1.定年後再雇用
高年齢者雇用安定法9条1項は、
「定年(六十五歳未満のものに限る。以下この条において同じ。)の定めをしている事業主は、その雇用する高年齢者の六十五歳までの安定した雇用を確保するため、次の各号に掲げる措置(以下『高年齢者雇用確保措置』という。)のいずれかを講じなければならない。
一 当該定年の引上げ
二 継続雇用制度(現に雇用している高年齢者が希望するときは、当該高年齢者をその定年後も引き続いて雇用する制度をいう。以下同じ。)の導入
三 当該定年の定めの廃止」
と規定しています。
高年齢者雇用確保措置として多くの企業で採用されているのは、第二号の継続雇用制度の導入です。これに基づいて定年後再雇用の仕組みが運用されています。
あまり極端な処遇をして問題になった事案はありますが、加齢による労働能力の低下が否定できないこともあり、定年後再雇用に伴って賃金等の労働条件の切り下げを行うことは、それ自体が禁止されているわけではありません。したがって、企業側で示された労働条件に納得できない労働者が、再雇用契約の締結に応じられないとして、再雇用契約が成立しなかったとしても、それが直ちに違法とされるわけではありません。
それでは、定年後再雇用として有期で現役時と同様の労働条件を設定したものの、その後、労働条件の切り下げを打診し、合意できなかったからといって雇止めすることは許容されるのでしょうか?
近時公刊された判例集に、この問題が議論された裁判例が掲載されていました。福岡地裁令2.3.19労働判例1230-87 テヅカ事件です。
2.テヅカ事件
本件は定年後再雇用として1年間の有期雇用契約を締結し、二度に渡り更新していた原告労働者が、被告会社から雇止めを受けたため、その効力を争って地位確認等を求めて出訴した事件です。
原告の定年退職時の給与は、基本給35万7000円に手当等を含めて合計43万7000円でした。
定年後再雇用契約時、1回目の更新時では、同様の給与水準が維持されました。
2回目の更新時は、基本給を1万円増額されるとともに、時間外手当を含む「役職手当」が3万円減らされ、その給与水準は合計41万7000円になりました。
3回目の更新時、被告は、勤務内容の変更・原告の業務能力・被告の業績等を理由に月給を19万5000円(このほか通勤手当等は社員の規則規程に準ずる)にすることを提案しました。これを原告が拒否し、更新されないまま有期労働契約の期間が経過したたため、訴訟提起に至ったという経過が辿られています。
これに対し、被告は、大意、
定年後再雇用契約に雇止めに関するルール(労働契約法19条)は適用されない、
高年齢者雇用安定法は65歳まで無条件に雇用し続けることを義務付けたものではなく、月額40万円を超える給与が支払われ続けると期待することに合理的がないことは明らかである、
などと主張し、原告の主張を争いました。
裁判所は、各論点について次のとおり判示したうえ、雇止めの効力を否定し、原告の地位確認請求を認容しました。
(裁判所の判断)
-雇止めに関するルール(労働契約法19条)の適否について-
「本件雇用契約は、雇用期間を1年とする『有期労働契約』(労働契約法19条)であるから、労働契約法19条の適用があるというべきである。」
「被告は、高年法に従い設けられた本件継続雇用制度に基づく雇用が問題となっている本件は、労働契約法19条の妥当する場面ではなく、同法の問題ではない旨主張する。しかしながら、労働契約法19条が適用対象とする有期雇用契約について、類型や条件等を限定する法令は特段存在していないのであって、定年後の継続雇用であるからといって法の適用自体を否定すべき理由はなく、被告の言及する裁判例等は事案を異にするものであり本件に妥当しないから、被告の主張は採用することができない。」
「また、被告は、本件雇用契約が終了したのは、原告が被告の労働条件の提示を拒否して再提案をしなかったためであり、雇止めではないとも主張する。しかし、上記のとおり本件雇用契約にも労働契約法19条が適用されるのであり、本件雇用契約が同条により更新されたものとみなされるか否かは同条所定の要件を満たすか否かという点で検討されるべきであって、かつこれで足りるというべきである。」
