弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

早出残業の立証に備えるには

1.早出残業の認定は厳しい

 始業時刻前に出勤して働くことを「早出残業」といいます。このブログでも何度か触れてきましたが、早出残業を労働時間としてカウントしてもらうことは、必ずしも容易ではありません。

 例えば、タイムカードで労働時間が記録されている場合、終業時刻は基本的にはタイムカードの打刻時間によって認定されます。しかし、始業時刻の場合、所定の始業時刻前にタイムカードが打刻されていた場合であっても、打刻時刻から労働時間のカウントを開始してもらうためには、「使用者から明示的には労務の提供を義務付けていない始業時刻前の時間が、使用者から義務付けられまたはこれを余儀なくされ、使用者の指揮命令下にある労働時間に該当することについての具体的な主張・立証が必要」で、「そのような事情が存しないときは、所定の始業時刻をもって労務提供開始時間とするのが相当である。」と理解されています(白石哲編著『労働関係訴訟の実務』〔商事法務、第2版、平30〕68頁参照)。

 近時公刊された判例集にも、早出残業の立証のハードルを越えられなかった事案が掲載されていました。昨日もご紹介した、静岡地沼津支判令2.2.25労働判例1244-94 山崎工業事件です。

2.山崎工業事件

 本件で被告になったのは、金属熱処理及び鋳物製造並びにその加工などを目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告と雇用契約を締結し、被告の運営する鋳物工場で鋳物仕上げなどの業務に従事する工員として就労していた方です。同僚を危険に晒す行為に及んだことを理由に解雇されたことを受け、その効力を争って地位確認等を求めるとともに、未払時間外勤務手当の支払いを請求する訴訟を提起しました。

 ここで未払時間外勤務手当を請求する理由になったのが早出残業です。

 原告はタイムカードの打刻時間を根拠として、早出残業(概ね、午前5時30分頃から始業時刻である午前8時00分までの労働)についての時間外勤務手当の支払いを求めました。

 これに対し、被告は、

「そもそも、被告は、原告に毎日早出残業させるほどの業務を請け負っておらず、早出残業の必要はなかった。むしろ、原告は、朝の通勤時間帯の渋滞を回避するために早く自宅を出て、始業時刻までカメラを触ったり、釣竿を触ったり、プラモデルを作成したりという自らの趣味のための時間を過ごしていたものである。」

などと主張し、早出残業の労働時間性を争いました。

 裁判所は、次のとおり判示し、早出残業の労働時間性を否定しました。

(裁判所の判断)

「労働基準法上の労働時間に該当するか否かは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであり、使用者の指揮命令下にあるか否かについては、労働者が使用者の明示又は黙示の指示によりその業務に従事しているといえるかどうかによって判断されるべきである。そして、終業時刻後のいわゆる居残残業と異なり、始業時刻前のいわゆる早出残業については、通勤時の交通事情等から遅刻しないように早めに出社する場合や、生活パターン等から早く起床し、自宅ではやることがないために早く出社する場合などの労働者側の事情により、特に業務上の必要性がないにもかかわらず早出出勤することも一般的にまま見られるところであることから、早出出勤については、業務上の必要性があったのかについて具体的に検討されるべきである。

「そこで検討すると、被告の始業時刻は午前8時であるところ・・・、原告はそれより約2時間半も早い午前5時30分前後に出社していた旨主張するが、そもそも、被告は、時間外労働は、やむを得ない場合に限り、課長又は班長から指示した者に行わせるという社内ルールを設け、かかる指示によって時間外労働を行ったことは、鏨日報に作業内容や作業時間を記入することで管理することとしていたこと・・・、午前7時30分より前の工場内の点灯を原則禁止していたこと・・・などが認められ、これらの事実に照らせば、原告が始業時刻より約2時間半も早く出社する必要性があったとは認められない。」

