弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

過酷な負担を負わせる競業避止契約の効力を一部有効として救済することが許されて良いのか?

1.退職後の競業避止義務を定める合意

 会社と従業員との間で交わされる退職後の競業避止義務を定める合意の効力は、一般に、次のとおり理解されています。

「就業規則によって退職後の競業行為を禁止したとしても、退職後には労働者に職業選択の自由(憲22条)が保障されていることに照らし、その競業禁止規定の効力を無制限に認めることはできない。多くの裁判例は、①退職時の労働者の地位・役職、②禁止される競業行為の内容、③競業禁止の期間の長さ・場所的範囲の大小、④競業禁止に対する代償措置の有無・内容等を考慮し、合理的な範囲でのみ競業禁止の効力を認めている・・・。なお、最近の裁判例は、制限の期間、範囲を必要最小限にとどめることや、一定の代償措置を求めるなど、厳しい態度をとる傾向にあると指摘されている。」(佐々木宗啓ほか『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕595頁参照)。

 しかし、この「合理的な範囲でのみ競業禁止の効力を認めている」との意味は、どのように理解されるのでしょうか?

 これには大別して二つの考え方があります。

 一つ目は、合意の全てが無効になるとする考え方です。

 二つ目は、合理性を有する範囲では有効で、合理性を逸脱する部分のみ無効になるとする考え方です。昨日ご紹介した、大阪高判令7.6.25労働判例1341-128 シーリス元従業員事件は、後者の考え方を採用した点でも注目されます。

2.シーリス元従業員事件

 本件で原告(被控訴人)になったのは、

土木工事業、水道施設工事業、舗装工事業などを目的とする会社であり、土木・建設工事のうち、給排水設備施設・修繕、上下水道管敷設・修繕工事、道路舗装・修繕工事などを主たる事業としている株式会社X2

建設業、警備業などを目的とする会社であり、警備業のうち交通誘導警備業務を主たる事業としている株式会社X1

管工事業、給排水衛生設備工事業、上下水道設備工事業、土木工事業、舗装工事業などを目的とする有限会社X3

の三社です。

 被告(控訴人)になったのは、X1に在籍しつつ、X2に出向して業務を行っていた方です。在職中に競業行為に及んだとして、次のような内容の誓約書に署名しました。

「控訴人は、被控訴人らに対し、次の各事項を確認し誓約する。」

「1項 控訴人は、控訴人が①被控訴人らと競業関係にある会社を設立し代表となったこと、②被控訴人らの取引先との間で被控訴人らと競業する取引を行ったことを確認する。」

「7項 被控訴人ら在職中及び退職後5年間は、被控訴人らの承諾なく、被控訴人らと実質的に競合関係に立つ事業者及び被控訴人らの顧客、仕入先その他被控訴人らに関係する会社に就職し若しくは役員に就任せず、又は自らかかる事業を営むことはしない。」

「11項 前各条項に違反した場合、法的な責任を負担するものであることを確認し、違約金として金2000万円を支払うほか、この違反により被控訴人らが被った損害の額がこれを超えるときは、その部分についても賠償することを誓約する。」

 誓約書を差し入れた後にも競業行為に及んだとして、原告らは被告に違約金を請求する訴えを提起しました。被告が欠席したことを受け、一審裁判所は原告の請求を認容する判決を言い渡しました。これに対して被告側が控訴したのが本件です。

 この競業避止契約は、退職後5年間も効力を有し、しかも違反すると2000万円もの高額の違約金が発生するとされている点で、労働者にとって極めて過酷な内容となっています。

 普通に考えれば、このような競業避止契約は無効となりそうですが、裁判所は、次のとおり述べて、その効力を一部救済しました。

(裁判所の判断)