「そこで、後記に説示する以外の労働契約法19条所定の要件について検討するに、前記認定事実によれば、原告が被告に対して一貫して本件雇用契約の更新を申し込んでおり、雇止めが無効であるから同一の労働条件で更新されたものとみなされると主張して本件訴えを提起するに至ったことからすれば、原告は『当該有期労働契約の更新の申込みをした』と認められるし、被告の労働条件の提示を拒否し、さらに再提案をしなかったことをもって、原告が更新の申込みを撤回したとも認められない。また、被告は、原告に対して改めて労働条件を提案し、つまりは自らの提示する労働条件であれば更新に応ずるとの意思を示したのであって、原告の提案した労働条件を承諾しなかったのであるから、『当該申込みを拒絶』したとも認められる(以下『本件更新拒絶2』という。)。なお、被告の提示した労働条件の合理性・相当性等については、後記説示のとおり、被告が本件雇用契約の更新を拒絶したことについて客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であるかの判断の要素として考慮されるべきである。」
-契約更新の合理的期待について-
「本件継続雇用制度の運用実態を前提とすると、本件継続雇用制度に基づき継続雇用されていた被告の従業員は、更新することができない何らかの事情がない限り、契約期間の満了時に、満65歳に至るまでは更新されると期待し、そのことについて合理的理由があると認めるのが相当であり、それは原告も例外ではないというべきである。」
「被告は、本件継続雇用制度は高年法所定の高年齢者の雇用確保措置として設けられたものであり、継続雇用においては賃金等を含む労働条件について定年退職前のものが保障されるものではない旨主張する。確かに、高年法9条1項は、事業主が講じるべき高年齢者雇用確保措置として、定年の引上げ、継続雇用制度の導入及び定年の定めの廃止の3つを掲げているところ、事業主が継続雇用制度を採用する場合における具体的な制度内容については、事業主(使用者)の合理的な裁量に委ねられているところが大きい。そして、継続雇用は、定年引上げや定年廃止とは異なり、満60歳(高年法8条本文)とする定年退職制度の存在を前提としつつ満65歳までの一定の雇用及び収入の確保を図るものであるから、一般論として、定年退職前の労働条件等が継続雇用においても当然に保障されるものとはいえない。そのため、事業主において高年齢者の雇用確保措置として有期雇用契約とその更新を前提とした継続雇用制度を設けていたとしても、その雇用契約の更新において、必ずしも定年退職前と同程度の賃金水準を保障しなければならないというものではなく、かつ労働者においてそのことを期待するものともいえない。」
「しかし、労働契約法19条2号は『当該有期労働契約が更新されるものと期待する』と規定しており、つまりは雇用が継続することを期待の対象とすることとしているのであって、従前の労働条件が維持されることを期待の対象としていないから、上記のとおりの継続雇用の特性があるとしても、本件雇用契約に労働契約法19条2号が適用される以上は、これをもって同号の要件該当性の判断を左右するものではない。被告が原告に提示した労働条件については、後記のとおり更新拒絶についての客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であるか否かにおける要素として判断されるべきである。」
「したがって、被告の主張は採用することができない。」
3.一旦合意されてしまえば雇止め法理で保護される
2020年3月に独立行政法人労働政策研究・研修機構「高年齢者の雇用に関する調査(企業調査)」によると、60歳直前の水準を100とした場合、平均的な水準の人の61歳時点での賃金の指数は78.7になります。
調査シリーズNo.198『高年齢者の雇用に関する調査(企業調査)』|労働政策研究・研修機構(JILPT)
通常の雇用形態から定年後再雇用になる場合、相当幅の賃金減額が行われています。
しかし、定年後再雇用でも一旦獲得された法的地位は強固であり、雇止めルールは普通に適用されます。また、賃金維持への期待がなくても雇用継続の期待があれば客観的合理的理由・社会通念上の相当性が認められない限り、従前の賃金水準での契約の更新が認められます。
そのため、定年後再雇用で有期労働契約を結んでいる場合であったとしても、安易に企業側の労働条件の引き下げ要請に応じる必要はありません。