弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

つながらない権利-育児短時間勤務者への帰宅後の頻回の電話等がパワーハラスメントにあたるとされた例

1.つながらない権利

 数年前から「つながらない権利」という言葉が知られるようになっています。

 日本法上の法令用語ではないため、本邦における正確な定義はありませんが、厚生労働省に設置されている

「仕事と生活の調和のための時間外労働規制に関する検討会」

では、

「深夜や早朝など24時間業務関係のメールや連絡が届いてしまうことを排除しようとする」

ものとして議論されています。

第4回「仕事と生活の調和のための時間外労働規制に関する検討会」議事録(2016年11月15日)

 こうした権利利益を現行の日本法のもとでも観念できるのかは判然としません。

 しかし、近時公刊された判例集に、「つながらない権利」の問題を考えるうえで興味深い裁判例が掲載されていました。東京地判令2.6.10労働判例1230-71 アクサ生命保険事件です。これは、以前、

長時間労働を理由とする慰謝料請求-精神疾患の発症なし、月30~50時間の水準の残業でも可能とされた例 - 弁護士 師子角允彬のブログ

として紹介させて頂いた事件と同じ事件です。

 つながらない権利との関係で、何が興味深いのかというと、育児短時間勤務者への帰宅後の頻回の電話等がパワーハラスメントに該当すると指摘されている点です。

2.アクサ生命保険事件

 本件の被告は、生命保険等を業とする株式会社です。

 原告になったのは、パワーハラスメントを理由に被告から懲戒処分(戒告)を受けた従業員の方です。懲戒処分の違法無効を主張し、違法無効な懲戒処分をした被告に対し、不法行為責任に基づく慰謝料を請求するなどした事件です。

 被告には「職場におけるハラスメント防止ガイドライン」という文書があり、ここでは、

「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える、又は職場環境を悪化させる言動」

がパワーハラスメントに該当すると定義され、ハラスメントの事実が明らかになった場合には、懲戒措置を行うことが定められていました。

 こうしたルールのもと、被告は、

「平成29年7月4日、原告に対し、原告が部下のC(以下『C』という。)に、Cの帰宅後、遅い時間に何度も活動報告を求める電話を行ったことが、同人に対するパワーハラスメント行為(会社規定違反)に当たるとして、原告を懲戒戒告処分(以下『本件懲戒処分』という。)に処し」

ました。

 これに対し、原告は、

「Cに対して帰宅後、遅い時間に何度も活動報告を求める電話を行った事実は認めるが、原告のCに対する指導は、日々、B支社長及びA営業所長から執拗に報告を求められるという、いわば監視下に置かれた中、数字を上げるよう責め立てられ追い詰められた状況で、両者の指示に従ってやむを得ずしたものであるから、原告のCに対する指導だけを取り上げてパワーハラスメントに当たると認定した上で原告を懲戒処分に処したことは、パワーハラスメントの根本的な原因となっていたB支社長やA営業所長の指導を棚に上げ、原告だけに全ての責任を押し付けたもので、不当である」

などと主張し、本件懲戒処分は懲戒権の濫用にあたるとして、懲戒処分の効力を争いました。

 裁判所は、次のとおり述べて、原告の行為はパワーハラスメントに該当するとして、本件懲戒処分の有効性を認めました。

(裁判所の判断)

「本件懲戒処分の対象となった事実関係については、原告自身も認めているところ、Cは、育児を理由として、被告において午後4時までの短時間勤務を認められていた者であったが、その在職中、帰宅後の午後7時や午後8時を過ぎてから、遅いときには午後11時頃になってから、原告から電話等により業務報告を求められることが頻繁にあったというのである。その態様や頻度に照らしても、このような行為は、業務の適正な範囲を超えたものであると言わざるを得ず、また、育成部長の立場にあった原告が、育成社員であったCに対し、その職務上の地位の優位性を背景に精神的・身体的苦痛を与える、または職場環境を悪化させる言動を行ったと評価できるものであって、パワーハラスメントに該当し・・・、懲戒事由・・・となるものである。

(中略)

「以上によれば、被告による本件懲戒処分は有効であるといえるから、原告に対する不法行為の成立は認められない。」

3.差止めや損害賠償を認めたものではないが・・・

 本判決は、あくまでも使用者が業務時間外の頻回の電話等をパワーハラスメントだと認定したにすぎず、業務時間外に電話等を受けていた労働者からの差止請求や損害賠償請求を認容したものではありません。また、電話等を受けた労働者が育児のため短時間勤務を利用する社員であったことも、結論に影響している可能性があります。

 それでも、労働施策総合推進法上のパワーハラスメント(「職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であつて、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されること」同法30条の2第1項参照)と類似する概念定義のもと、業務時間外の頻回の電話等をパワーハラスメントだと認定したことの意義は大きいのではないかと思います。

 育児中で大変な思いをしている方はもとより、そうではない方も、あまりに頻回に渡り業務時間外に電話等の連絡を受けている場合には、パワーハラスメントとして職場に対応を相談してみても良いかも知れません。就業環境の改善に積極的な企業であれば、何らかの是正措置をとってくれる可能性があります。