弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

ハラスメントを理由とする損害賠償請求訴訟で行為の一連一体性を主張する意義-事業執行性(業務関連性)を架橋する

1.単体の不法行為か、一連一体の継続的不法行為か?

 セクシュアルハラスメント(セクハラ)でも、パワーハラスメント(パワハラ)でも基本的に行為が単発であることは稀です。大体の事案では、多数のハラスメント行為が積み重なったうえで事件になります。

 このように多数のハラスメント行為が積み重なっている場合、

単体の不法行為が積み重なっているだけなのか、

一連一体の継続的不法行為なのか、

が問題となります。労働者側で事件を法律構成する時には、一連一体の継続的不法行為だと主張することが多いです。これは、

古い行為まで捕捉できる、

単体で見ると弱い行為まで捕捉できる

といった利点があるからです。

 こうしたメリットがあることは、以前、このブログでも取り上げたことがあります。

ブラックジョークとして笑ってすますことができるとの供述からセクハラの日常性・継続性が認められた例 - 弁護士 師子角允彬のブログ

 しかし、近時公刊された判例集に、もう一つ、一連一体の継続的不法行為構成をとることにメリットがあることを示した裁判例が掲載されていました。ここ数日ご紹介させて頂いている、鳥取地判令6.2.16労働経済判例速報2551-3 労働判例ジャーナル148-26 A社事件です。

2.A社事件

 本件で被告になったのは、

鳥取市に本店を置き、全国に展開してコールセンター事業等を営む株式会社(被告会社)

被告会社の執行役員兼法人部長として、B支店に勤務していた方(被告C 昭和58年生まれ)

の二名です。

 原告(昭和61年生まれ)になったのは、被告会社のB支店に勤務していた方です。被告Cから継続的にセクシュアルハラスメントやパワーハラスメントを受け、精神疾患を発症し、休職を余儀なくされたなどと主張して、損害賠償を請求する訴えを提起したのが本件です。

 本件には多数の争点がありますが、その中の一つに、被告Cによる行為の一部の事業執行性がありました。

 ハラスメント加害者と同様の責任を会社に追及して行くにあたっては、民法715条1項(使用者責任)が根拠になります。

 この民法715条1項は、

「ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。」

と規定しています。

 会社は自己の雇用する労働者の不法行為について何でもかんでも責任を負うわけではなく、飽くまでも「事業の執行について」第三者に加えた損害に限り責任を負うにすぎません(講学上「事業執行性」「業務関連性」などと呼ばれることがあります)。そのため、宴席など職場外で生じたハラスメントに関しては「事業執行性がない」などと責任が争われることがあります。

 本件でも被告Cの一部行為について、事業執行性が争われましたが、裁判所は、次のとおり述べて、問題となった不法行為全てについての事業執行性を認めました。

(裁判所の判断)

「被告Cの言動〔1〕〔2〕〔3〕〔5〕は、それらを個別にみても、原告の人格権を侵害する違法性を有するものである。これに反する被告らの主張は、事実の認定又は評価を誤るものとして採用できない。」

「そして、上記各言動の行為態様及びそれらからうかがわれる被告Cの主観的意図等をみると、いずれも被害者と加害者を同一とする違法なセクハラとしての共通性があり、各言動があった時期としてもわずか半年程度の期間内に立て続けにされたものであって、これらを総合考慮すると、原告が主張するとおり1個の継続的不法行為であると認めるのが相当である。

(中略)

「前記3(争点1の検討)に認定説示したとおり、被告Cの不法行為は1個の継続的不法行為であると解されるところ、かかる継続的不法行為を構成する被告Cの言動の一部(被告Cの言動〔1〕〔5〕)について使用者責任にいう事業執行性があることに争いはない。」

被害者及び加害者を同一とし、被告Cによって違法なセクハラが繰り返されていた等の点を捉えて被告Cがした一連の言動を継続的不法行為であると認めた趣旨に鑑みれば、被告会社が主張するごとく、継続的不法行為を構成する一部の言動についての事業執行性の有無如何によって容易く使用者責任を免れ得るともいい難い。もっとも、前記4(争点2の検討)において、専ら被告Cの言動〔3〕(9月誕生日会)を中心として原告が精神疾患を発病したと認めたものである。また、前記3(争点1の検討)において、被告Cの言動〔2〕(8月誕生日会)についても顕著な違法があることを認めたものであり、これは慰謝料額の算定の基礎となるべき事実といえる。そこで、被告会社が負うべき使用者責任がより確かなものであるか否かを明らかにすべく、被告Cの言動〔2〕〔3〕の事業執行性について検討することが相当である。」

