弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

供述による労働時間(休憩時間)立証が認められた例

1.時間外勤務手当等(残業代)請求における労働時間の立証

 使用者にはタイムカードによる記録等の客観的方法で労働時間を管理する義務があります(労働安全衛生法66条の8の3、労働安全衛生規則52条の7の3 ほか

労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン |厚生労働省 等参照)。

 この義務が懈怠されている場合、手書きのメモ等による立証がみとめられるなど、労働者側の労働時間立証の負担が緩和されることがあります。

手書きのメモによる労働時間立証が認められた例 - 弁護士 師子角允彬のブログ

法を無視する会社には、手帳の●印で残業代を請求できることもある - 弁護士 師子角允彬のブログ

 このように、労働者側の立証のハードルを、使用者側の背信性や法無視の姿勢との相関関係のもとで把握する裁判例は少なくありません。

 それでは、使用者側の背信性が顕著である場合、どこまで労働時間立証のハードルは緩和され得るのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。昨日もご紹介した、長崎地判令2.3.26労働判例1241-16 ダイレックス事件です。

2.ダイレックス事件

 本件は、いわゆる残業代請求事件です。

 被告になったのは、日用雑貨、化粧雑貨などの販売を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告の従業員であった方です。

 本件では、変形労働時間制の効力のほか、始業時刻、終業時刻、休憩時間の認定も争点になりました。争点になったのは、被告が労働時間管理システムに記載された時間に作為を加えていたからです。

 被告では労働時間管理のため、「Aシステム」というシステムが用いられていました。これは、社員らが自分のIDでログインして労働時間管理のページに入り、「出社」「退社」「休憩開始」「休憩終了」のボタンを打刻することで労働時間管理を行うシステムでした。

 ただ、このシステムは、各従業員が打刻した勤務時間を、店長が後に修正することができました。原告は、始業時刻、終業時刻の一部が、稼働計画表に合わせて店長によって事後的に修正されていることを指摘し、修正がなされている場合、始終業時刻の認定をAシステムの打刻時刻とは異なる時刻で認定するべきであると主張しました。

 また、休憩時間について、

「原告の休憩は、休憩室とは別にある店舗外の喫煙場所で、1日5から10分程度、たばこをすったり、飲み物をとったりする程度のもので、1日の勤務で3、4回、合計15分から20分程度の休憩をとっていた。」

と主張しました。

 これに対し、被告は、

「Aシステム上の打刻データと異なる労働がなされることなどあり得ない。」

と主張しました。

 裁判所は、被告の店長がAシステム上の打刻を修正することがあった事実を認定したうえ、休憩時間を次のとおり認定しました。

(裁判所の判断)

「原告は、1回5から10分程度、1日3、4回で、合計15分から20分程度の休憩をとっていた旨を主張し、同趣旨の供述等・・・をする。」

「原告につき、実労働日数の50%を超える日で、休憩の終了時刻と退社時刻がほぼ同じで記録されており・・・、稼働計画表どおりに休憩をとれていないことが常態化していたといえる。その上、休憩時刻についても修正が施されるなどしていることからすれば・・・、休憩時間の認定にはAシステムの記録は意味をなさないといわざるを得ない。そうすると、原告としては、上記のとおりの供述等によって立証するほかなく、被告がこれを明確に覆すに足りる反証をなさない限り、上記供述等の信用性を認めるのが相当である。そこで、被告による反証を見ると、せいぜいEにおいて、原告の休憩時間を合計すると稼働計画表のそれを超えるなどと証言等するにとどまり・・・、明確な反証ができているとはいえない。」

「したがって、原告の上記供述等は信用できるのであって、別紙9裁判所時間シートのとおり、1日あたりの休憩時間は20分であると認められる。」

3.客観証拠に作為が加えられていたなどの極端な事案ではメモすら不要とされた例

 上述のとおり、裁判所は、被告の作為を指摘したうえ、原告の供述に基づいて休憩時間を認定しました。供述というのは、要するに「しゃべっているだけ」という意味です。労働時間を認定する重要な証拠に作為を加えたことへの裁判所の強い拒否反応が反映された認定だと思われます。

 使用者側の背信性が顕著な場合の労働時間立証の在り方を示すものとして、同種事案の参考になります。