1.内々の相談
会社に勤めて一定の年次になると、部下や後輩から相談を持ち掛けられるようになります。この時、誰にも言わないでくれと頼まれて相談を受けたり、逆に、誰にも言わないと約束したうえで情報を得たりすることは、少なくないのではないかと思います。
それでは、このようにして得た情報を第三者に漏らしてしまった場合、上司が部下から責任を追及されることはあるのでしょうか?
この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令3.3.23労働判例1244-15 ソニー生命保険ほか事件です。
2.ソニー生命保険ほか事件
本件で被告になったのは、
生命保険業等を目的とする株式会社(被告会社)
被告会社に雇用されている原告の同僚(被告Y1)
原告が勤務していた被告会社の東京中央ライフプランナーセンター第3支社(旧第3支社)の支社長(被告Y2)
の三名です。
原告になったのは、第3支社でライフプランナーとして働いていた方です。
平成28年夏から秋頃、原告は、職場のDライフプランナーの個人秘書であるF氏(F秘書)がテレアポの際に社内規定に反して顧客に対する保険商品の説明等をしていることを発見しました(本件テレアポ問題)。
原告はこれを旧第3支社長であった被告Y2に本件テレアポ問題が発生していることを伝え、適切な対応を求めました。
これを受けた被告Y2は、その後、三回に渡って、原告との面談を重ねました。
その中で、被告Y2は、「このことはまだ一切誰にも言いません。」と発言していました。しかし、被告Y2は、Dライフプランナーに対し、「原告からF秘書の話法を録音していると聞かされているけど、問題はないですか。」などと述べ、本件テレアポ問題に関して、事実関係の確認を行いました(ただし、原告が被告Y2との面談で「F秘書の話法を録音している」と述べた事実はありませんでした)。
その後、職場の同僚から嫌がらせを受けるようになった原告は、
「原告が、本件面談の際、被告Y2に対し、本件テレアポ問題に関して、F秘書のテレアポの様子を録音したなどと述べたことはなかったにもかかわらず、被告Y2は、平成29年3月上旬頃から同月21日までの間、Dライフプランナーや被告Y1に対して、原告からの本件相談事項を明らかにした上で、原告がF秘書のテレアポの様子を録音し、それを所持しているなどと誤った情報(以下、被告Y2が伝達したかかる情報を「本件情報」という。)を伝達した。」
「被告Y2の上記行為は、原告に関する虚偽の情報を流布するものであり、また、本件面談が内部通報に該当することにも照らせば、通報者である原告の氏名等を職場内に漏えいさせるものであって、公益通報者保護法に関する民間事業者向けガイドラインにも反するものであるから、原告の名誉を毀損し、又は秘密保持義務に違反するものであって、被告Y2は、原告に対して、不法行為責任を負う。」
「本件相談事項が内部通報に該当しないものであっても、被告Y2は、本件面談の際、原告に対し、『このことはまだ一切誰にも言いません。』などと言ったのであって、かかる内容を開示するにあたっては、原告の同意を得る必要があり、また、その内容に照らしても、Dライフプランナーらに伝達することは、同人らをして、原告に対する報復等を引き起こす可能性があったのであるから、これらの可能性を予見すべき義務があった。にもかかわらず、被告Y2は、原告から同意を得ることなく、Dライフプランナーらに、本件情報を伝達したのであって、被告Y2の行為は、安全配慮義務(情報秘匿義務)に違反するものである。」
などと主張し、被告Y2に損害賠償を請求しました。
これに対し、裁判所は、次のとおり判示し、被告Y2の責任を認めました。
(裁判所の判断)
「本件情報の伝達は、原告がF秘書の話法を録音していることを前提とするものであり、その内容に照らしても、原告が、F秘書の承諾を得ずに、その話法を録音したことを意味するものである。そして、原告がF秘書の話法を無断で録音するというのは、F秘書のプライバシー等を侵害するおそれがあるものであるから、F秘書の話法の違法性の有無に関わらず、原告の名誉を低下させるものというべきであって、被告Y2が、原告に対し、平成29年3月9日の本件面談の際に、『このことは、一切誰にも言いません。』・・・と述べていること等にも照らすと、かかる点について、Dライフプランナーや被告Y1らに対して、虚偽の本件情報を伝達したことは、被告Y2をして、少なくとも過失があったと評価せざるを得ず、不法行為に該当するものと評価するのが相当である・・・。」
「この点に関し、被告Y2は、①被告Y2は、本件面談の際に、原告からテレアポの録音をしていると聞いたとの認識であり、被告Y2に過失はなく、不法行為責任は成立しない、②被告Y2は、原告に対し、Dライフプランナーらに対して、本件相談事項等を伝えない旨の約束をしたことはないなどと主張する。まず、①に関しては、本件面談のやりとりについては、上記反訳書のとおりであって、その内容を踏まえると、被告Y2がそのような認識を有するにつき、相当な理由があったとの事情はうかがえず、被告提出の陳述書等を踏まえても、上記判断を覆すに足りない。次に、②に関しては、確かに、被告Y2が、このことは一切誰にも言いませんと述べたことが、何を対象としているのかは、一義的に明らかとまでは言い難いものの、少なくとも、同被告Y2の発言を聞いた原告をして、本件相談事項については、慎重な取扱いがされるとの期待を抱くことについては相応の理由がある。また、被告Y2が、Dライフプランナーらに対して、本件テレアポ問題の有無を確認するにあたって、その根拠となる本件情報を伝えるかどうかは、その内容がF秘書のプライバシー等にもかかわる問題であり、原告が盗聴、秘密録音をしたことを意味することにも鑑みると、本件情報の真偽の確認も含めて、慎重な判断が必要であったというべきであり、本件情報について、虚偽の内容を伝達したことは、過失による不法行為に該当すると評価せざるを得ず、この点に関する被告Y2の主張は採用することはできない。」
3.真実に反する名誉毀損的言動だからか、約束を破ったからか?
被告Y2に不法行為責任を認めた理由が、
真実に反する名誉棄損的言動をしたことによるのか、
「このことは、一切誰にも言いません。」との約束を反故にしたことにあるのか、
その両方が組み合わさっていることにあるのか、
いずれであるのかは判決文からは判然としません。
しかし、不法行為責任が認められるのか否かの判断にあたり、約束を反故にしたことが重要な考慮要素となっていることは確かだと思います。
他言しないという部下との約束があったとしても、会社の問題を解決するためであれば情報の活用に躊躇すべきではないという判断も一つの見解だとは思われますが、法的責任という観点からすると、やはり仁義を欠くような情報の取扱いはしない方がよさそうです。