弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

情報流出に係る非違行為の特殊性-比較的広く懲戒解雇をもって臨むことが許容されるとされた例

1.会社の秘密漏洩を理由とする懲戒解雇

 会社の秘密の漏洩や情報の持ち出しは、多くの会社で懲戒事由として定められています。例えば、

「正当な理由なく会社の業務上重要な秘密を外部に漏洩して会社に損害を与え、又は業務の正常な運営を阻害したとき。」

といったようにです(厚生労働省 モデル就業規則参照)。

モデル就業規則について |厚生労働省

 情報漏洩を理由として懲戒解雇になる事案の中には、情報を持ち出した直後に摘発されている例が相当数あります。情報の持ち出しを監視するシステムに検知され、すぐさまヒアリングの対象になるといったようにです。

 こうした場合、会社側に実害が発生していないためか、懲戒解雇は厳しすぎるという感覚を持つ方は少なくありません。

 しかし、個人的な経験の範囲でいうと、それほど楽観視できる事件類型ではありません。近時公刊された判例集にも、情報流出に係る非違行為の特殊性に触れたうえ、比較的広く懲戒解雇をもって臨むことが許容されると判断した裁判例が掲載されていました。東京地判令4.12.26労働判例ジャーナル134-20 伊藤忠商事ほか1社事件です。

2.伊藤忠商事ほか1社事件

 本件で被告になったのは、

国内外において幅広い事業を展開する大手商社(被告会社)と、

被告会社を退職した者を対象とした企業年金基金(被告基金)

です。

 原告になったのは、被告の総合職であった方です。被告の社内システムにアクセスし、原告の仮想デスクトップ領域に保存されてたデータファイル3325個が入ったフォルダ等をGoogle Driveの原告のアカウント領域にアップロードしたことしたこと(本件アップロード行為)を理由に懲戒解雇されました。

 これを受けて、懲戒解雇の無効を主張し、自分は被告を自主退職したものであるとして、

被告会社に変動給の按分支払いを、

被告基金に退職金等の支払いを、

請求する訴えを提起しました。

 本件の原告は、令和2年3月19日に本件アップロード行為を行い、その日の午後8時15分頃には、被告会社からデータのアップロード行為について問い合わせを受けました。その後、翌20日には、原告立会いのもと、Google Driveからアップロードされたデータファイル等が削除されました。

 こうした経緯を踏まえ、裁判所は、

「本件アップロード行為から本件データファイル等が削除されるまでの経緯からすれば、本件アップロード行為後に本件データファイル等が原告の支配領域から出たことを認めることはできず、本件アップロード行為は、被告会社就業規則28条6号ハの定める『漏洩』行為には当たらないというべきである。」

と情報の漏洩を認定しませんでした。

 しかし、服務規律違反であることを認定したうえ、次のとおり述べて、懲戒解雇の相当性を認めました。

(裁判所の判断)

・社会通念上の相当性について

ア 本件データファイル等ないし本件詳細主張ファイル群の重要性

「被告会社は総合商社であり、国内外の企業等に投資をし、商品を国内外の取引先から購入して顧客に販売することが基本的な業態であるところ、当該業態において、情報は付加価値の源泉というべき重要性を有するものと解される。他方、被告会社においては、その業態故に、機密性の高いものを含めて大量の情報を社内外の利害関係者間で適切に共有しつつ、迅速に処理することをも求められているから、営業秘密を個別に指定したり、特定のフォルダでの管理を義務付けたりすることは上記要請と相反するものであって、本件データファイル等について秘密管理性を認めることができるような、対象情報と一般情報を合理的に区分するような管理手法をとることは困難であったと推認される。」

「そうすると、被告会社において、シンクライアントシステムが採用された被告社内システムを構築し、クラウドストレージであるBoxを採用することにより,電子データを従業員の端末に保存させないこととし、社内ルールにより情報の管理を定め、サイバーセキュリティの実行組織を設置するなどの措置は、不正競争防止法による保護を受けるには不十分であったとしても、上記情報の業態上の重要性を踏まえて機密情報を保護しつつ、情報処理上の必要性に対応するための合理的な措置であるということができる。したがって、本件データファイル等ないし本件詳細主張ファイル群が営業秘密に当たらないことをもって、これらが被告会社にとって重要なものではなく、ひいては本件アップロード行為が悪質でなかったということはできない。」

