弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

代表取締役が同業他社の業務に従事することを知っていても副業が許可されたことにはならないとされた例

1.副業の推進

 平成29年3月28日、内閣官房の「働き方改革実現会議」が「働き方改革実行計画」という文書を発表しました。

働き方改革の実現 | 首相官邸ホームページ

http://www.kantei.go.jp/jp/headline/pdf/20170328/01.pdf

 この文書は、副業・兼業について、次のように位置づけています。

「副業や兼業は、新たな技術の開発、オープンイノベーションや起業の手段、そして第2の人生の準備として有効である。我が国の場合、テレワークの利用者、副業・兼業を認めている企業は、いまだ極めて少なく、その普及を図っていくことは重要である。」

 こうした政府の方針を受け、厚生労働省は、副業・兼業にの促進に関するガイドラインの制定やモデル就業規則の改訂など、副業を普及させるための取り組みを行っています。

副業・兼業|厚生労働省

 国策であることから、副業・兼業を行う労働者の数は、徐々に拡大することが見込まれます。こうした状況のもと、近時公刊された判例集に、興味深い判断をした裁判例が掲載されていました。東京地判平31.3.8労働判例1237-100 東京現代事件です。何が興味深いのかというと、副業の許可の有無について、副業に従事することを代表者代表取締役が知っていても、副業が許可されているとは認められないと判示してることです。

2.東京現代事件

 本件は解雇の効力が争われた事件です。

 被告になったのは、コンピューターのソフトウェアおよびハードウェア製品の製造・販売や、システム・エンジニアリング・サービス(SES)、ビジネス・プロセス・アウトソーシング(BPO)等の事業を行っていた株式会社です。

 原告の方は、平成22年1月以降、被告に雇用されて、ソフト開発営業、SES営業等に従事していた方です。平成29年6月29日に業績不振を理由に即時解雇されたことを受け、その効力を争い、地位の確認等を求め、労働審判の申立てを行いました。本件は労働審判が本訴移行した事件です。

 労働審判段階では、被告は、解雇事由として整理解雇しか主張していませんでした。しかし、訴訟になった後、原告がA社で兼業していたことを知ったとして、兼業禁止に違反したことを解雇事由として追加しました。

 A社は、SES、オフショア開発(システム開発に当たり、要件定義などの上流工程を日本で、詳細設計や開発を中国で行うもの)、BPOを行う株式会社で、被告と同業の関係にありました。原告は、平成26年12月1日から平成28年12月31日までの間、A社の取締役を務めていました。

 本件で特徴なのは、このことを被告の代表取締役が認識していたことです。平成26年5月1日から平成28年8月31日までの間、被告の代表取締役は、Bが務めていました。このBは、平成24年12月5日にA社が設立された当初から、A社の代表取締役も務めていました。つまり、原告が被告で勤務しつつA社でも働いていることを、知っている関係にありました。

 本件では、この事実が、副業の許可との関係で、どのように評価されるのかが判示されました。

 裁判所は、次のとおり述べて、副業の事実を代表者が知っていたところで、副業が許可されたとは認められないと判示しました。結論としても、副業禁止を理由にした解雇の効力を認めています。

(裁判所の判断)

「原告は、被告に在職中、その勤務時間を含め、同業者であるA社の取締役または業務委託の受託者として、A社の業務に従事し、しかも、被告の親会社の会長が来訪する際にはA社の話を控えるなどして、A社としての活動を秘していたことが認められる。そして、原告がA社の業務に従事することにつき、当時の被告の代表取締役であるBは、A社の代表取締役でもあったことから、知っていたとはいえるが、それをもって被告が原告の副業を許可していたとは認めがたい。したがって、原告は、会社の許可なくして他の会社の役員となり、また、原告の労働の報酬として金銭を受け取っており、就業規則第2章2条24号に反しているといえる。また、認定事実によれば、原告がA社の業務に関して被告のパソコンやメールアドレスを使用していたことが認められるところ、原告はA社の業務を被告の設備・備品を使用して行っていたから、これは、就業規則第2章2条6号に反するといえる。」

