1.公務員の懲戒免職処分と退職手当支給制限処分
昨日、公務員は懲戒免職処分を受けると、基本的に退職手当の全額の支給を受けられなくなるという話をしました。国家公務員について、
昭和60年4月30日 総人第 261号 国家公務員退職手当法の運用方針 最終改正 令和4年8月3日閣人人第501号
が全部不支給を原則とすることを定めており、地方公務員についても、多くの自治体が、この例に倣っているからです。
https://www.cas.go.jp/jp/gaiyou/jimu/jinjikyoku/files/sekougo_2.pdf
本日も、昨日に引き続いて、懲戒免職処分を受けながら、退職手当支給制限処分(全部不支給)が取消された最近の裁判例(松山地判令5.9.12労働判例ジャーナル142-56 宇和島市事件)をご紹介させて頂きます。
2.宇和島市事件
本件で原告になったのは、宇和島市役所に在籍していた市職員だった方です。
宇和島市内に存する自治会の一つで班長をしており、管理していた自治会費等の預り金を横領したとして、懲戒免職処分、退職手当支給制限処分(全部不支給)が行われました。これに対し、退職手当支給制限処分の取消を求め、被告宇和島市を訴えたのが本件です。
原告は、以前にも同じ自治会の不適切会計で戒告処分を受けていましたが(別件処分)、裁判所は、次のとおり述べて、退職手当支給制限処分の取消を認めました。
(裁判所の判断)
「本件条例の規定により支給される一般の退職手当等は、勤続報償的な性格を中心としつつ、給与の後払的な性格や生活保障的な性格も有するものと解される。そして、本件規定は、個々の事案ごとに、退職者の功績の度合いや非違行為の内容及び程度等に関する諸般の事情を総合的に勘案し、給与の後払的な性格や生活保障的な性格を踏まえても、当該退職者の勤続の功を抹消し又は減殺するに足りる事情があったと評価することができる場合に、退職手当支給制限処分をすることができる旨を規定したものと解される。このような退職手当支給制限処分に係る判断については、平素から職員の職務等の実情に精通している者の裁量に委ねるのでなければ、適切な結果を期待することができない。」
「そうすると、本件規定は、懲戒免職処分を受けた退職者の一般の退職手当等につき、退職手当支給制限処分をするか否か、これをするとした場合にどの程度支給しないこととするかの判断を、退職手当管理機関の裁量に委ねているものと解すべきである。したがって、裁判所が退職手当支給制限処分の適否を審査するに当たっては、退職手当管理機関と同一の立場に立って、処分をすべきであったかどうか又はどの程度支給しないこととすべきであったかについて判断し、その結果と実際にされた処分とを比較してその軽重を論ずべきではなく、退職手当支給制限処分が退職手当管理機関の裁量権の行使としてされたことを前提とした上で、当該処分に係る判断が社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したと認められる場合に違法であると判断すべきである。」
「原告は、被告の課長補佐ないし室長補佐であった平成26年度から課長に昇格した平成31年度までの6年間にわたって、本件預り金の一部(18万1100円)について、本件班員に対し、虚偽の精算報告を行った上、余剰金の返還をしておらず、本件不祥事は相応に悪質な行為というべきである。そして、原告は、平成28年に別件処分を受けていたこと、別件不適切会計の調査の際、被告に一部虚偽の報告をしていたこと・・・、『責任の重さを痛感し、ここに深く反省するとともに関係者各位に対し心から深くお詫びし、繰り返さないことを誓います。』などと記載した顛末書を提出したにもかかわらず、別件不適切会計の調査と同時に並行して本件不祥事を行っていたこと、本件不祥事の調査の際、当初は虚偽の報告を行っていたこと・・・などの事情も踏まえると、原告に対する退職手当の減額自体はやむを得ないといわざるを得ない。」
「しかしながら、本件不祥事及び別件不適切会計は、いずれも公務外の非違行為であること、本件不祥事は相応に悪質な行為というべきであるものの、問題となった金額等によれば、悪質性の程度が高いものとまではいえないこと、別件処分は横領を理由としたものではないこと、本件不祥事で問題となった金員は、最終的に本件班員に返還され、本件不祥事及び別件不適切会計のいずれも刑事事件として立件されることはなかったことなどの事情に鑑みると、本件不祥事について、原告の勤続の功を抹消するに足りる事情があるとまでは認められないから、1637万2773円の退職手当を全額不支給とする本件退職手当支給制限処分は、社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱したものといわざるを得ない。」
「なお、被告は、生活保護業務の責任者である原告の不正が発覚したことにより、生活保護を受給していた生活困窮者に被告及び被告職員に対する不信を抱かせることとなり、現場を担当する職員の業務に影響が出たと主張するが、これを認めるに足りる証拠はないといわざるを得ない。また、原告は、本件不祥事に関する弁明の機会において、別件不適切会計で問題となっている金員について、生活費等のために流用したという趣旨の発言をしているが、このこと自体は、前記認定を左右するものではない。」
「そうすると、本件退職手当支給制限処分に当たって別件不適切会計を違法に考慮したものであるという原告の主張の当否について判断するまでもなく、本件退職手当支給制限処分は違法であると認められる。」
3.処分庁の処分理由の構成に隙があったのではないか?
