1.懲戒免職処分と退職手当との関係
国家公務員退職手当法は、懲戒免職処分等を受けて退職をした公務員に対しては、退職金の全部又は一部を支給しない処分を行うことができると定めています(国家公務員退職手当法12条参照)。
条文の文言上は「全部又は一部を」支給しない処分を行うことが「できる」とされているものの、運用上、懲戒免職処分等を受けた公務員に対する退職手当は、全部不支給が原則とされています(昭和60年4月30日総人第261号 最終改正 令和元年9月5日閣人人第256号「国家公務員退職手当法の運用方針」参照)。
https://www.cas.go.jp/jp/gaiyou/jimu/jinjikyoku/files/s600430_261.pdf
ただ、退職手当の不支給は、不利益性の度合いが強いこともあり、全額不支給にするためのハードルは、懲戒免職処分を行うためのハードルよりも高いと考えられてます。
上記は国家公務員に関するルールです。しかし、多くの地方公共団体が国の方針に準拠して条例を作っているため、このルールは殆どの地方公務員にもあてはまります。
昨日は、猪の死骸を撤去しようとして飲酒運転をした公務員が懲戒免職処分を受けた事案を紹介させて頂きました(鳥取地判令3.1.22労働判例ジャーナル109-12 鳥取県事件)。この事件は懲戒免職処分の効力のほか、退職手当の支給制限処分の適法性も争われました。
懲戒免職処分が適法だと判断されたことは、昨日お話ししたとおりです。それでは、退職手当の支給制限処分の効力はどのように理解されたのでしょうか?
2.鳥取県事件
本件は飲酒運転を理由に懲戒免職処分と退職手当支給制限処分を受けた公務員が原告となって、各処分の取消を求めて裁判所に出訴した事件です。
平成30年10月5日(金)午後5時30分ころ、仕事を終えた原告は、帰宅して200ミリリットル入りの焼酎2本をストレートで飲酒しました。
その後、職場職員で構成されているLINEグループのトークを通じ、C主事から、
「181号根雨方面より行くと赤松産業手前の左端に猪が死んでいるので、また回収をお願いします。」
というメッセージが流れてきました。
その後、C主事からは、更に、
「Aさん(原告)が明日朝回収されます。」
とのメッセージが流れてきました。
更にその後、Ⅾ係長から
「国道181号武庫で軽自動車の事故。約100mの区間で片交に。警察対応中。油出勤はないでうす。」
「武庫の件ですが、警察に確認したところ、特に日野県の私有の対応は扶養のことです。」
そのメッセージも流れてきました。
しかし、同日午後9時38分ころ、原告は
「今から死骸撤去します。」
とのメッセージを送信した後、自宅を出て、自家用軽トラックを運転し、自家用軽トラックで現場に赴きました。
同日午後10時11分ころ、原告は、警察官から声をかけられ、飲酒検知検査を受けけました。飲酒検知検査の結果、原告の呼気からは、1リットルあたり0.8ミリグラムという呼気が計測されました(本件酒気帯び運転)。
酒気帯び運転で検挙された原告は、同日午後11時35分ころ、LINEグループに
「飲酒で、捕まりました。」とのメッセージを投稿したうえ、翌16日未明(午前0時9分ころ)、職場の上司である課長にも、酒気帯び運転で検挙されたことを電話報告しました。
実態を確認した鳥取県知事は、酒気帯び運転で検挙されたことを理由に、原告を懲戒免職処分にしました。また、解雇予告手当相当額を控除した967万3618円に相当する退職手当(本来の額の97%相当額)を不支給とする退職手当支給制限処分を行いました。
裁判所は、懲戒免職処分の効力を認めたうえ、次のとおり述べて、退職手当支給制限処分の適法性も認めました。
(裁判所の判断)
「本件運用方針(鳥取県の退職手当に関する条例の運用方針)は、懲戒免職処分を受けた者に対しては、一般の退職手当等の全部を支給しないこととすることを原則とした上で、一般の退職手当等の一部を支給しないこととする処分にとどめることを検討する場合は、本件条例17条1項に規定する「当該退職をした者が行った非違の内容及び程度」について、
〔1〕停職以下の処分にとどめる余地がある場合に、特に厳しい措置として懲戒免職等処分とされた場合、
〔2〕懲戒免職等処分の理由となった非違が、正当な理由がない欠勤その他の行為により職場規律を乱したことのみである場合であって、特に参酌すべき情状のある場合、
〔3〕懲戒免職等処分の理由となった非違が過失(重過失を除く。)による場合であって、特に参酌すべき情状のある場合、
〔4〕過失(重過失を除く。)により禁錮以上の刑に処せられ、執行猶予を付された場合であって、特に参酌すべき情状のある場合に限定すると定めている。」
「本件懲戒免職処分の理由となった非違は、本件酒気帯び運転であり、原告は、本件酒気帯び運転で罰金刑を受けたのみであるから・・・、上記〔2〕の場合及び〔4〕の場合に該当しないことは明らかである。したがって、以下、上記〔1〕の場合又は〔3〕の場合に該当するかを検討する。」