イ 本件アップロード行為の悪質性

「本件アップロード行為は、被告会社において重要であり、合理的な体制により管理されていた有用性及び非公知性のある機密情報を含む大量の情報を、原告自身又は被告会社以外の第三者のために退職後に利用することを目的として、被告会社の管理が及ばない領域に無差別に移転する行為であって、本件データファイル等の全部又は一部が原告の転職先において有用な情報であったと認めることができないことを踏まえても、被告会社の社内秩序において看過することのできない、極めて悪質な行為といわざるを得ない。」

「なお、本件アップロード行為後に本件データファイル等が原告の支配領域から出ていないことは、被告会社がサイバーセキュリティ対策を行って、システム監視やログ分析を行った結果、本件アップロード行為が早期に発覚した結果であるに過ぎないことが推認され、原告に特に有利に考慮すべき事情ということはできない。

ウ 情報流出に係る非違行為の特殊性

従業員の非違行為により情報が事業者の管理が及ばない領域に一旦流出した場合には、その後に当該情報が悪用されるなどして事業者に金銭的な損害が生じたとしても、その立証が困難なことや、当該従業員が会社に生じた損害賠償を支払うだけの資力に欠けることもあり得るところであり、情報の社外流出に関わる非違行為に対し、損害賠償による事後的な救済は実効性に欠ける面がある。さらに、このような非違行為は、退職が決まった従業員において、特にこれを行う動機があることが多い一方で、このような従業員による非違行為に対しては、退職金の不支給・減額が予定される懲戒解雇以外の懲戒処分では十分な抑止力とならないから、事業者の利益を守り、社内秩序を維持する上では、退職が決まった従業員による情報の社外流出に関わる非違行為に対し、事業者に金銭的損害が生じていない場合であっても、比較的広く懲戒解雇をもって臨むことも許容されるというべきである。

エ 本件懲戒解雇の相当性

「前記アないしウに説示したとおり、本件データファイル等ないし本件詳細主張ファイル群が被告会社にとって重要であり、本件アップロード行為が悪質であって、事後的な救済は実効性に欠けるという非違行為としての特殊性を前提とすれば、被告会社の利益を守り、社内秩序を維持する上では、原告が、被告会社を退職し、他社へ転職する直前の時期に行った本件アップロード行為に対し、被告会社に金銭的損害が生じたことを認めることができず、また、原告に被告会社での懲戒処分歴及び非違行為歴がないことを考慮しても、懲戒解雇処分をもって臨むのもやむを得ないというべきであり、本件懲戒解雇は社会通念上相当なものと認めることができ、権利濫用には当たらないというべきである。

「なお、原告は、被告会社において、過去に、従業員が、機密情報の入ったUSBメモリやパソコンを持ち出して紛失した事案に対し、懲戒処分を科した例がないことをもって、本件懲戒解雇は著しく公平性を欠く旨主張する。しかし、仮に、被告会社において過去にそのような取扱いがあったとしても、過失による紛失例と、大量の情報を、故意に被告会社の管理が及ばない領域に移転したという本件アップロード行為を同列に扱うことはできず、原告の主張は採用することができない。」

3.意識・警戒が必要な裁判例

 冒頭でも指摘したとおり、この裁判例の特徴は、情報流出に係る非違行為の特殊性に触れたうえ、比較的広く懲戒解雇をもって臨むことが許容されると明確に判示している点にあります。

 元々、故意による情報の持ち出しは楽観できる紛争類型ではありませんでしたが、今後、この傾向に、更に拍車がかかって行くように思われます。

 東京地裁労働部の合議体が本件のような判断を示したことは、労働者側としても十分に意識・警戒しておく必要があります。