弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

夜間時間帯における割増賃金算定のための賃金単価を最低賃金以下にすることを認めた例

1.泊まり勤務(夜間時間帯)の労働時間性

 しばしば泊まり勤務(夜間時間帯)の労働時間性が争われることがあります。

 労働者側としては、仮眠等が許容されていても、何か問題があったら即応することが義務付けられているのだから指揮命令下にあるはずだとして、割増賃金(残業代)を支給すべきだと主張します。

 他方、使用者側は、稼働実績に乏しいことや、労働密度の低さを強調し、労働時間ではないと反論してきます。

 ただ、個人的な実務経験の範囲で言うと、使用者が、労働者に対し、全くの無償で泊まり勤務を強いている例は、それほど多いわけではありません。多くの場合、宿直手当や夜間勤務手当などの名称で、一定の対価が支払われています。

 この対価との関係で、近時公刊された判例集に、夜間時間帯における割増賃金算定のための賃金単価について、特徴的な判断がなされた裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、千葉地判令5.6.9労働経済判例速報2527-3 社会福祉法人A事件です。

2.社会福祉法人A事件

 本件で被告になったのは、千葉県○市内において、複数の福祉サービス事業所を運営している社会福祉法人です。

 原告になったのは、被告との間で期間の定めのない労働契約を締結し、グループホームで入居者の生活支援業務を担っていた方です。原告と被告との間では夜勤(午後9時~翌日午前6時)1日につき6000円の夜勤手当が支払われていましたが、夜勤時間帯の割増賃金が支払われていないとして、被告を提訴したのが本件です。

 本件の被告は夜間時間帯の労働時間性を争うと共に、

「労働密度の薄い夜勤時間帯の勤務について日中勤務と同じ賃金単価で計算することは、妥当でない。」

「本件雇用契約においては、夜勤時間帯については実労働がないか、あっても1時間以内であったときは夜勤手当以外の賃金を支給しないことが、就業規則及び給与規程の定めにより労働契約の内容となっていた。このように1回の泊まり勤務についての賃金は夜勤手当であることからすれば、夜勤時間帯に時間外労働がされたときの割増賃金の計算については、夜勤手当の支給額として約定された6000円が基礎とされるべきであり、そうすると、仮に夜勤時間帯が全体として労働時間に該当すると認定されるのであれば、夜勤手当の6000円は、夜勤時間帯から休憩時間1時間を控除した8時間の労働の対価として支出されることになる。」

「したがって、被告における夜勤時間帯の割増賃金算定の基礎となる賃金単価は、750円である。」

と述べ、夜勤手当をベースに時間単価を認定すべきだと主張しました。

 裁判所は、夜勤時間帯の労働時間性を認める一方、被告の主張を容れ、次のとおり述べて、時間単価を750円と認定しました。

(裁判所の判断)

労基法37条の割増賃金は、『通常の労働時間又は労働日の賃金』を基礎にして計算されるところ、前記前提事実のとおり、本件雇用契約においては、基本給のほかに、1日当たり6000円の『夜勤手当』が支給されていたほか、基本給の6%に相当する夜間支援手当が支給されていたことが認められ、これによれば、本件雇用契約においては、夜勤時間帯については実労働が1時間以内であったときは夜勤手当以外の賃金を支給しないことが就業規則及び給与規程の定めにより労働契約の内容となっていたものと認められる。そして、このように1回の泊まり勤務についての賃金が夜勤手当であるとされていたことに照らすと、夜勤手当の6000円は、夜勤時間帯から休憩時間1時間を控除した8時間の労働の対価として支出されることになるので、その間の労働に係る割増賃金を計算するときには、夜勤手当の支給額として約定された6000円が基礎となるものと解される。

したがって、被告における夜勤時間帯の割増賃金算定の基礎となる賃金単価は、750円であると認めるのが相当である。

「これに対し原告は、原告の勤務は、泊まり勤務の後に午前10時まで勤務することを基本としていたが、原告が更に続けて勤務したときは、その超過時間数に応じ、給与明細書に記載された時間数に応じた『時間外手当』が支給され、その時間数及び額によれば、原告の割増賃金算定の基礎となる賃金単価は、そのときの基本給の額に応じて1528円、1540円又は1560円となると主張する。」

「しかしながら、夜勤時間帯が全体として労働時間に該当するとしても、労働密度の程度にかかわらず、日中勤務と同じ賃金単価で計算することが妥当であるとは解されない。」

「労基法37条が時間外、休日又は深夜の労働について使用者に割増賃金の支払を義務付けている趣旨は、これによって、時間外労働等を抑制し、もって労働時間に関する同法の規定を遵守させるとともに、労働者への補償を行おうとすることにあるものと解されるが、日中勤務と比べて労働密度の薄い夜勤時間帯の勤務について、契約において特に労働の対価が合意されているような場合においては、割増賃金算定の基礎となる賃金単価について前記・・・のように解することが労基法37条の上記の趣旨に直ちに反するものとは解されない。」

「そして、前記・・・の認定事実によれば、被告の運営するグループホームにおいては、入居者の多くが知的障害を有し、中にはその程度が重い者や強度の行動障害を伴う者も含まれていたことが認められるものの、入居者も夜間は基本的に就寝していると解される。また、夜間支援記録・・・によれば、具体的な業務の発生する頻度にはグループホームごとに差があることが認められ、このことからは、常駐する生活支援員の労働密度が一律に高かったとは認められない。」

「以上を総合すれば、本件事実関係の下においては、夜勤手当の支給額として約定された6000円を基礎とすることが相当であり、これと異なる旨をいう原告の主張は採用することができない。」

「以上によれば、被告における夜勤時間帯の割増賃金算定の基礎となる賃金単価は、750円となる。」

なお、最低賃金に係る法規制は全ての労働時間に対し時間当たりの最低賃金額以上の賃金を支払うことを義務付けるものではないから、泊まり勤務に係る単位時間当たりの賃金額が最低賃金を下回るとしても、直ちに泊まり勤務の賃金額に係る合意の効力が否定されるものとは解されない。

3.高裁でも維持されるかは甚だ疑問であるが・・・

 本件のような認定が許容されるのであれば、使用者は夜勤手当を低額に設定することにより、安価に労働者に長時間労働を強いることができることになります。これが労働基準法37条の趣旨に何故「直ちに反するものとは解されない」といえるのかは、不明というほかありません。私には裁判所による時間単価の認定は、労働基準法37条の趣旨に正面から反しているように思えます。

 また、より問題であるのは最低賃金法との関係です。最低賃金法には、労働密度が低ければ最低賃金を割り込む賃金額しか支給しないでも構わないといった条文は存在しないはずです。泊まり勤務であれば、何故最低賃金を割る賃金額を合意することができるのかも、全く分かりません。最低賃金自体、極めて低廉であるのに、これを下回る対価で働かせることが許容されるとなると、最早人の尊厳を侵しているのではないかという気もします。

 本件は控訴されているようですが、この裁判所の判断が維持されるかは、注視して行きたいと思います。