1.介護職員処遇改善加算
介護職の方の賃金については、以前から低く抑えられすぎているのではないかという問題が指摘されてきました。こうした指摘に応えるため、国は、
介護職員処遇改善加算
という仕組みを設けています(老発0316号 令和3年3月16日 厚生労働省老健局長「介護職員処遇改善加算及び介護職員等特定処遇改善加算に関する基本的考え方並びに事務処理手順及び様式例の提示について」参照)。
【重要】令和3年度介護職員処遇改善加算及び介護職員等特定処遇改善加算について 東京都福祉保健局
これは、大雑把に言えば、介護職員の賃金を改善するために事業主に交付金を支給すると言う仕組みです。
加算金を介護サービス事業者等が受け取るにあたっては、
「処遇改善加算等の算定額に相当する介護職員の賃金・・・の改善・・・を実施しなければならない。」
「賃金改善は、基本給、手当、賞与等のうち対象とする賃金項目を特定した上で行うものとする。・・・また、安定的な処遇改善が重要であることから、基本給による賃金改善が望ましい。」
とされています。
それでは、この介護職員処遇改善加算金を、残業代の原資に充てることは許されるのでしょうか?
確かに、残業代も人件費(賃金)には違いありません。しかし、残業代が払われるのは当然であり、残業代に充当することは、賃金水準の改善という制度趣旨にはそぐわないようにも思われます。
近時公刊された判例集に、この論点を取り扱った裁判例が掲載されていました。松山地宇和島支判令3.1.22労働判例ジャーナル109-40 医療法人竹林院事件です。
2.医療法人竹林人事件
本件で被告になったのは、診療所を開設、経営するとともに、介護保険法に基づく居宅サービス事業等を行う医療法人です。
原告になったのは、被告との間で労働契約を締結し、被告の通所介護施設で介護士として勤務していた方2名です。
被告では介護職員処遇改善加算金を原資とする「介護職員加算手当」が時間外勤務手当の一部として支給されていました。原告らは、介護職員加算手当の支給を時間外勤務手当の支払いとみることは違法であると主張し、被告に対し、未払い残業代等の支払いを求める訴えを提起しました。
原告らが展開した理屈は、具体的に言うと、次のとおりです。
(原告の主張)
「介護職員処遇改善加算制度は、介護に伴う重労働を考慮して、介護職員の待遇改善のために介護事業者に介護報酬に加えて補助金が支給される制度であるから、この補助金は基本給等の増額に使用されるべきもので、この補助金を使用者が本来負担すべき時間外勤務割増賃金の原資の一部に充てることは、同制度の趣旨を逸脱するものであり無効である。」
これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、原告の主張を採用しました。
(裁判所の判断)
「介護職員処遇改善加算の制度は、介護サービスに従事する介護職員の処遇、すなわち賃金水準の改善のために、介護事業者に対して支払われる介護報酬に加算して金員を支給するものであるから、実際に介護職員に支給される賃金水準が向上(改善)するように取り扱われなければならないのは当然である。」
「そうすると、介護事業者が本来当然に従業員(介護職員)に支給しなければならない時間外勤務割増賃金の支払原資に上記介護職員処遇改善加算金を充て、他面においてその分だけ時間外勤務割増賃金の負担を実質的に免れるのは、従業員の賃金水準を向上させることにつながらないから、介護職員処遇改善加算の制度の趣旨に反するものといわなければならない。」
「介護事業者の介護職員処遇改善加算金の使用方法の判断にも、かかる限度で制約があるものというべきである。」
「また、被告のように介護職員処遇改善加算金を原資にして従業員(介護職員)に介護処遇加算手当を毎月支給する場合、これは時間外勤務割増賃金(時間外労働割増賃金)の算定の基礎に組み込まれるべきものであるから(労働基準法37条5項、労働基準法施行規則21条4、5号参照)、かように支給される金員も加えて算定の基礎となる金額を算出し、この金額に所定の割増率を乗じて時間外勤務割増賃金の金額を算出すべきである。」
「この点、被告は、事前に愛媛県に相談したとか、従業員から了解を得たから介護職員処遇改善加算金を時間外勤務割増賃金として支給しても差し支えない旨などを主張するが、被告が提出した愛媛県知事宛ての介護職員処遇改善実績報告書・・・中には、介護職員処遇改善加算金を時間外勤務割増賃金に充てた旨の記載はないし(なお、被告が本件訴訟で提出する特別な事情に係る届出書は、被告が愛媛県知事に対して一方的に支給の実態を説明するものにすぎず、これをもって監督当局の了解があったと認めることは困難である。)、被告が上記支給方法につき監督当局から了解等を得たことを認めるに足りる証拠はない。また、従業員の了解を得ても介護職員処遇改善加算の制度の趣旨に反する支給方法が許容されるものではないし、このほかに被告が主張する諸事情を考慮しても、従業員がする未払時間外勤務割増賃金の請求において、介護職員処遇改善加算金を原資とする介護処遇加算手当を時間外勤務割増賃金の算定の基礎とすることを何ら否定すべきことになるものでもない。」
「以上のとおり、被告の主張はこれを採用できないから、原告ら従業員の時間外勤務割増賃金の支給に介護職員処遇改善加算金を原資とする介護処遇加算手当を充てるのは相当でなく、本件においては、被告が支給する介護処遇加算手当を時間外勤務割増賃金の算定の基礎に加えて時間外勤務割増賃金を算出すべきである。」
3.固定残業代の無効パターンの新類型
上述のとおり、裁判所は、処遇加算手当が割増賃金であることを否定し、これを算定基礎賃金に含めたうえで、時間外勤務手当を算出すべきと判断しました。これは固定残業代が無効とされた場合と同じ処理になります。
固定残業代が無効となる類型には、判別可能性がない場合、対価性が認められない場合など種々の類型がありますが、本裁判例により、原資が賃金水準改善のための公的資金である場合という類型が追加されたことになるのではないかと思います。
これは私の知る限り従前なかった無効類型であり、本判決は新類型を追加する裁判例として注目されます。