弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

パワーハラスメントを理由として被害者が自殺するに至ることは常識に属すると判示された例

1.自殺の予見可能性

 不法行為であれ債務不履行であれ、損害賠償を請求するためには、故意や過失、因果関係といった要素が必要になります。

 ここでいう「過失」とは結果予見義務を前提としたうえでの結果回避義務違反をいいます。また、相当因果関係とは、当該行為から当該結果が生じることが社会通念上相当だといえる関係にあることをいいます。社会通念上の相当性の有無を判断するにあたっては、当該行為から当該結果が生じることを予見できたのかどうかが問われることになります。

 このように、予見可能性は、損害賠償責任の有無を判断するにあたり、重要な意味を持っています。

 それでは、被害者が自殺してしまった場合、その責任を加害者に問うためには、どのような内容に予見可能性があればよいのでしょうか?

 自殺事案では、

強い心理的負荷のもとになる出来事 ⇒ 精神障害の発症 ⇒ 自殺

という経過がたどられるのが一般です。

 加害者に責任を問うにあたり、被害者の遺族は、

自殺そのものが予見可能であることを立証しなければならないのか、

それとも、

強い心理的負荷を生じさせる出来事を認識していたことさえ立証できれば足りるのでしょうか?

 このブログでも折に触れて紹介してきましたが、近時の裁判例の傾向は、後者だと言っても差し支えないように思います。

自殺の予見可能性-問責にどこまでの認識が必要なのか? - 弁護士 師子角允彬のブログ

自殺の予見可能性-どこまでの認識が必要か? - 弁護士 師子角允彬のブログ

自殺の予見可能性-加重な業務に従事する状態についての予見可能性で足りるとされた例 - 弁護士 師子角允彬のブログ

 近時公刊された判例集にも、これに一例を加える裁判例が掲載されていました。熊本地判令6.2.2労働経済判例速報2551-26 上益城消防組合事件です。

2.上益城消防組合事件

 本件で被告になったのは、消防に関する事務を共同処理するため、地方自治法に基づいて設置された一部事務組合です。

 原告になったのは、昭和48年生まれの男性(亡A)の遺族(妻子です)。

 亡Aは被告消防本部予防指導課で危険物係長を務めていましたが、令和元年5月6日、職場におけるパワーハラスメント等に耐えられなくなったことなどを内容とする遺書等を残して自殺しました。

 本件は亡Aの自殺は直属の上司によるパワハラが原因であるとして、原告らが被告に損害賠償を請求した事件です。

 この事件で被告は、直属の上司(F課長)のパワーハラスメントを認める一方、

「F課長において亡Aの死亡結果を予見することはできず、亡Aの死亡結果に係る結果回避可能性を欠く」

と主張し、責任の所在を争いました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、被告の主張を排斥しました。

(裁判所の判断)

「亡Aは、予防指導課への着任後、引き続き不眠等の症状に苛まれ、平成31年4月8日、健康診断の際に指摘を受けた血小板減少症の疑いを契機として受診した病院の医師に対し、職場のストレスによる不眠があると述べたことがあり、精神科が置かれた病院の紹介を受けたが、かかる病院を受診することはなかった。」

(中略)

「F課長は、危険物係長である亡Aの直属の上司であるとともに、危険物係長の前任者でもあり、危険物係の業務に関して亡Aが唯一相談し得るはずの存在であったというのであるから・・・、亡Aとの関係で、業務上の優越的な地位を有していたことが認められる。」

「F課長は、そのような優越的な地位を背景として、消防本部の危険物係の業務に関する業務経験がなく、その業務に関する知識も十分に有していなかった亡Aに対し、その業務内容に関する十分な説明をしないままにその業務をAに丸投げし、亡Aの業務上の失敗を他社の面前で公然と叱責するなどして適正な範囲を明らかに超えた業務を強いたというべきであり・・・、これにより亡Aに対して強い精神的な苦痛を与えたことが認められ、このようなF課長の言動がいわゆるパワーハラスメントに該当することは明らかである。」

「そして、このようなF課長の言動が業務上の指導として社会通念上許容される範囲を逸脱したものというべきであるから、F課長によるパワーハラスメントは、国賠法上違法な公権力の行使に該当する。」

これに対し、被告は、本件自殺に係るF課長の予見可能性を欠くなどと指摘し、国賠法上の違法性の不存在を主張するが、パワーハラスメントを理由として被害者が自殺するに至ることがあることは常識に属するものであり、パワーハラスメントを行った張本人であるF課長において、亡Aが自死するに至る可能性を予見しえなかったとは凡そ考えられず、被告による前記主張は採用できない。

3.パワハラで人が自殺することは常識

 上述したとおり、裁判所は、

「パワーハラスメントを理由として被害者が自殺するに至ることがあることは常識に属するものであり、パワーハラスメントを行った張本人であるF課長において、亡Aが自死するに至る可能性を予見しえなかったとは凡そ考えられず」

という判断をしました。

 文字通りに読めば、これはハラスメント加害者が自殺の予見可能性の欠如を主張する余地を事実上塞ぐ判示だと理解できます。被害者側で事件を処理するにあたり有力な武器となる経験則であり、実務上参考になります。