次分)等について』は、

「海外派遣者の特別加入制度の新設は、海外出張者に対する労災保険制度の適用に関する措置に何らの影響を及ぼすものではない。すなわち、海外出張者の業務災害については、従前どおり、特段の加入手続を経ることなく、当然に労災保険の保険給付が行われる。

「なお、海外出張者として保護を与えられるのか、海外派遣者として特別加入しなければ保護が与えられないのかは、単に労働の提供の場が海外にあるにすぎず国内の事業場に所属し、当該事業場の使用者の指揮に従って勤務するのか、海外の事業場に所属して当該事業場の使用者の指揮に従って勤務することになるのかという点からその勤務の実態を総合的に勘案して判定されるべきものである。

と規定しています。

 このように海外出張者は当然に労働者災害補償保険法の適用を受けるのに対し、海外赴任者は特別加入していない限り労働者災害補償保険法の適用を受けることがきません。労働者災害補償保険による保護は労働者に手厚く、何等かの理由で特別加入の手続を行わないまま海外へ赴任し、被災した労働者にとって、自分が海外出張者に該当するのか海外派遣者に該当するのかは、しばしば死活問題ともいえるほどの重要性を持ちます。

 それでは、この海外出張者と海外派遣者とは、どのように区別されるのでしょうか?

 行政解釈上の判断基準は上述したとおりですが、近時公刊された判例集に司法判断を示した裁判例が掲載されていました。東京地判令3.4.13労働判例1272-43 国・中央労基署長(クラレ)事件です。

2.国・中央労基署長(クラレ)事件

 本件で原告になったのは、特別加入の申請を行わないまま国外(ドイツ連邦共和国)で自殺した労働者の妻です。中央労働基準監督署長に対して夫の死亡が業務上の死亡に該当するとして、遺族補償給付と葬祭料の支給を請求したところ、海外派遣者に該当することを理由に、これらを支給しない処分を行いました(本件各処分)。

 本件は原告が本件各処分の取消を求めて出訴した事件です。

 この事件では自殺労働者が、特別な手続を要せずに労働者災害補償保険関係が成立する海外出張者に該当するのか、それとも特別加入を経ない限り労働者災害補償保険関係が成立しない海外派遣者に該当するのかが問題になりました。

 裁判所は、海外出張者と海外派遣者との区別について、次のとおり判示しました。

(裁判所の判断)

「労災保険法3条1項、労働保険の保険料の徴収等に関する法律3条によれば、労災保険法上の保険関係は、労働者を使用する事業について成立するものであり、その成否は当該事業ごとに判断すべきものである。そして、同法4条の2第1項において、保険関係が成立した事業の事業主による政府への届出事項の中に『事業の行われる場所』が含まれることなどに鑑みれば、保険関係の成立する事業は、主として場所的な独立性を基準とし、一定の場所において一定の組織の下に相関連して行われる作業の一体を単位として区分されるものと解される(最高裁判所平成7年(行ツ)第24号同9年1月23日第一小法廷判決・裁判集民事181号25頁、最高裁判所平成22年(行ヒ)第273号同24年2月24日第二小法廷判決・民集66巻3号1185頁参照)。」

「次に、労災保険法3条1項にいう『適用事業』とは、労災保険法が属地主義によることから、日本国内の事業に限られるところであるが、日本国内の企業から海外の支店や合弁事業等へ出向する労働者や国際協力事業団などにより海外に派遣される専門家が増加している状況にある。これらの労働者等については海外出張として労災保険制度の適用を受ける場合を除きその労働災害についての保護は必ずしも十分とはいえないことから、海外で行われる事業に派遣される労働者についても労災保険の保護を与えるため、労災保険法33条7号、36条は、この法律の施行地内において事業を行う事業主が、この法律の施行地外において行われる事業に従事させるために派遣する者について特別加入制度を設けている。前記のとおり、労災保険法上の保険関係が事業ごとに成立することに照らせば、国内で行われる事業に使用される海外出張者は特別加入の手続を経ることなく保険関係の成立が認められるが、海外で行われる事業に使用される労働者等については、海外派遣者であって特別加入手続を経なければ保険関係の成立が認められないと解するのが相当である。」

「そして、労災保険法の施行地内(国内)で行われる事業に使用される海外出張者か、それとも、同法施行地外(海外)で行われる事業に使用される海外派遣者であって国内事業場の労働者とみなされるためには同法36条に基づく特別加入手続が必要である者かについては、単に労働の提供の場が海外にあるだけで、国内の事業場に所属して当該事業場の使用者の指揮に従って勤務しているのか、それとも、海外の事業場に所属して当該事業場の使用者の指揮に従って勤務しているのかという観点から、当該労働者の従事する労働の内容やこれについての指揮命令関係等の当該労働者の国外での勤務実態を踏まえ、どのような労働関係にあるかによって、総合的に判断されるべきものである。

3.基本的には行政解釈と共通する

 上述のとおり、裁判所は、行政解釈と同様、「所属」「指揮」の観点から、海外出張者か海外派遣者かを判断すると述べました。

 行政解釈を尊重した司法判断の一例として参考になります。