「・・・原告は、本件酒気帯び運転時、酒気帯び運転の基準値の5倍以上のアルコールを体内に保有しており、その前後にも冷静かつ的確な判断ができていなかったことが認められる上、原告が走行した道路が国道であったことやその走行距離がそれなりに長いことからすれば、本件酒気帯び運転は、交通事故を発生させる危険性のある、悪質な態様で行われていたものと評価できる。また、・・・既に検討したとおり、原告は、自身が飲酒した量や時間帯については認識しつつ、酔いが醒めており、酒気帯びにはならないであろうと軽信したに過ぎず、運転時に飲酒運転になると考えていなかったことが原告の責任を低減させるような事案ではない。」
「前記・・・で認定説示したところを踏まえると、本件懲戒免職処分の理由となった非違の内容及び程度に照らして、『停職以下の処分にとどめる余地がある場合に、特に厳しい措置として懲戒免職等処分とされた場合』(上記〔1〕)に該当するとは認めることができない。」
「・・・既に検討したとおり、原告は、自ら警察官を発見し、声を掛けたものと認められることからすれば、本件酒気帯び運転の際、原告は、自身が酒気を帯びていないものと考えていたことがうかがわれるが、その供述内容に照らせば、自身が飲酒した量や時間帯については認識しつつ、酔いが醒めており、酒気帯びにはならないであろうと軽信したに過ぎず、飲酒運転の基礎となる事実の認識が全く欠けていたわけではないというべきであるから、本件酒気帯び運転は故意によるものであったといえ、過失によるものではない。」
「仮にこれを過失とみるとしても、被告においては、職員による飲酒運転防止のために、いかなる理由でも飲酒運転は絶対にしてはならないことなどを周知する指導やメールによる通知が再三行われており、原告も日常的に運転業務に携わる職員として、交通法規の遵守について意識すべき立場にあり、実際に被告から送られてくるメールの内容を確認していたこと、本件酒気帯び運転当日は、敢えて強い酒を飲もうと考え、アルコール度数25度の焼酎400ミリリットルをストレートで飲んでいたことなどからすると、飲酒から約4時間程度で酔いが醒めたと考えたことにはおよそ合理性がなく、自身が酒気帯び運転ではないと考えたことには重大な過失があるというべきである。」
「上記〔3〕については、非違が重過失ではない場合に限定されているから、本件は上記〔3〕の場合にも該当しない。」
「以上の次第で、本件懲戒免職処分に関しては、本件運用方針が一般の退職手当等の一部を支給しないこととする処分にとどめることを検討できるとする場合に該当しないため、解雇予告手当相当額以外の退職手当全額の支給を行わない旨の本件支給制限処分は、本件運用方針に則って行われたものということができる。」
「原告は、本件支給制限処分は、原告に有利に考慮すべき事情を無視してなされたものであり、違法である旨主張する。」
「確かに、本件では、原告が、被告に採用されてから本件懲戒免職処分がされるまでの29年8か月にわたり被告の職員として勤務しており、懲戒処分歴はなく、勤務態度について特段の問題を指摘されることもなく、被告において一定の功績があったこと・・・や原告が本件酒気帯び運転により検挙された後には、速やかに本件職場の職員及び上司に報告を行っており、非違を隠蔽するような言動はとっていないこと・・・といった事情が存在する。」
「しかしながら、本件運用方針に従うと、これらの事情は、一定の要件(当該退職をした者が行った非違の内容及び程度について『停職以下の処分にとどめる余地がある場合』や『懲戒免職等処分の理由となった非違が過失(重過失を除く。)による場合』など)を満たした場合に、特に参酌すべき事情として考慮されることになり、一次的に考慮されなければならない事情とはされていない。また、・・・既に検討したとおり、本件においては、非違の内容及び程度、非違に及んだ経緯、公務の遂行及び公務に対する信頼に及ぼした影響など処分に当たって中心的に考慮すべき事項について、原告に有利にみるべき事情がなく、原告が指摘する上記各事情を考慮したとしても、原告に対する処分を減軽すべきであるという判断には至らない。」
「したがって、本件支給制限処分に考慮不尽の違法がある旨の原告の主張は採用できない。」
(中略)
「以上によれば、本件支給制限処分は、合理性のある本件運用方針に則って行われたものと認められ・・・、その他の違法事由が存在したとも認められないから・・・、その処分が社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したものとはいえず、原告による本件支給制限処分の取消請求には理由がないというべきである。」
3.約30年の功績が猪の死骸を撤去しようとしたことで吹き飛んでしまった
本件の原告の方は、約30年に渡り懲戒処分を受けることもなく、功績を積み重ねてきていました。しかし、酒が抜けきっていない状態で自動車を運転して猪の死骸を撤去しに向かおうとしたばっかりに、1000万円近くの退職手当を不意にしてしまいました。帰宅後に職場のLINEなど見なければ職を失うことも、退職手当を受給できなくなることもなかったであろうことを考えると、人の運命が本当に簡単に狂ってしまうものであることを痛感させられます。
本件のような裁判例もあるため、飲酒運転に対しては、くれぐれも注意しておくことが必要です。