・被告Cの言動〔3〕(9月誕生日会)の事業執行性について

「前提事実・・・に認定のとおり、被告Cの言動〔3〕は、被告会社の就業時間及び就業場所以外でされたものである。」

「しかし、前提事実・・・前記・・・に認定のとおり、被告Cは、自身の誕生日会に関する投稿に前後して『俺の人事権の恐ろしさを知らんみたいやな』等との投稿をしている。この投稿は、当時における被告C自身の主観的意図はともかく、外形的ないし客観的にみて、自らが有する被告会社内の地位を誇り、恫喝的な文言を交えつつ、誕生日を祝うことをしない部下については後に不利に扱う可能性があることを示唆するものにほかならない。そして、原告は、本件投稿グループの参加者として上記投稿を閲覧するなどしていた中、被告Cから具体的な日程を指定されつつ誕生日会名目での会食開催を求められるなどした。これら一連の事実経過を踏まえると、9月誕生日会は、被告Cが上司としての立場を利用して開催させたもので、かつ、原告にしてみれば、直属の上司である被告Cとの関係維持等のためにこれを実施せざるを得ないと考えても何ら不自然でないものであったといえる。加えて、前記・・・に認定したとおり、被告Cは、業務時間外での飲食等を通じて部下との交流を深め、業務の円滑に資する雰囲気を醸成していくべきとの考えに基づき、部下の誕生日祝い名目での会食を開催するなどしていたところ、被告C自身の誕生日会名目での会食についても上記と同様の考えに基づくものであったとみることもできる。さらに、前記・・・に認定のとおり、被告Cは、原告に接吻をした際、『俺らの仲やもんな』と述べるなどしているが、かかる発言は、部下である原告に対し、上司としての地位ないし影響力を利用し、自らの行為を拒絶できないように働き掛けるものにほかならない。このようにして原告が拒絶できない状況を作出し、これを利用して行われたというべき被告Cの言動〔3〕は、被告Cが、原告の上司としての地位を利用したものであって、その意味においても、被告Cの業務との関連性が認められる。」

「以上によれば、9月誕生日会は、被告会社の就業時間及び就業場所以外でされたものであること、会食費用を被告Cが負担していることがうかがわれるなどその他本件に表れた一切の事情を考慮しても、被告会社の事業執行行為を契機とし、これと密接な関連を有するものというべきである。そうすると、その機会における被告Cの言動〔3〕(9月誕生日会)について、使用者責任にいう事業執行性が認められると解するのが相当である。」

「これに対し、被告会社は、前記・・・のとおりに認定した被告Cの言動〔3〕に係る事業執行性を争う旨の主張をし、その根拠として、既に検討済みである時間的、場所的な観点以外にも、本件投稿グループでは業務とは関係のないやり取りがされていることがほとんどであった,原告が他の従業員らの企画した食事会に便乗することや誕生日プレゼントを贈るのみにとどめることも可能であったことなどと指摘する。そして、証拠(甲17)によれば、本件投稿グループにされた個々の投稿には、内容面で業務とは関連性がないといわざるを得ないものが多数含まれるなど、被告会社の主張に一部沿う事実が認められる。」

「しかし、前提事実・・・に認定のとおり、本件投稿グループには、現に被告Cの部下が多く参加していたものである上、証拠・・・によれば、被告Cにおいて、職場内でのコミュニケーションや人間関係の円滑を図る目的で本件投稿グループを立ち上げたものと認められるところ、これが業務とは関連しない純然たる個人的なグループとみるのは困難である。また、既に指摘した9月誕生日会に先立つ、被告Cがした本件投稿グループへの投稿内容、原告に対して具体的な日程を指定した上での個別的な会食開催の求めがあったことに照らし、被告会社が主張するごとく、被告Cの誘いを断り、他の食事会への便乗ないしプレゼント贈呈にとどめること等は事実上困難であったというべきである。」