本件は公務外非行とはいえ、横領行為を問題にするものであるため、よく取消が認められたなというのが率直な印象です。その理由ですが、被告の主張の仕方に隙があったように思います。
本件の被告は、処分の適法性を基礎づける事情として、次のような考慮要素を掲げていました。
「(1)原告は、公務に対する信頼を保持すべき公務員であり、職員を指導・監督し、高い倫理が求められる課長級の職(管理職)であった上、別件不適切会計の際も、管理職である課長補佐であった。」
「(2)原告は、少なくとも6年間、本件預り金の一部について、決められた額の寄付等を本件自治会に納めず、また、あたかも納めたかのような収支報告を作成し、発覚を長期間にわたって逃れ、原告自身の生活費とパチンコに使うという刑法上の横領罪に相当する行為を繰り返し行った。この行為は、被告及び被告職員全体に対する市民の信用を失墜させるものである。」
「(3)生活保護業務の責任者である原告の不正が発覚したことにより、生活保護を受給していた生活困窮者に被告及び被告職員に対する不信を抱かせることとなり、現場を担当する職員の業務に影響が出た。」
「(4)原告は、別件不適切会計で戒告処分を受け、顛末書において『深く反省する』、『繰り返さないことを誓う』と宣言しておきながら、これと同時に並行して本件不祥事を行っていた。」
「(5)原告は、本件班員との間で、問題となった金員の返還に十分な猶予期間を与えられていたにもかかわらず、期日までに返還できなかった。」
「(6)原告は、本件不祥事の調査過程において、別件不適切会計が私的流用であったことを認め、別件不適切会計の調査の際、重い処分を逃れるために虚偽の報告を行っていたことが発覚した。このことは、本件退職手当支給制限処分において、非違行為後における言動を判断する上で、加重する一要素であるが、別件不適切会計に対する処分を再評価するものではない。」
本件では、
「生活保護を受給していた生活困窮者に被告及び被告職員に対する不信を抱かせることとなり、現場を担当する職員の業務に影響が出たと主張するが、これを認めるに足りる証拠はないといわざるを得ない。」
と判示されており、(2)(3)は証拠のない反駁されやすい主張だったといえます。
また、不適切会計や横領との行為態様の差異が混同されていますし(4)、本件では、上記に指摘した以外にも、
「本件自治会は、別件不適切会計について、原告を告訴等していない。」
という事実が認定されています。当事者である自治会が特に問題視しておらず、最終的に返済までされているのに、部外者である宇和島市が期日の遵守にとやかく言うのもおかしなことです(5)。
要するに、被告は、悪性を強調しようとするあまりに盛りすぎた主張をしています。
結果、論拠としていたものが次々と弾劾され、処分の前提となる事実認識が崩壊したから、この処分は最早維持できないという判断に至ったのではないかと推測されます。
この自治体が「盛る」現象は、公務員の懲戒処分に関する事案を扱っていると、割と良く目にします。盛られた事件は争いやすいので、過剰に悪く主張されていることは、決して悲観的になる材料ではありません。