弁護士 師子角允彬のブログ

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国立大学の大学病院職員個人をハラスメントを理由とする損害賠償請求の被告にできるか?

1.公務員の個人責任

 国家賠償法1条1項は、

「国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。」

と規定しています。

 公務員が職務に関して不法行為をした時には、この法律に基づいて、国や公共団体が損害賠償責任を負うことになります。

 国・公共団体には十分な賠償資力があるため、被害者としては、国や公共団体を訴えることができれば、損害填補の目的を達することはできます。

 しかし、ハラスメント等の被害者には、所属組織としての責任を問うことはもちろん、加害者個人の責任を問いたいという思いを持つ方も少なくありません。

 それでは、公務員個人に対して、損害賠償責任を問うことはできないのでしょうか?

 この問題に関しては、基本的には消極に解されています。

 公務員の職務に関する不法行為についていうと、公務員個人は国や公共団体から求償を受けることはあっても(国家賠償法1条2項)、被害者に対して直接賠償責任を負うことはないというのが確立した最高裁判例となっています(最三小判昭30.4.19民集9-5-534、最二小判昭53.10.20民集32-7-1367等参照)。

 ただ、国や公共団体に所属していても、民間と似たような職務に関連して不法行為が行われた場合、国家賠償法の適用の範囲外にあるとして、加害者に個人責任を問うことが認められる場合があります。

 個人責任を問うことの可否が比較的よく問題になるのは、国立大学でのハラスメント事件です。国立大学法人の職員は「国立」と銘打たれていても、国家公務員法上の公務員ではありません。行っている業務にしても、私立大学のそれと顕著な差があるわけではありません。

 こうしたことから、国立大学法人の職員は、ハラスメントの被害者に対し、個人責任を負うことがあります。例えば、以前このブログでもご紹介した、宇都宮地栃木支判平31.3.28労働判例1212-49 国立大学法人筑波大学事件では、パワーハラスメントを行った教員個人の責任が認められています。

国立大学の教員個人をハラスメントを理由とする損害賠償請求の被告にできるか? - 弁護士 師子角允彬のブログ

 しかし、国立大学法人の職員であれば、ハラスメントに対して個人責任を免れないのかというと、必ずしもそういうわけではありません。

 例えば、近時公刊された判例集に掲載されていた、大阪地判令3.2.18労働判例ジャーナル111-48 国立大学法人大阪大学事件では、大学職員の個人責任が否定されています。

2.国立大学法人大阪大学事件

 本件で被告になったのは、大阪大学医学部附属病院を設置している国立大学法人(被告法人)と、同大学病院血液腫瘍内科師長の看護師個人(被告c)です。

 原告になったのは、同大学病院で看護師として勤務していた方です。被告cからパワーハラスメントや違法な退職勧奨を受けたことにより適応障害を発症し、被告法人から退職を余儀なくされたと主張して、被告らに損害賠償を請求する訴えを起こしました。

 この事件で、原告は、

「被告法人は国賠法1条1項にいう『公共団体』に該当するものの、原告の雇用関係は民間のものと異なるところがないから、被告法人の職員らによる職務行為は『公権力の行使』には該当しない。」

と述べ、被告cは個人責任を負うと主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、被告cの個人責任を否定しました。

(裁判所の判断)

「国賠法1条1項は、国又は公共団体の公権力の行使にあたる公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を与えた場合には、国又は公共団体がその被害者に対して賠償の責めを負うこととし、公務員個人は民事上の損害賠償責任を負わないこととしたものと解される。」

「国立大学法人は、国立大学を設置することを目的として国立大学法人法の定めるところにより設立される法人であり(同法2条1項)、国立大学の設置、運営等を業務としている(同法22条1項)。」

「文部科学大臣は、国立大学法人の申出に基づいて、国立大学法人を代表してその業務を総理する学長(国立大学法人法11条1項)の任命を行うこととされている(同法12条1項)。」

「文部科学大臣は、国立大学法人が達成すべき業務運営に関する目標を中期目標として策定し(同法30条1項)、国立大学法人は、当該目標を達成するための計画を中期計画として作成して、文部科学大臣の認可を受けなければならないこととされている(同法31条1項)。」

「以上のように、国立大学法人の人事及び業務運営について、国の関与が予定されていることからすると、国立大学法人は、国賠法1条1項の「公共団体」に該当するというべきである。」

「したがって、被告法人は、国賠法1条1項の『公共団体』に該当する。

公権力の行使とは、国又は公共団体の作用のうち、純粋な私経済作用と国賠法2条によって救済される営造物の設置又は管理作用を除くすべての作用を意味するものと解される。

原告が違法であると主張する行為は、いずれも、被告法人の設置する阪大病院において、血液腫瘍内科の看護師として勤務していた原告に対する、業務上の処遇を問題とするものであるところ、仮にこれらの行為が存在する場合、これらの行為は、原告に対する指揮命令を行う被告法人の使用者たる地位又は権限、原告に対する指導監督を行う被告cの血液腫瘍内科師長たる地位又は権限に基づくものであって、純粋な私経済作用や、営造物の設置又は管理作用に該当するものではないから、国賠法1条1項にいう『公権力の行使』に該当するものというべきである。

被告cは、上記のとおり、公権力の行使にあたる者であるから、国賠法1条1項の『公務員』にあたる。

以上から、本件では、国賠法1条1項の適用があり、被告cは、原告に対し、損害賠償責任を負わない。

3.裁判例は安定していない

 国立大学法人の附属病院であったとしても、行っていることに、民間の病院、私立大学の大学附属病院と本質的な差があるとは思われません。そうした観点からは、別異の理解の仕方もありえたように思われます。

 しかし、国立大学法人大阪大学事件では、看護師である被告cの行っていた業務が純粋な私経済的作用ではないとして、個人責任が否定されました。

 過去、個人責任を追及された公務員の方の弁護を担当したことがあります。こうした事件を処理するにあたっては、国家賠償法の適用を肯定し、個人責任を否定した裁判例を引用しながら防御活動を展開して行くことになります。そのため、労働者側で事件を処理することが多い弁護士であったとしても、国家賠償法の適用範囲に関しては、消極の裁判例まできちんと抑えておく必要があります。