弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

服務規律違反を理由とする普通解雇と弁明の機会付与

1.弁明の機会付与の位置付け

 懲戒解雇は、企業秩序の違反に対して使用者によって課せられる一種の制裁罰として、使用者が有する懲戒権の発動によりり行われるものであり、普通解雇とは有効要件が異なっています(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働菅家訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕387頁参照)。

 懲戒過去にあたっては、弁明の機会付与に一定の意味が与えられることが少なくありません。「就業規則や労働協約上、懲戒過去に先立ち、・・・労働者の弁明の機会付与が要求されているときは、これを欠く懲戒解雇を無効とする裁判例が多い」とされていますし、「就業規則等において労働者に対する弁明の機会を付与することが要求されていない場合にも、労働者に対する弁明の機会を与えることが要請され、この手続を欠く場合には、ささいな手続上の瑕疵があるにすぎないとされる場合を除き、懲戒権の濫用となるとする見解もあり・・・、同旨の裁判例も存在」します(前掲『労働関係訴訟の実務Ⅱ』391頁参照)。

 これに対し、普通解雇の場面では、弁明の機会付与を解雇の有効要件・考慮要素として明示的に位置付けている見解は、あまり目にすることがありません。

 例えば、前掲『労働関係訴訟の実務Ⅱ』396頁は、規律違反行為を理由とする普通解雇の有効性について「その態様、程度や回数、改善の余地の有無等から、労働契約の継続が困難な状態となっているかにより、解雇の有効性を判断することになる。」「暴行等については、企業秩序や使用者に与える損害が明白であるため、1回限りの行為であっても、その重大性によっては、教育・指導による改善の機会を与える余地なく、解雇有効とされる場合がある。」と記述しています。ここには弁明の機会付与が考慮要素になることについて、明示的な言及はありません。

 しかし、規律違反行為を理由とする普通解雇は、社会的な現象として懲戒解雇と類似した構造を持っています。法的性質が異なるからといって、弁明の機会を付与することなく、普通解雇権を行使することは許されるのでしょうか? 普通解雇であるとしても、殊、規律違反行為を理由とする場合には、弁明の機会付与を行うことが必要にならないのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。静岡地沼津支判令2.2.25労働判例1244-94 山崎工業事件です。

2.山崎工業事件

 本件で被告になったのは、金属熱処理及び鋳物製造並びにその加工などを目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告と雇用契約を締結し、被告の運営する鋳物工場で鋳物仕上げなどの業務に従事する工員として就労していた方です。

 平成28年8月31日に次のような事故が発生しました。

「被告の従業員であったB(以下、単に『B』という。)が、平成28年8月31日、被告の運営する鋳造工場において、ウォールコラム(横幅約50センチメートル、高さ約1メートルの製品)の上に乗り、しゃがんだ姿勢で高周波グラインダー(ドイツ・ボッシュ社製の重さ約4.2キログラムのグラインダーであり、その形状は別添写真のとおりである。以下『本件グラインダー』という。)を用いて研削作業をしていたところ、本件グラインダーの砥石が回転中であったにもかかわらず、原告が、Bの右横から近づき、その身体に接触したため、Bが、驚いて本件グラインダーを落としてしまう事故(以下『本件事故②』という。)が発生した。」

 この事故について、被告会社は、

「本件事故②は、原告が、本件グラインダーでウォールコラムのイヌキ穴を研削する作業をしていたBをその右横から両手で押し、Bが、不意のことに驚いて本件グラインダーから手を離し、しりもちをつき、本件グラインダーが、その砥石が高速で回転したままイヌキ穴の中に落ちたというものであったと認定した。Bは、ウォールコラム(横幅約50センチメートル、高さ約1メートルの製品)の上で作業をしており、何らかの力を加えれば容易にバランスを崩してしまう状況であったところ、本件グラインダーが、そのパワーや大きさから、地面に落としても回転が止まらず、かえって、地面や製品に衝突して跳ね返って暴れ回る性質のものであったことを考えると、Bがバランスを崩してしまった場合には、死に直結する事故となる可能性が相当高い状況であった。」

「被告は、本件グラインダーによる事故を生じないよう普段から点検、指導を徹底していたが、それにもかかわらず、原告は、故意に本件事故②を生じさせた。仮に故意ではないとしても、本件事故②のような死に直結する事故を過失、あるいは無意識で生じさせてしまう原告の危機意識の低さは、被告において就労する適格を著しく欠くものといわざるを得ない。」

との認識のもと、原告を普通解雇しました。

 これに対し、原告は、

「本件解雇は、原告に事情聴取や弁明の機会を付与していないから、無効である。」

「この事情聴取や弁明の機会の付与とは、解雇事由に関する事項に関し、疑問点等につき釈明させる機会を与えることを意味する。したがって、使用者は、釈明可能な事項につき、釈明のために必要な資料や疑問の根拠を説明し、必要のあるときはその資料を開示し、あるいは釈明のための調査する時間を与えるべきである。また、解雇事由が職務に関する不正、特に犯罪事実に係るときは、その嫌疑をかけられているというだけで、心理的に動揺し、また解雇のおそれを感じることから、心理的圧迫を与える場所や言動をしない配慮が必要である。」

「しかしながら、被告は、平成28年9月13日及び同年10月7日の2回にわたり、原告のヒアリングを実施したものの、いずれも原告に被告の認定した事実を認めさせようとするやり取りに終始し、原告に事情聴取や弁明の機会を付与したと評価し得るものではなかった。」

などと主張し、弁明の機会が付与されていないことを問題視しました。

 裁判所は結論として本件普通解雇を有効だと判断しましたが、弁明の機会付与について、次のように判示しました。

(裁判所の判断)

「原告は、被告から事情聴取や弁明の機会を与えられなかった旨主張するところ、被解雇者に対する事情聴取や弁明の機会の付与は、普通解雇の手続的要件とはされていないものの、これが被解雇者に与える重大な影響を踏まえて、解雇の社会的相当性の判断の一要素として考慮することはあり得ると解される。もっとも、被告が原告、B及びCに対して複数回のヒアリングを実施したことは既に認定、判断したとおりであって・・・、その他、本件全証拠を精査しても、その態様が原告主張のような原告に被告の認定した事実を認めさせるようなやり取りに終始するものであったことを裏付ける的確な証拠もないことも照らせば、原告の主張を採用することはできない。」

3.普通解雇の場合でも弁明の機会付与が考慮要素になることはあり得る

 本件は解雇有効の事案ではありますが、裁判所が弁明の機会付与を解雇の社会的相当性の判断の一要素になる可能性を認めている点は、重要な指摘だと思います。

 服務規律違反を理由とする普通解雇の局面において、被解雇者の言い分を聴取しないまま、かなり雑な事実認定が行われているケースは少なくありません。そうした事案で、使用者の事実認定自体を争うとともに、弁明の機会付与の欠缺を指摘することができれば、より主張に厚味を持たせることができるのではないかと思います。そうした主張を展開するにあたり、本裁判例は先例として活用できる可能性があるように思われます。