弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

ハラスメントに起因する精神疾患により休業期間が長期化しても、4割の限度では休業損害が認められるとされた例

1.精神疾患による休業期間の長期化

 ハラスメントの被害者が精神疾患を発症し、回復するまでの間、働けなくなることは少なくありません。

 働けなくなったことにより減少した収入は、損害(休業損害)として、加害者に賠償請求することができます。

 しかし、精神疾患の場合、病気療養のために働けない期間が、当初予想以上に伸びることがあります。このような場合にも、休業損害を請求し続けることはできるのでしょうか?

 私の感覚では、その請求は決して容易ではありません。

 加害者が賠償義務を負う損害は、相当因果関係のある範囲に限られているからです。相当因果関係とは、簡単に言えば、その行為からその結果が発生することが、社会通念上相当だといえる関係をいいます。その人の個性の問題で治療期間が長期化した場合、それは、加害行為から普通発生する結果とはいえないため、賠償義務を負う範囲から除外されることになります。そのため、治療期間(休業期間)が極端に長期化した場合、どこかの時点(相当因果関係のあるといえる範囲を超える時点)で休業期間の終期が切られ、それ以降の休業損害の請求は認められないのが普通です。

 しかし、近時公刊された判例集に、休業期間が長期に及んでるにもかかわらず、4割の限度で休業損害が認められた裁判例が掲載されていました。ここ数日ご紹介させて頂いている、鳥取地判令6.2.16労働経済判例速報2551-3 労働判例ジャーナル148-26 A社事件です。

2.A社事件

 本件で被告になったのは、

鳥取市に本店を置き、全国に展開してコールセンター事業等を営む株式会社(被告会社)

被告会社の執行役員兼法人部長として、B支店に勤務していた方(被告C 昭和58年生まれ)

の二名です。

 原告(昭和61年生まれ)になったのは、被告会社のB支店に勤務していた方です。被告Cから継続的にセクシュアルハラスメントやパワーハラスメントを受け、精神疾患を発症し、休職を余儀なくされたなどと主張して、損害賠償を請求する訴えを提起したのが本件です。

 本件には多数の争点がありますが、その中の一つに休業損害をどのように理解するのかという問題がありました。この点が問題になったのは、1815日間もの長期間に渡って就労をすることができない状態が継続していたからです。

 このような事実関係のもと、裁判所は、原告の休業損害額を次のとおり認定しました。

(裁判所の判断)

「原告は、被告Cの不法行為により発病した精神疾患により就労することができなくなっていること、原告は、平成30年11月1日以降、給与の支払を受けていないこと、かかる状態は本件訴訟の弁論終結日である令和5年10月20日までの1815日間継続していたことがそれぞれ認められる。」

(中略)

「前記・・・のとおり、原告は、遅くとも平成30年10月22日に適応障害を発病し、その後、遅くとも令和元年11月16日までにうつ病を発病しており、それらの発病は被告Cの不法行為によるものであったと認められる。」

「もっとも、前記・・・に認定したところによれば、原告の主治医は、上記のうつ病の要因として、被告Cによるセクハラ行為のほか、その後の被告会社の対応を掲げているところ、被告会社の対応に不適切なところが見当たらないのは、原告主張に係る債務不履行責任の有無について検討した前記・・・のとおりである。このことを踏まえると、原告がうつ病を発病するに至り、その後においても休業せざるを得ない心身の不調が継続しているのは、被告Cの不法行為のみならず、被告会社がした対応等に関する原告の主観的な不満など、被告らに帰責し得ない事情が相応に寄与しているといわざるを得ない。すなわち、前記・・・に認定した原告の主治医の意見は、要するに、原告において被告会社の対応に強い不満を有していることが病状の遷延に寄与しているという趣旨のものであるところ、そのような不満自体は原告側の事情と評価されるべきものである。殊に、被告Cに対する懲戒処分が軽い等との感情を抱くこと自体は心情として理解できるものではあるが、その後に調査報告書の開示を求め、これを拒んだ被告会社の対応、その後の被告会社の交渉によって多大なストレスや絶望感を抱き、これが長期の休職を余儀なくされるまでに精神状態の悪化を招いた要因となるというのは、同種の業務に従事する労働者において通常想定される範囲を外れるものといわざるを得ない。」

「また、前提事実・・・に認定したとおり、原告が適応障害との診断を受けたのは平成30年10月22日で、その後にうつ病との診断を受けたのは令和元年11月16日である。そして、これを前記イのとおりに認定判断した休業損害の算出基礎となる休業期間(平成30年11月1日から令和5年10月20日までの1815日間)との関係で考慮するならば、休業期間のおおむね8割程度の部分がうつ病の発病以降の期間となる。前記・・・に認定した原告の主治医の意見は、原告が『うつ病』を発病した主な要因には、被告Cがした不法行為ないしその後の言動のほかに、被告会社の事後対応があり・・・、さらには、被告会社の事後対応により、原告が「健全な社会的関係性の感覚」を損なうなどして、うつ病が遷延しているというものである・・・。このような主治医の意見に、前記・・・に認定した、被告Cの名古屋支店への出張、名古屋支店長への降格によって原告と被告Cの接触がないものとなったことを併せ考慮すれば、原告がうつ病を発病した後、上記に認定した休業期間の終期にまでうつ病が遷延しているのは、被告会社の事後対応についての原告自身の受止めが強く作用しているとみるのが合理的である。これを換言すれば、上記の休業損害期間について、それが終期に近づけば近づくほど、その時点での休業の原因が原告側の事情にあるとの側面が強まっているとの評価が可能である。」

「このように、そもそも原告は被告Cの不法行為によって適応障害ないしうつ病を発病したものであるとはいえ、うつ病が遷延して長期に及ぶ休業期間が発生したことについて、上述したとおりの原告側の事情というべきものがあって、その休業期間のおおむね8割に相当する部分については、休業期間の終期に向かって順次、その原告側の事情が原因となっている側面が強まっていること、前記・・・の治療費とは異なって休業損害は高額にわたるものであること等を踏まえると、損害の公平な分担の観点に照らし、被告Cの不法行為による休業損害額は、もはや一旦算出した金額の半額をやや下回るものになると認めるのが相当である。このような考慮に基づく休業損害について具体的金額をもって示すと、基礎収入(日額8548円)に休業期間(1815日間)を乗じて一旦算出した休業損害額1551万4620円の4割に相当する620万5848円の限度にとどまるものとするのが相当である。

3.4割に減らされた? 4割も認められた?

 被害を受けた方の立場からすれば、休業損害が4割の限度でしか認められないというのは納得のし難いことではないかと思います。

 しかし、相当因果関係のある休業期間が途中で切られず、弁論終結時まで約5年間に渡る期間が基礎とされたことは、かなり画期的なことではないかと思います。6割分を削られているとはいっても、相応の金額規模になっており、個人的な感覚としては、被害者側にとって決して悪くない判断になっているのではないかと思います。

 この休業損害の認定の仕方は、休業期間が長期化している被害者を代理して損害賠償請求を行うにあたり、実務上参考になります。