「原告は、A社では主にオフショア開発やパッケージの販売に関与したのみで有り、被告で行っていたSESの営業をA社のために行っておらず、被告の企業秩序に影響はなく、会社に対する労務の提供に格段の支障を生じさせていないから、服務規程に違反するような兼業には当たらないと主張する。しかしながら、上記認定事実によれば、被告の行うSESとA社の行う開発業務は、システムエンジニアを受注先に常駐させるか否かの違いがあるものの、それ以外の違いがあるとは認めがたく、競業関係を否定するほどの違いがあるか疑問である。そして、それを置いても、原告は、被告にきたBPOの営業メールや、ITエンジニアの紹介メールをA社に転送したり、被告の顧客からBPOのデモデータを取得しようとしたりするなどして、被告のBPOやSES事業の情報をA社のために利用することができるようにしているほか、被告のSES及びBPO事業に関する情報を入手することができる者(G)に対して、その情報をA社のために利用することを勧めていることが認められる。これらの事実からすると、原告自身がA社においてSESの営業を直接行っていないとしても、A社の業務のために被告の情報を提供しているから、被告に対する背信的行為であって、被告の企業秩序を乱すものであるし、原告が被告の職務に専念せず、他社から報酬を受領することにより、原告の労務提供に格段の支障が生じているといえる。したがって、原告の上記主張は採用しない。」

「また、原告は、原告の歩合給(成功報酬)が平成28年8月から激減したのは、原告以外の営業部員が退職したことにより同人等が担当していたSESが終了したためであり、原告の労務提供の怠慢ではないと主張する。しかしながら、原告の主張によれば、それらの営業部員が担当していたエンジニアは平成26年3月頃までは原告が担当していた者であり、営業部員の退職に伴って、その担当するエンジニアのSES業務がなくなるとはいえない。そうすると、原告がそれらのSESを引き継ぐこと及びそれらのエンジニアを派遣する案件を探すことが期待されていたが、それができなかったにすぎず、原告の営業成績が悪かったと認められる。」

「そして、被告は、本件解雇時には、原告がA社の取締役だったことや同社の業務に関し報酬を受け取っていたことを知らなかったところ、本訴訟になって、兼業禁止に反したことを解雇事由として主張しているが、兼業禁止に反した事実それ自体は、本件解雇時に存在したものであって、解雇権濫用の評価障害事実として主張することは可能である。また、被告が、本訴訟以前の労働審判において明らかにした解雇事由は整理解雇であるが、その主張は要するに被告の営業上赤字が続いたことにより、営業実績に比して給料が高額である営業部の廃止をしたとするものであるところ、このように営業実績が上がらない原因の一つには、唯一の営業部員である原告がA社の業務を行い、被告の業務に専念していないことが影響していることは否定できない。そうすると、本件解雇時に、被告が、兼業禁止違反の事実について認識していなかったとしても、その後の訴訟において、同事実を主張することは許されてしかるべきである。」

「原告は、弁論終結後に提出した書面において、服務規律違反である兼業禁止は就業規則上解雇事由と定められていないから、兼業禁止を理由に解雇することは認められないと主張する。しかしながら、被告の就業規則の定めからは就業規則上に規定された解雇事由が限定列挙の趣旨であると解することはできず、例示列挙にすぎないと認められるから、原告の主張は採用しない。」

「以上によれば、本件解雇は、原告に就業規則第2章2条6号及び24号に定められた兼業禁止違反に該当する事実が認められ、解雇の客観的合理的な理由があり、しかも、兼業の内容が就業時間に競業他社の業務を行うだけでなく、被告の業務で知り得た情報を利用するという被告への背信的行為であるという内容に照らせば、本件解雇は社会通念上も相当なものである。」

「したがって、本件解雇は権利濫用であるということはできず、有効である。」

3.意外と許可の認定は厳しい?

 本件の原告は、なぜか許可の存在を明示的に主張していなかったようですが、代表者が代表を務める別の会社で働いていて、何年も文句を言われなかった事実経過を踏まえると、副業の黙認(許可)があったと認定されても、それほどおかしくはなさそうな気はします。

 本件は、副業の許可の認定が、存外、厳しいものである可能性を示す裁判例として、意識しておく必要があるように思われます。