「そうすると、被告会社が主張するところは、事実の評価を誤るものとして、いずれも前記認定判断を左右しない。」

・被告Cの言動〔2〕(8月誕生日会)の事業執行性について

「前提事実・・・に認定のとおり、被告Cの言動〔2〕は、被告会社の就業時間及び就業場所以外でされたものである。」

「もっとも、前記・・・に認定のとおり、被告Cは、業務時間外での飲食等を通じて部下との交流を深め、業務の円滑に資する雰囲気を醸成していくべきとの考えに基づき、部下の誕生日祝い名目での会食を開催するなどしていた。そして、被告Cが原告を誘って8月誕生日会が開催されたものであるところ、それは上記の被告Cの考えを背景としたものと認められ、この認定を覆すに足りる証拠がないことを考慮すれば、8月誕生日会が純然たる私的な会食であったとはいい難く、むしろ、外形的ないし客観的にみて、上司と部下との関係構築のための機会として実施されたというべきである。」

「また、前記・・・に認定した被告Cの言動〔2〕は、被告Cが、自ら部下である原告を会食に誘い、原告が上司の誘いを断りづらい中で、二人きりでの会食、二次会への参加、二人での帰路といった状況が現出し、その機会を利用してされたというべきであって、原告の上司としての地位を利用したとも評価し得るものである。」

「以上によれば、被告Cの言動〔2〕(8月誕生日会)は、被告会社の事業執行行為を契機とし、これと密接な関連を有する行為というべきであって、使用者責任にいう事業執行性が認められると解するのが相当である。」

「これに対し、被告会社は、被告Cの言動〔2〕は、被告Cが個人的に原告を会食に誘ったことを契機とし、被告会社の業務との時間的、場所的近接性があるものではなく、原告が特に強いられることもなく二次会に赴いていることなどからすれば、事業執行性は否定される旨主張する。」

「しかし、8月誕生日会が純然たる私的な会食であったと評価できないことは上述のとおりである。また、原告が被告Cから二次会の参加を強制する趣旨の発言をされたとの事実は認められないものの、前記・・・に認定のとおり、上司が部下の誕生日を祝う趣旨での会食を実施し、上司が二次会に誘い、さらに、部下が満腹である旨述べるなどしつつも、二次会に赴いている状況を踏まえると、原告が二次会への参加を強く拒んで帰路につくことは困難であったとみるのが自然かつ合理的であって、原告が強いられることなく二次会に赴いたとの点を強調するのは必ずしも当を得たものであるとはいえない。」

「このようにして、被告会社が主張する点は、前記認定判断を左右するものであるとは認め難い。」

・小括

「以上に検討したとおり、被告Cの言動〔1〕〔5〕の事業執行性については争いがなく、争いがある被告Cの言動〔2〕〔3〕についても事業執行性が認められる。すなわち、前記3(争点1の検討)に認定した被告Cの不法行為の全てについて事業執行性が認められるものであり、その帰結として、被告会社は、使用者責任を免れず、被告Cと連帯して、被告Cの不法行為と同様の損害賠償責任を負うべきことになる。」

3.社屋外でのハラスメントの事業執行性を架橋する意味があるのではないか?

 上述のとおり、裁判所は、

「被害者及び加害者を同一とし、被告Cによって違法なセクハラが繰り返されていた等の点を捉えて被告Cがした一連の言動を継続的不法行為であると認めた趣旨に鑑みれば、被告会社が主張するごとく、継続的不法行為を構成する一部の言動についての事業執行性の有無如何によって容易く使用者責任を免れ得るともいい難い。」

「被告会社が負うべき使用者責任がより確かなものであるか否かを明らかにすべく、被告Cの言動〔2〕〔3〕の事業執行性について検討することが相当である。」

と判示しました。

 これは意訳すると

一連一体の継続的不法行為である以上、一部行為の事業執行性に疑義があるからといって、会社に容易に責任を免れさせるのは適切でない、

基本的に責任を負うものと解されるものの、「より確かなものである」と言えるか、ダメ押しで検討を進める)、

といった判断であるように思われます。

 ハラスメントで一連一体のものと法律構成する意義として、この事業執行性を架橋するという意味があることも、実務上、覚えておいた方が良い知識であるように思います。