弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

地方自治体は指定管理者に労働法令を遵守させる義務を負うか?

1.指定管理者制度

 地方自治法244条の2第3項は、

「普通地方公共団体は、公の施設の設置の目的を効果的に達成するため必要があると認めるときは、条例の定めるところにより、法人その他の団体であつて当該普通地方公共団体が指定するもの(以下・・・『指定管理者』という。)に、当該公の施設の管理を行わせることができる。」

と規定しています。

 これは、平たく言うと、

「公の施設をノウハウのある民間事業者等に管理してもらう制度」

のことです。

自治調査会 ニュース・レター vol.019 【2019年7月15日号】 | 公益財団法人 東京市町村自治調査会

https://www.tama-100.or.jp/cmsfiles/contents/0000000/857/newslettervol019-P20_21.pdf

 それでは、民間事業者に公共施設の管理を委ねた場合、地方自治体は、公共施設の管理を委ねられた民間事業者(指定管理者)に対し、労働法令を遵守して事業活動を行うよう監督すべき義務を負うのでしょうか?

 地方自治法244条の2第10項は、

「普通地方公共団体の長又は委員会は、指定管理者の管理する公の施設の管理の適正を期するため、指定管理者に対して、当該管理の業務又は経理の状況に関し報告を求め、実地について調査し、又は必要な指示をすることができる。」

と規定しており、一応、監督しようと思えば監督できる建前にはなっています。

 問題は指定管理者で働く人が、労働法令に違反するような働き方を強いられた場合、その責任を地方自治体にまで持って行けるかです。

 近時公刊された判例集に、この問題を取り扱った裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、東京地裁令5.10.11労働判例ジャーナル147-40 日比谷アメニス・東京都事件です。

2.日比谷アメニス・東京都事件

 本件で被告になったのは、

普通地方公共団体である東京都、

東京都が設置する「都立夢の島公園及び夢の島熱帯植物館」(本件施設)指定管理者である会社(被告会社)、

被告会社の取締役(被告c、被告b、被告d)

です。

 原告になったのは、被告会社と雇用契約を結んでいた方で、本件施設の一部(夢の島熱帯植物館、本件事業所)において勤務していた方です。

 原告の請求は多岐に渡りますが、東京都との関係において、労働法令を遵守させるための権限が適切に行使されなかったことを理由とする損害賠償請求がありました。

 原告の主張は、次のとおりです。

(原告の主張)

「被告東京都は、地自法等に基づき、指定管理者が管理運営する公の施設において労働法令の遵守を含めた管理の適正が図られるよう、報告・調査・指導して、適切に権限を行使する責任と必要な権限を有している。」

「仮に、被告東京都が、被告会社の就業規則等を適切に確認・調査をしていたならば、勤怠管理について確認し、不適法な制度運用等があれば速やかに適法なものとするよう被告会社に指導を行うことができた。」

「しかし、被告東京都は、故意又は過失により当該就業規則等の確認を行わず又は確認の際に不適法な規定内容を見逃した。」

「被告東京都は、その指定管理者に『その他管理の状況(様式15)』を記載させながらも、その内容の確認は行っておらず、そのため本件事故について把握できず、これを放置し、被告会社による労災補償給付に係る事務の拒否を招いた。」

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、東京都に対する請求を棄却しました。

(裁判所の判断)

「国又は公共団体の公務員による規制権限の不行使は、その権限を定めた法令の趣旨、目的や、その権限の性質等に照らし、具体的事情の下において、その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは、その不行使により被害を受けた者との関係において、国賠法1条1項の適用上違法となるものと解するのが相当である(最高裁昭和61年(オ)第1152号平成元年11月24日第二小法廷判決・民集43巻10号1169頁、最高裁平成元年(オ)第1260号同7年6月23日第二小法廷判決・民集49巻6号1600頁、最高裁平成13年(受)第1760号同16年4月27日第三小法廷判決・民集58巻4号1032頁参照)。」

「原告は、被告東京都において、本件施設の適正な管理が図られるように、被告会社の就業規則等を確認せず、また、本件事故についても適切に把握せず、労災補償給付の事務遅滞を招いた旨を主張するが、指定管理者制度は、地方公共団体が管理権限及び責任を引き続き負う管理委託制度とは異なり、公の施設の管理のみならず使用許可の権限も委ねるものであって、このような制度下においては、当該施設の管理等に要する従業員に係る労務管理は、第一次的には被告会社が行うべき事柄であり、被告東京都による指導監督は、主に当該施設の設置目的に沿った管理運営に向けて行使されるべきであって、被告東京都に監督権限が付与された趣旨目的に照らすと、原告の主張する被告会社の不備等について、その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くものと認めることはできず、直ちに国賠法1条1項にいう違法な行為に当たるものではないというべきである。

「なお、被告東京都は、その設置する施設の指定管理者に対し、労働条件・労働環境についてサンプル調査を行っており、他の地方自治体においても、労働関係法令の遵守・徹底に向けた点検・指導を行う例があるものの・・・、本件施設に関する点検・指導が行われなかったことをもって、許容限度を超えて著しく合理性を欠くものであったということはできない。

3.地方自治体の責任を問える場合もあるにはあるらしいが・・・

 裁判所の判決文を見ると、地方自治体の責任を問える場合もあるにはありそうです。ただ、責任を問える範囲は極めて限定的に理解されていて、地方自治体に損害賠償を請求できる場面は、それほど多くはなさそうです。

 公共施設の管理をしている民間事業者で働いている人の労働問題は、決して少なくありません。正面から取り扱われることの少ない論点ですが、地方自治体に責任追及する余地自体が否定されなかったことは、実務上参考になります。

※ 管理委託制度

 公の施設の管理について公共的団体等に限定して管理を委託できるとする仕組みのことをいいます。指定管理者制度の導入とともに現在では廃止されています。

千代田区ホームページ - 区立施設の指定管理者制度の概要