弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

労働者安全衛生法の保護範囲に労働者以外の者まで含められた例

1.労働安全衛生法

 労働安全衛生法という法律があります。これは、

「労働基準法(昭和二十二年法律第四十九号)と相まつて、労働災害の防止のための危害防止基準の確立、責任体制の明確化及び自主的活動の促進の措置を講ずる等その防止に関する総合的計画的な対策を推進することにより職場における労働者の安全と健康を確保するとともに、快適な職場環境の形成を促進することを目的とする」

法律です。

 私人間の法律関係を直接規律する法律ではありませんが、災害防止のための行為規範が細かく規定されているため、安全配慮義務違反を問題とする事件などで、注意義務を措定する手掛かりとして活用され、実務上、重要な意味を持っています。

 ただ、法目的が「労働者の安全と健康を確保する」点にあると明記されていることからも分かるとおり、労働安全衛生法は、基本的に、労働者と使用者との紛争で参照されてきました。

 しかし、近時公刊された判例集に、労働安全衛生法の一部規定について、労働者に該当しない者も保護する趣旨を読み込んだ裁判例が掲載されていました。判決言い渡し時にはマスコミ等でも話題になった、最一小判令3.5.17労働経済判例速報2455-3 国・建設アスベスト事件です。

2.国・建設アスベスト事件

 本件は、建設作業に従事し、石綿(アスベスト)粉塵に暴露したことにより、石綿肺、肺癌、中脾腫等の石綿関連疾患に罹患したと主張する原告(控訴人)らが、国と建材メーカーらを被告(被控訴人)として提起した訴訟です。

 国に対しては労働安全衛生法に基づく規制権限を行使しなかったことが違法であるとして、建材メーカーらに対しては石綿含有建材から生じる粉塵に暴露すると石綿関連疾患に罹患する危険があること等を表示することなく石綿含有石材を製造販売したことが問題であるとして、損害賠償を請求しました。

 規制権限の不行使の適否が争点となる中、原審は、

「安衛法22条、57条及び59条に基づく規制権限の保護の対象者は、安衛法2条2号において定義された労働者であり、被告国は、当該労働者と認められない者との関係では、上記規制権限を行使する職務上の法的義務を負担しない。したがって、当該労働者と認められないいわゆる一人親方及び個人事業主等との関係では、被告国の上記規制権限の不行使は違法とはならず、被告国は規制権限の不行使による責任を負わない。

と述べ、労働者以外の者との関係で、規制権限の不行使により国が責任を負うことはないと判示しました。

 しかし、最高裁は、次のとおり述べて、労働者に該当しない建設作業従事者との関係でも、規制権限の不行使は違法になると判示しました。

(裁判所の判断)

「安衛法57条は、労働者に健康障害を生ずるおそれのある物で政令で定めるものの譲渡等をする者が、その容器又は包装に、名称、人体に及ぼす作用、貯蔵又は取扱い上の注意等を表示しなければならない旨を定めている。同条は、健康障害を生ずるおそれのある物についてこれらを表示することを義務付けることによって、その物を取り扱う者に健康障害が生ずることを防止しようとする趣旨のものと解されるのであって、上記の物を取り扱う者に健康障害を生ずるおそれがあることは、当該者が安衛法2条2号において定義された労働者に該当するか否かによって変わるものではない。また、安衛法57条は、これを取り扱う者に健康障害を生ずるおそれがあるという物の危険性に着目した規制であり、その物を取り扱うことにより危険にさらされる者が労働者に限られないこと等を考慮すると、所定事項の表示を義務付けることにより、その物を取り扱う者であって労働者に該当しない者も保護する趣旨のものと解するのが相当である。なお、安衛法は、その1条において、職場における労働者の安全と健康を確保すること等を目的として規定しており、安衛法の主たる目的が労働者の保護にあることは明らかであるが、同条は、快適な職場環境(平成4年法律第55号による改正前は「作業環境」)の形成を促進することをも目的に掲げているのであるから、労働者に該当しない者が、労働者と同じ場所で働き、健康障害を生ずるおそれのある物を取り扱う場合に、安衛法57条が労働者に該当しない者を当然に保護の対象外としているとは解し難い。

「また、本件掲示義務規定は、事業者が、石綿等を含む特別管理物質を取り扱う作業場において、特別管理物質の名称、人体に及ぼす作用、取扱い上の注意事項及び使用すべき保護具に係る事項を掲示しなければならない旨を定めている。この規定は、特別管理物質を取り扱う作業場が人体にとって危険なものであることに鑑み、上記の掲示を義務付けるものと解されるのであって、特別管理物質を取り扱う作業場において、人体に対する危険があることは、そこで作業する者が労働者に該当するか否かによって変わるものではない。また、本件掲示義務規定は、特別管理物質を取り扱う作業場という場所の危険性に着目した規制であり、その場所において危険にさらされる者が労働者に限られないこと等を考慮すると、特別管理物質を取り扱う作業場における掲示を義務付けることにより、その場所で作業する者であって労働者に該当しない者も保護する趣旨のものと解するのが相当である。なお、安衛法が人体に対する危険がある作業場で働く者であって労働者に該当しない者を当然に保護の対象外としているとは解し難いことは、上記と同様である。」

「そして、前記・・・のとおり、労働大臣は、昭和50年10月1日には、安衛法に基づく規制権限を行使して、石綿含有建材の表示及び石綿含有建材を取り扱う建設現場における掲示として、石綿含有建材から生ずる粉じんを吸入すると重篤な石綿関連疾患を発症する危険があること並びに石綿粉じんを発散させる作業及びその周囲における作業をする際には必ず適切な防じんマスクを着用する必要があることを示すように指導監督すべきであったというべきところ、上記の規制権限は、労働者を保護するためのみならず、労働者に該当しない建設作業従事者を保護するためにも行使されるべきものであったというべきである。

「以上によれば、昭和50年10月1日以降、労働大臣が上記の規制権限を行使しなかったことは、屋内建設現場における建設作業に従事して石綿粉じんにばく露した者のうち、安衛法2条2号において定義された労働者に該当しない者との関係においても、安衛法の趣旨、目的や、その権限の性質等に照らし、著しく合理性を欠くものであって、国家賠償法1条1項の適用上違法であるというべきである。

3.条文の趣旨毎に考えて行く必要はあるのだろうが・・・

 本件は飽くまでも労働安全衛生法57条の表示規制に関するものであって、他の条文まで当然に労働者性のない方々に適用されるわけではないだろうと思います。また、作業場において、労働者と一人親方・個人事業主が混在して働いていたことも重要なポイントになっていると思います。

 ただ、そうではあるにしても、一人親方・個人事業主を労働安全衛生法の保護範囲に含めた点は、かなり重要な判断だと思います。この判断は、フリーランスへの安全配慮義務の内容を考えて行くにあたり、相当な影響力を持ってくる可能性のある判示だと思います。一人親方・個人事業主の保護を考えるにあたり、この判例が、今後どのような影響力を持ってくるのかが注目されます。