弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

自動車運転手の駐停車時間の労働時間性(自宅にいても労働時間性が認められた事案)

1.自動車運転手の駐停車時間の労働時間性

 使用者の指示があれば直ちに作業に従事しなければならない状態にある時間を一般に「手待ち時間」といいます。自動車運転手の駐停車時間は、手待ち時間の典型であるとされています。

 手待ち時間は、現象的に何もしていないように見えても、行政解釈上、出勤を命じられ、一定の場所に拘束されている以上、労働時間であるとされています(昭33.10.11基収6286号 佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅰ』〔青林書院、改訂版、令3〕152頁参照)。

 しかし、現象的に何もしていないように見えるためか、自動車運転手の駐停車時間の労働時間性が争われることは、実務上、決して少なくありません。特に、駐停車時間中、自動車を離れていた場合には、その傾向が顕著であるように思われます。近時公刊された判例集に掲載されていた、東京地判令2.11.6労働判例1259-73 ラッキーほか事件も、そうした事案の一つです。

2.ラッキーほか事件

 本件で被告になったのは、

不動産売買及び仲介等を目的とする株式会社(被告会社)

被告会社の代表取締役(被告Y1)、

被告会社において「会長」と称されている者(被告Y2)、

の三名です。

 原告になったのは、被告から雇用され、被告Y3の専属運転手として働いていた方です。被告会社を退職後、割増賃金(いわゆる残業代)や損害賠償を請求する訴えを提起したのが本件です。

 本件で問題になった原告の働き方は、次のとおりだと認定されています。

「原告は、被告会社が用意した世田谷区内のマンション(原告宅)に寝泊まりし、朝、原告宅の近くにある本件車両用の駐車場(以下『本件駐車場』という。)等に向かい、本件車両に乗って、同じく世田谷区内のY2宅に被告Y2が指定した時刻までに被告Y2を迎えに行った。」

「原告は、被告Y2を乗せた後、銀行等の被告Y2の指示する場所への送迎を行い、あるいは、直接に、世田谷区内の被告会社の事務所(以下『被告事務所』という。)に被告Y2を送り届け、その後、本件駐車場に戻って本件車両を駐車し、適宜本件車両の清掃をするなどした上で、原告宅に戻って待機した。

「原告は、その後、被告Y2の指示に基づいて、被告事務所に被告Y2を迎えに行き、被告Y2の指示する各場所に被告Y2を送迎した。原告は、その間、被告Y2から迎えの指示があればすぐに迎えに行けるように、本件車両を駐車場に止めることなく路上に駐停車し、本件車両内で待機していた。

「原告は、被告Y2の用事が済むと、被告Y2をY2宅に送り届け、給油をした後、本件駐車場等に本件車両を止めた。」

 このような働き方を前提に、被告らは、原告が本件車両の内外で待機していた時間は労働時間にはあたらないと主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、車両外待機時間のうち1時間のみ労働時間には当たらないと判断し、残りの時間は労働時間に該当すると判示しました。

(裁判所の判断)

「被告らは、原告が本件車両の内外で待機していた時間は労働時間に当たらない、また、待機時間が2時間以上の場合やそれに満たなくとも送迎時刻の指示がある場合は労働時間に含めるべきではない旨主張するので検討する。」

「まず、原告が本件車両内で待機していた場合については、被告Y2から各送迎先での迎えの時刻について指示されることはほとんどなく、また、その指示があったとしても、指示の内容が前倒しに変更されることもそれなりにあり・・・、原告としてはいつ被告Y2から迎えの指示がされるか明らかではないことが常態化したといえる。そして、原告は、このような被告Y2の指示に対応するために、本件車両を駐車場に駐車することなく、路上等に駐停車して本件車両内で待機せざるを得なかった・・・。このような状況であったことからすれば、原告が本件車両内で待機していた場合については、待機時間の長短にかかわらず、また、被告Y2から迎えの時刻について指示があったときも含めて、原告について待機時間の自由な利用が保障されていたとはいい難く、原告は被告会社の指揮命令下にあったというべきである。」

「よって、原告が本件車両内で待機していた時間については全て労働時間に当たるといえる。

「次に、原告が本件車両外で待機していた場合については、原告は、被告Y2を被告事務所に送った後、本件駐車場に本件車両を駐車し、その後は、被告事務所に被告Y2を迎えに行くまでは、本件居宅等で待機するなどしていたところ・・・、被告Y2から事前又は待機開始後速やかに迎えの時刻について指示があり、その時刻に被告Y2を迎えに行けば足りることが多かったといえる・・・。もっとも、事前又は待機開始後速やかに同指示がないことも相当程度あったほか、同指示があったとしても、指示の内容が前倒しに変更されることもそれなりにあり、いつ被告Y2から迎え時刻についての指示がされるか明らかではないことも一定程度あったといえる・・・。

そうすると、原告が本件車両外で待機していた時間については、その一部について、待機時間の自由な利用が保障され、被告会社の指揮命令下から離れていたというべきであり、原告が本件車両外で待機していた時間の長さ・・・も勘案すると、各稼働日ごとに1時間は労働時間に当たらない時間があったと認めるのが相当である。

3.自宅にいても労働時間

 車両内で待機していた時間が労働事案に該当することは想定の範囲内のこととはいえ、本件は自宅に戻っていた時間も1時間を除き全て労働時間としてカウントした点に特徴があります。これによって、労働時間は、かなり伸びたのではないかと推測されます。

 自動車運転手で手待ち時間の労働時間性の認識に齟齬がある場合、労働時間性に関する主張が認められることにより、残業代の跳ね上がるケースが少なくありません。本件でも900万円弱の割増賃金と同額程度の付加金の請求が認められています。

 自動車運転手の手待ち時間は、冒頭で掲げた通達もある関係で、比較的勝ち易い論点の一つです。今回、自宅待機中の労働時間性を認めた東京地裁労働部の裁判例が出現したことで、その傾向は更に強まったのではないかと思われます。

 残業代請求との関係で、お困りの方がおられましたら、ぜひ、お気軽にご相談ください。