「原告は、早出残業として① 用具の修理、② 鋳造工場内の壁の塗装、③ 工具棚の製作、④ タッチアンドコールに関する書類の作成、⑤ ラジオ体操、⑥ 朝礼への出席という業務に従事し、これらの業務の合間に、⑦ 他の従業員や取引業者からの連絡にも対応していた旨主張し、これに沿う陳述・・・ないし供述・・・をするが、原告自身、被告からこれらの業務を早出残業して行うよう指示されてはいない旨自認する供述・・・をしているほか、被告代表者や原告の同僚であったCが、原告は、朝の通勤時間帯の渋滞を回避するために早く自宅を出て、始業時刻までカメラを触ったり、釣竿を触ったり、プラモデルを作成したりしていたこと、① 用具の修理、② 鋳造工場内の壁の塗装、③ 工具棚の製作及び④ タッチアンドコールに関する書類の作成は、いずれも所定労働時間内に行っていたこと、⑤ ラジオ体操及び⑥ 朝礼には出席していなかったことなどを陳述・・・ないし供述・・・していることを併せ考えれば、原告が、被告の指示又は業務上の必要性から、始業時刻である午前8時より前に出社し、労務を提供していたとは認められない(なお、原告の元同僚らが、原告が始業時刻より前に出社し、用具の修理、壁の塗装、工具棚の製作を行っていた旨述べる録音データ・・・が存在するものの、これらは当法廷における反対尋問を経たものでなく、直ちに信用できるものではない上に、原告や元同僚らの供述する作業内容や作業時間を前提としても、これらの作業を毎日午前5時30分前後から出社して行うべき必要性があったとは到底認められない。その他、これらの作業が、いつあるいはどのくらいの頻度で、どの程度の時間を要するものかを認めるに足りる的確な証拠は認められないから、この点についての労務の提供の立証があるともいえない。)。」

「なお、被告は、午前7時50分からの⑤ ラジオ体操及び午前7時55分からの⑥ 朝礼については、従業員に参加を推奨していたことが認められるが・・・、原告代表者やCが、原告がラジオ体操や朝礼に参加していなかった旨の陳述ないし供述をしていることは既に述べたとおりである上に、原告自身、これらに出席しなかったことがある旨自認する供述・・・ことにも照らせば、当該時間は、これを被告の指揮命令下に置かれた労務の提供時間であると評価することはできない。仮にこれを労務の提供時間であると評価し得るとしても、原告が、いつあるいはどのくらいの頻度でラジオ体操や朝礼に出席していたかを認めるに足りる的確な証拠はないから、この点において労務の提供の立証があるとはいえない。」

「さらに、被告が、被告の指示により原告を早出出勤させたときには残業代を支払っており、その金額が合計49万7618円に及んでいること(当事者間に争いがない)、被告においては、給与額の確定前に、従業員が被告の算定した残業時間を確認し、誤りがあれば、その修正を申し入れることができるにもかかわらず、原告はその修正を申し入れていないこと・・・、被告は、原告から相談を受けた労働基準監督署から調査を受けたものの、原告の早出出勤分の残業代を支払うよう指導を受けてはいないこと・・・なども併せ考えれば、原告が残業代を請求している早出出勤については、労働時間に該当すると認めるに足りる証拠はないものといわざるを得ず、原告の請求は認められない。」

3.特段、注意・指導された形跡もなさそうであるが・・・

 判決では原告が早出残業をしないように注意・指導されていたことは特に指摘されていません。また、原告が働いていたことを裏付ける証拠として、元同僚らの供述の録音データがあったようです。

 これだけの事実や証拠が揃っていれば、感覚的には早出残業に労働時間性が認められても、それほどおかしくはなさそうに思われます。

 しかし、裁判所は、早出残業の労働時間性を否定しました。

 やはり、早出残業の認定は厳しく、これを理由に時間外勤務手当を請求するためには、早出をする必要性や、早出して具体的に何をしていたのかの記録化などが必要になりそうです。

 本件は、早出残業の立証のハードルの高さを知るうえでも、参考になります。