弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

上司には同僚の問題行動を報告してきた部下を報復から守る責任があるか?

1.問題行動の報告と報復

 上司として部下を持つと、部下から同僚の問題行動について報告を受けることがあると思います。このように同僚の問題行動を報告してくる部下は、部下達の間で冷たい目で見られがちです。それは、時として、いじめや嫌がらせに発展することもあります。

 それでは、秘密を条件に報告を受けたにもかかわらず、うっかり報告者の名前を第三者に漏らしてしまうなどして、報告者がハラスメントのターゲットになってしまった場合、上司には、自分でやったわけではないハラスメントによる損害も含め、その損害を賠償する責任が生じるのでしょうか?

 昨日ご紹介した、東京地判令3.3.23労働判例1244-15 ソニー生命保険ほか事件は、この問題についても、有益な示唆を含んでいます。

2.ソニー生命保険ほか事件

 本件で被告になったのは、

生命保険業等を目的とする株式会社(被告会社)

被告会社に雇用されている原告の同僚(被告Y1)

原告が勤務していた被告会社の東京中央ライフプランナーセンター第3支社(旧第3支社)の支社長(被告Y2)

の三名です。

 原告になったのは、第3支社でライフプランナーとして働いていた方です。

 平成28年夏から秋頃、原告は、職場のDライフプランナーの個人秘書であるF氏(F秘書)がテレアポの際に社内規定に反して顧客に対する保険商品の説明等をしていることを発見しました(本件テレアポ問題)。

 原告はこれを旧第3支社長であった被告Y2に本件テレアポ問題が発生していることを伝え、適切な対応を求めました。

 これを受けた被告Y2は、その後、三回に渡って、原告との面談を重ねました。

 その中で、被告Y2は、「このことはまだ一切誰にも言いません。」と発言していました。しかし、被告Y2は、Dライフプランナーに対し、「原告からF秘書の話法を録音していると聞かされているけど、問題はないですか。」などと述べ、本件テレアポ問題に関して、事実関係の確認を行いました(ただし、原告が被告Y2との面談で「F秘書の話法を録音している」と述べた事実はありませんでした)。

 その後、被告Y1の秘書が原告の秘書に対し、原告が秘密録音をしているのかを問い合わせ、原告は被告Y1から嫌がらせを受けるようになりました。

 具体的にいうと、被告Y1は、

原告と被告Y1とのブースの境界の書棚の上に、

盗聴、秘密録音をしているかのような画のフラッグを立てる(フラッグ1)、

いじめをしている図に✕をつけた画、お上に直訴をしている図のフラッグを立てる(フラッグ2)、

聞き耳を立てている図のフラッグを立てる(フラッグ3)

などの行為に及びました。

 また、被告Y1は、自分のブースの入口等に、異動を断った原告を揶揄するかのように、

「うごきたくない。いどうやだもん。」

と赤ん坊が泣いている図の書かれたプレートを掲示したりもしました(本件各掲示行為)。

 こうした行為を受け、原告は、ハラスメントの主体である被告Y1を訴えるとともに、被告Y2に対しても、

「本件面談の際、被告Y2に対し、本件テレアポ問題に関して、F秘書のテレアポの様子を録音したなどと述べたことはなかったにもかかわらず、被告Y2は、平成29年3月上旬頃から同月21日までの間、Dライフプランナーや被告Y1に対して、原告からの本件相談事項を明らかにした上で、原告がF秘書のテレアポの様子を録音し、それを所持しているなどと誤った情報(以下、被告Y2が伝達したかかる情報を「本件情報」という。)を伝達した。」

「被告Y2の上記行為は、原告に関する虚偽の情報を流布するものであり、また、本件面談が内部通報に該当することにも照らせば、通報者である原告の氏名等を職場内に漏えいさせるものであって、公益通報者保護法に関する民間事業者向けガイドラインにも反するものであるから、原告の名誉を毀損し、又は秘密保持義務に違反するものであって、被告Y2は、原告に対して、不法行為責任を負う。」

「本件相談事項が内部通報に該当しないものであっても、被告Y2は、本件面談の際、原告に対し、『このことはまだ一切誰にも言いません。』などと言ったのであって、かかる内容を開示するにあたっては、原告の同意を得る必要があり、また、その内容に照らしても、Dライフプランナーらに伝達することは、同人らをして、原告に対する報復等を引き起こす可能性があったのであるから、これらの可能性を予見すべき義務があった。にもかかわらず、被告Y2は、原告から同意を得ることなく、Dライフプランナーらに、本件情報を伝達したのであって、被告Y2の行為は、安全配慮義務(情報秘匿義務)に違反するものである。

などと主張し、損害賠償を請求しました。

 ここでポイントになっているのは、原告が加害行為を、被告Y1と被告Y2の共同不法行為だと構成したことです。言い換えると、原告は、被告Y2に対しても、本件各掲示行為によって受けた精神的苦痛の賠償を求めました。

 これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、共同不法行為の成立を認め、被告Y2に本件各掲示行為によって生じた損害まで賠償する責任を認めました。

(裁判所の判断)

「被告Y2について、被告Y1との共同不法行為が成立し得るか検討するに、被告Y1が本件各掲示行為に及んだのは、被告Y2から本件虚偽の情報を伝達されたことがきっかけであること、被告Y2が虚偽の本件情報を伝達したことは原告の名誉を毀損するものであること、被告Y2が原告に対して異動を打診し、原告がこれを拒絶した2日後に、被告Y1が、『うごきたくない。いどうやだもん。』などと述べながら泣いている赤ちゃんの画像が印刷された本件プレートを掲示していること・・・にも鑑みると、被告Y2は、被告Y1の本件各掲示行為によって原告に生じた損害についても、その賠償責任を負うものと解するのが相当である。

3.「部下達が勝手に報復をやった」では済まされない

 本件の結論には虚偽の情報を伝達したという部分が効いていることも否定できないと思われます。伝達された情報が真実であった場合でも同じ結果になるのかは分かりません。

 それでも、安易に情報源を明らかにしたことが報復を誘発したという認識のもと、ハラスメントに加担したわけではないにも関わらず、部下が勝手にやったハラスメントから生じた損害にまで上司に責任が生じると判断されたことは、注目に値します。

 予想外に重たい責任を負わされることにもなりかねないため、上司の立場にある方は、部下から問題行為の報告を受けた場合、報復を招かないよう、その情報の処理に細心の注意を払う必要があります。