弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

不適切なガイドラインに従ってスズメバチに刺された労働者の損害賠償請求が認められた例

1.動物、虫による被害

 外仕事をしていると、動物や虫による被害を受けることがあります。この場合、過失を要件としない労働者災害補償保険法上の保険給付を受けることは、それほど難しくはありません。

 しかし、動物や虫による攻撃を免れるための知見は必ずしも確立されているわけではありません。また、事柄の性質上、明確に予見することも困難です。そのため、使用者に対し、過失が要件となる損害賠償請求をして行くには、それなりに高いハードルがあります。

 こうした状況のもと、近時公刊された判例集に、スズメバチに刺された労働者が使用者に対して行った損害賠償請求が認められた裁判例が掲載されていました。東京地裁令5.10.11労働判例ジャーナル147-40 日比谷アメニス・東京都事件です。

2.日比谷アメニス・東京都事件

 本件で被告になったのは、

普通地方公共団体である東京都、

東京都が設置する「都立夢の島公園及び夢の島熱帯植物館」(本件施設)指定管理者である会社(被告会社)、

被告会社の取締役(被告c、被告b、被告d)

です。

 原告になったのは、被告会社と雇用契約を結んでいた方で、本件施設の一部(夢の島熱帯植物館、本件事業所)において勤務していた方です。

 被告会社との関係でいうと、被告会社が策定した「蜂刺され対策ガイドライン」に従って作業をしていたのにスズメバチに刺されたことなどが安全配慮義務に違反するとして、損害賠償を請求しました。

 ガイドライン上の問題となった記載は、次のとおりです。

(ガイドラインの記載)

ア 巣のある場所でやむを得ず作業を行う場合は、防蜂ネットや防蜂手袋、を準備すること

イ 携行品

 毒吸引器(ポイズンリムーバー、エクストラクター等)、蜂用殺虫スプレー、保冷剤

ウ 作業箇所周辺の安全確認

(ア)ハチが飛んでいないか観察

(イ)低木作業は作業前に軽く叩いてハチが飛び出さないか(巣がないか)確認

(ウ)蜂に刺されたときの応急処置

・ハチの来ない場所まで急いで移動

・毒液を吸引(ポイズンリムーバー、エクストラクター等)

・抗ヒスタミン軟膏の塗布、抗ヒスタミン錠剤の服用(使用上の注意をよく読んで使用すること)

(エ)受診

 早めに病院へ(原則として必ず受診すること;労災保険適用あり)

 

 このガイドラインに従って作業前に付近を叩いて除草作業を始めたところ、足元の草むらから現れたスズメバチに左手親指の付け根付近を刺されたという流れです。

 原告は、

「本件事業所では、本件ガイドラインに従って、除草等する際は常に『作業前に周辺を軽く叩く』ことが指示されていたが、本件事故の現場はツル性植物が生い茂る場所で、素早く逃げられないのであるから、叩くという行為それ自体が大きな危険を伴う行動であった。少なくとも被告会社は、『叩く』ということは止めさせ、防蜂網等の保護具を着用させるなど、より安全な対策を講じるべきだった。」

などと主張し、安全対策の不備を指摘しました。

 これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、被告の安全配慮義務違反を認めました。

(裁判所の判断)

「スズメバチに刺された場合には、死亡に至る事例もあるところ、蜂刺され事故は、蜂の巣が最も発達する夏頃から秋頃まで(7月から10月)にかけて発生することが多いとされている。蜂刺され事故に遭わないためには、適切な服装、防蜂網等を着用するほか、巣に近寄らない、巣を刺激しない、巣の近くで作業しない、蜂が近づいたら危険区域から遠ざかるなどの対応が好ましいものとされている。また、蜂に刺されたときには、刺された部位を中心とする腫れ、かゆみ等の局所症状のほか、全身症状も生じることがあり、毒吸引器を使用し、患部を冷やすほか、抗ヒスタミン軟膏を塗るなどして対応することがよいとされている。」

(中略)

「使用者である被告会社は、労働者である原告が、労務提供の場所、設備もしくは器具等を使用し又は使用者の指示のもとに労務を提供する過程において、労働者の生命及び身体等を危険から保護するよう配慮すべき義務を負担するところ、上記・・・のとおりの蜂刺され事故の発生時期や蜂刺され事故防止のために好ましいとされる措置を踏まえると、被告会社は、これらに適した保護措置を講ずるべき義務を負うところ、これを怠り、本件ガイドラインにおいて、『低木作業は作業前に軽く叩いてハチが飛び出さないか(巣がないか)確認』等と蜂の巣を刺激しかねない手順を定めていたのであって・・・、原告は、本件ガイドラインに従った作業を行った際、本件事故に遭ったものということができる・・・。」

「このように、本件事故は、被告会社の上記義務違反の債務不履行又は不法行為に起因するところ、原告は、本件事故により、令和3年7月24日から同月27日まで休業を要したのであって・・・、一般に蜂刺され事故が重篤な結果を招来しかねない危険性があることのほか、治療に要した期間を踏まえると、その慰謝料は5万円と認めることが相当である。」

3.被告が安全配慮上の問題を認めていた事案ではあるが・・・

 本件の被告は、

『作業前に周辺を熊手などで叩く』ことは、蜂の巣を事前に発見する方法ではあるが、作業員を危険にさらす可能性もあり、この点について安全配慮に不十分な点があったことは認める。しかし、被告会社は、養蜂家による講習会を開催し、蜂用のスプレーの携行を実施するなど事故防止対策を定めており、故意又は過失があったとはいえない。」

という主張をしていました。つまり、叩くことの危険性や、叩くようにとの指示の不適切さは争っていません。

 こうした事案であることは割り引いて考える必要はあるにせよ、ガイドラインが定められていなかったことではなく、ガイドラインの内容自体が不適切であったことを理由に損害賠償請求が認められたのは、珍しい判断だと思います。

 ガイドラインがあり、その内容に従っていたとなると、不可抗力であるかのような先入観を抱きがちです。しかし、本件のように、ガイドラインの記載自体、不適切であったというケースもないわけではありません。

 動物や虫の習性には私もそれほど詳しいわけではなく、先入観を持って事案を検討してはならないことを改めて自覚させられました。