「本件誓約書は、控訴人が、被控訴人らの在職中に、被控訴人X2の顧客で、被控訴人X2及び被控訴人X3と競業関係に立つAの取締役に就任するとともに、被控訴人X1と競業関係に立つBを設立して代表者となり、被控訴人X2の取引先であったAと取引していたことなどが被控訴人らに発覚したことから、これを本件誓約書1項で確認した上で、7項において今後の在職中及び退職5年間における競業行為を禁止することを約したものである・・・。控訴人の上記各行為は、被控訴人らとの労働契約における信義則上の義務(労働契約法3条4項参照)に違反するものであり、本件誓約書は、そのような控訴人の義務違反行為を踏まえ、その防止などの観点から作成されたものであるから、本件合意は被控訴人らの正当な利益の保護を目的とする合理的なものといえ、そのような義務違反行為を前提とせずに労働契約において競業避止義務を定めた場合と同様に解することはできない。

(中略)

「退職後5年という競業避止期間は、控訴人の被控訴人らへの在籍期間などを踏まえると、確かに長期であることは否めないが、被控訴人らは退職後2年以内に競業避止行為をしたことをもって控訴人の義務違反と主張しているところ、2年間の限度であれば不当に長期間とはいえない。」

(中略)

競業避止義務規定を定めた本件誓約書7項の規定は、競業避止義務を負う期間を退職後2年間とする限度において、公序良俗に反し無効であるとは認められない。

(中略)

「本件誓約書は、控訴人による在職中の競業行為が発覚したことを踏まえ、その防止などの観点から作成されたものであること、被控訴人X1らの売上高及び純利益額は認定事実・・・のとおりであり、被控訴人X2は年6億円から7億円の、被控訴人X1は年3億円から5億円の売上げがそれぞれあり、控訴人の競業行為によって、相当額の損害が発生する可能性があること(なお、被控訴人らの売上げが減少しなかったとしても、より多額の売上げを得られた可能性はあるから、控訴人の競業行為によって、被控訴人らに損害が生じていないとはいえない。)からすると、違約金額を一定の高額に定めることに合理性はあるというべきである。しかし、他方で、本件誓約書11項の違約金規定は、在職中及び退職後5年間の競業行為に対するものであるが、在職中及び退職後2年を超える部分については、労働基準法16条の規定及び公序良俗に反し無効であると解される。そして、このことに加え、約3年1か月という控訴人の被控訴人X1への在籍期間及び月約36万円という控訴人の給与額・・・を踏まえると、控訴人が住宅(社宅)、社用車及び携帯電話の貸与を受けていたこと・・・を考慮しても、本件誓約書11項の2000万円という違約金の金額は、不当に高額というべきであり、その2分の1の額(1000万円)を超える部分については、公序良俗に反し無効と解すべきである。」

「これらからすれば、本件誓約書11項の違約金の定めは、1000万円の限度で有効と解するのが相当である。

3.部分的に効力を救済することが許されて良いのか?

 以上のとおり、裁判所は、義務違反行為の存在を前提としない競業避止契約とは違うことを強調しながらも、退職後2年間の限度、違約金1000万円の限度で誓約書は有効だと判示しました。

 一部無効の形で競業避止契約の効力が救済されるとなると、使用者としては、

取り敢えず、過重な形で競業禁止を合意しておき、

労働者から訴訟を提起されたら、裁判所が考える上限値で競業避止契約の効力を認めてもらう、

といった対応が最も合理的性に適うことになります。

 しかし、こうした使用者側に極端に有利なルール設定は健全とは思えません。このルールが適用されると、使用者としては、合理的な範囲がどこまでなのかを厳密には考える必要がなくなるからです。労働者に一方的に科せられる競業避止の約定が、際限なく重くなることが懸念されます。

 義務違反行為を前提とする契約であったとしても、本件のような強度な制約を課すことの合理性には強い疑義があります。誓約の効力は、その全てを否定するべきではなかったかと思います。

 判断の妥当性に問題のある事案だとは思いますが、こうした一部無効的な考え方を採用した裁判例があることは押さえておく必要があります。