弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

セクハラ発言は公務ではない-セクハラをした公務員個人の責任を追及することが認められた例

1.ハラスメントを行った公務員個人の責任

 民間の場合、従業員が事業に関連して不法行為をした場合、不法行為をした従業員個人とその使用者とが連帯して損害賠償責任を負います。したがって、職場でハラスメントを受けた被害者は、加害者となった上司・同僚個人のみを訴えることもできれば、会社のみを訴えることもできますし、上司・同僚個人と会社の両方を訴えることもできます。

 他方、公務員が職務に関連して不法行為をした場合、不法行為をした公務員個人は損害賠償責任を負わず、国や公共団体だけが損害賠償責任を負います。これは公務員個人には責任が発生しないとする確立した判例法理があるからです(最三小判昭30.4.19民集9-5-534、最二小判昭53.10.20民集32-7-1367等参照)。そのため、職場でハラスメントを受けた被害者は、それが職務に関連するものである限り、上司・同僚個人の責任を訴えることはできず、国や公共団体を訴えることができるだけです。

 しかし、国や公共団体で働くハラスメントの被害者にも、加害者である公務員個人の責任を問いたいと考える方が少なくありません。そのため、個人責任を追及することの可否は、現在においても、しばしば裁判所で争われています。

 こうした状況の中、公務員の個人責任追及の可否に関し、注目すべき判断を示した裁判例が出現しました。一昨日、昨日とご紹介させて頂いている、東京高判令5.9.7労働判例ジャーナル142-52 損害賠償請求(セクハラ)事件です。この事件は、一部のセクハラ発言について、職務との関連性を否定し、公務員個人の責任を認めた点にも特徴があります。

2.損害賠償請求(セクハラ)事件

 本件で原告(控訴人)になったのは、警察庁の女性警察官です(警察庁採用)。事件当時、組織犯罪対策企画課(犯罪収益移転防止対策課)の課長補佐として犯罪収益に関する資金分析業務に従事していました。

 被告(被控訴人)になったのは、同じく犯罪収益移転防止対策室の課長補佐を務めていた男性警察官です(滋賀県警採用、警察庁出向中)。

 被告から執務室や歓送迎会の場において、卑猥な発言等のセクシュアルハラスメントを受けたことにより強い精神的苦痛を受け、通院治療等を余儀なくされているとして、原告の方が被告を相手取って損害賠償を請求する訴訟を提起しました。公務員を相手とする損害賠償請求訴訟でありながら、国ではなく個人が被告とされているところに特徴があります。

 一審(東京地判令3.10.19LLI/DB判例秘書登載)は原告の請求を棄却しました。これに対して原告側が控訴したのが本件です。

 二審は原告の請求の一部を認め、慰謝料等33万円の支払を命じました。

 本件には幾つかの争点がありましたが、その中の一つに、言動の職務関連性がありました。ハラスメントとはいえ、職務に関連している以上、加害者となった公務員個人(被告・被控訴人)に責任は発生しないのではないかという問題です。

 裁判所は、次のとおり述べて、問題となった発言の一部について、職務関連性を一部認めました。

(裁判所の判断)

「被控訴人は、前記・・・のとおり、控訴人が主張する各発言はいずれも勤務時間中にした発言であるから『職務を行うについて』されたものであると主張する。」

「しかしながら、被控訴人の職務内容は犯罪収益に関する資金分析の業務であるところ・・・、本件執務室等発言1は、執務中であるとはいえ、控訴人も含む雑談の中であえて、被控訴人自身の男性性器の大きさ、執務と関係のない風俗店におけるサービス内容や、ベビーシッターの話題に関連して『おっぱい飲んでねんねしてはいらんのや』等と発言するものであり、勤務時間中になされた発言であるとしても、いずれもその発言内容に照らし、被控訴人の職務内容と密接に関連する内容であるとは認められない。

したがって、本件執務室等発言1については、被控訴人の上記主張は採用できず、これが『職務を行うについて』(国家賠償法1条1項)されたものであると認めることはできない。

「他方、本件執務室等発言2については、執務中に被控訴人が控訴人に対し、控訴人の執務態度に関し、『ちょっと可愛くせないかんよ。』、『優しくせないかんよ。』、『あんまりキャンキャン言わん方がいい。』、『女性なんだから。』との発言をしたものであり・・・、被控訴人の性差別的な価値観を控訴人に押しつける内容の発言であって、社会通念上許容される限度を超える内容であるといえるものの、執務中に控訴人の執務態度に関してされたものであるから、職務内容と密接に関連し、職務行為に付随してされた行為といえる。したがって、本件執務室等発言2は『職務を行うについて』(国家賠償法1条1項)されたものといえるから、公務員個人である被控訴人の責任を認めることはできない。」

3.あまりに品位を欠く言葉は職務関連性を否定される

 パワハラの場合、叱責等に仮託して行われることが多く、仕事と無関係といえないことから、公務員個人の責任を問うことは必ずしも容易ではありません。しかし、セクハラの場合、職場で性的な言動をとる必要のある場合が想定し難いことから、職務関連性を否定することはパワハラの場合に比べれば容易です(本件でも一部発言は職務との関連性を認められてしまいましたが)。

 セクハラに関していえば、職場を巻き込まず、加害者である公務員個人のみを相手取って損害賠償を請求できる可能性があります。気になる方は、一度、弁護士に相談してみても良いかも知れません。もちろん、当事務所でも、相談はお受付しています。