弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

余計な気は利かせない方がいい-猪の死骸を撤去しようとして飲酒運転をした公務員が懲戒免職になった例

 

1.飲酒運転と懲戒処分

 飲酒運転をした公務員は、かなり厳しい懲戒処分を受けることが珍しくありません。

 例えば、平成12年3月31日職職-68「懲戒処分の指針について」は、国家公務員の飲酒運転について、

「酒酔い運転をした職員は、免職又は停職とする。この場合において人を死亡させ、又は人に傷害を負わせた職員は、免職とする。」

というルールを定めています。

 同じようなルールは多くの地方公共団体でも採用されており、こうした規定に基づいて公務員が懲戒免職処分を受ける例は、決して少なくありません。これは、飲酒運転を原因とする悲惨な事故が相次いだことを受け、処分量定が過重されて行ったことに対応します。

 しかし、他の非違行為との比較において処分量定が極端に重くなった結果、その反動といえる動きも出ています。国・地方公共団体が行った懲戒免職処分が裁判所によって取り消される例は、相当数確認されています(第二東京弁護士会 労働問題検討委員会編『2018年 労働事件ハンドブック』〔労働開発研究会、初版、平30〕553-554頁参照)。

 飲酒運転に対する懲戒免職処分の効力は、必ずしも裁判例が安定していないため、その動向に注目していました。そうしていたところ、近時公刊された判例集に、飲酒運転を理由とする懲戒免職処分の効力が争われた裁判例が掲載されていました。鳥取地判令3.1.22労働判例ジャーナル109-12 鳥取県事件です。

2.鳥取県事件

 本件は飲酒運転を理由に懲戒免職処分と退職手当支給制限処分を受けた公務員が原告となって、各処分の取消を求めて裁判所に出訴した事件です。

 本件の特徴は、懲戒処分を受けた経緯にあります。

 平成30年10月5日(金)午後5時30分ころ、仕事を終えた原告は、帰宅して200ミリリットル入りの焼酎2本をストレートで飲酒しました。

 その後、職場職員で構成されているLINEグループのトークを通じ、C主事から、

「181号根雨方面より行くと赤松産業手前の左端に猪が死んでいるので、また回収をお願いします。」

というメッセージが流れてきました。

 その後、C主事からは、更に、

「Aさん(原告)が明日朝回収されます。」

とのメッセージが流れてきました。

 更にその後、Ⅾ係長から

「国道181号武庫で軽自動車の事故。約100mの区間で片交に。警察対応中。油出勤はないでうす。」

「武庫の件ですが、警察に確認したところ、特に日野県の私有の対応は扶養のことです。」

 そのメッセージも流れてきました。

 しかし、同日午後9時38分ころ、原告は

「今から死骸撤去します。」

とのメッセージを送信した後、自宅を出て、自家用軽トラックを運転し、自家用軽トラックで現場に赴きました。

 同日午後10時11分ころ、原告は、警察官から声をかけられ、飲酒検知検査を受けけました。飲酒検知検査の結果、原告の呼気からは、1リットルあたり0.8ミリグラムという呼気が計測されました(本件酒気帯び運転)。

 酒気帯び運転で検挙された原告は、同日午後11時35分ころ、LINEグループに

「飲酒で、捕まりました。」とのメッセージを投稿したうえ、翌16日未明(午前0時9分ころ)、職場の上司である課長にも、酒気帯び運転で検挙されたことを電話報告しました。

 実態を確認した鳥取県知事は、酒気帯び運転で検挙されたことを理由に、原告を懲戒免職処分にしました。

 本件で争われたのは、この懲戒免職処分の効力です。上述の経緯を考えると、最も重い処分量定である懲戒免職処分は行き過ぎではないかが問題になりました。

 この問題に対し、裁判所は、次のとおり述べたうえで、懲戒免職処分の効力は有効だと判示しました。

(裁判所の判断)

「原告は、当番の割当てもない執務時間外に飲酒したものであり、飲酒したこと自体には非難されるべき点は何もない。また、一般的に、道端に死骸が長時間放置されれば、腐敗したり、散逸したりすることが想定されるから、原告が猪の死骸をできる限り早く撤去した方がよいと考えたこと自体は誤りではなく、自己の都合のために本件酒気帯び運転を行ったわけでもないから、本件酒気帯び運転の動機は悪質ではなかったと評価することはできる。

「しかし、原告は、猪の死骸と交通事故との関連性をD係長やC主事に確認することもなく、本件投稿・・・の文面だけで猪の死骸と交通事故との間に関連性があると即断したものであるが、実際には両者に関連性はなかったこと・・・、原告が本件職場の上司から早急に死骸を回収するよう指示された事実はないこと・・・、本件職場においては、動物の死骸によって道路交通上の支障が生ずるような場合には、業者に死骸を道端によけるよう依頼する運用があったこと・・・などに照らせば、原告は、猪の死骸処理の緊急性及び原告自身が出動する必要性、緊急性を誤って評価し、本件酒気帯び運転に至ったといわざるを得ない。加えて、動物の死骸処理は、公務に当たり、それを目的とする本件酒気帯び運転も公務としての運転に当たるのであるから、上司から指示されたわけでもなく、原告の誤った独自の判断で飲酒運転に及んだという点について原告を擁護することはできない。

以上を踏まえると、本件酒気帯び運転の経緯に関しては、原告に対して相応の非難が妥当するというべきである。この経緯を原告に有利な事情として考慮すべきである旨の原告の主張は採用しない。

3.余計な気は利かせない方がいい

 LINEグループの投稿を見て、猪の死骸撤去に気を利かせようとしたばっかりに、原告は懲戒免職処分を受けることになってしまいました。

 こうした判断をみると、やはり、終業時刻後に、LINEやメール等は、できるだけ見ないようにし、万一見てしまっても、余計な親切心は発揮しない方がいいように思われます。