弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

メッセージへの反応・食事に誘った時の反応からみるセクハラのサイン

1.メッセージを送ったり、食事に誘ったりしたい

 「セクハラかどうかの境目が分からない。」という相談を受けることがあります。

 仕事をするうえで性的な言動をする必要性がある場面は、あまり想定できません。そのため、分からなければ性的な言動を一切とらなければいいと思うのですが、そういう回答で納得しない方は少なくありません。そして、納得しない方からは、「何気ない日常の出来事についてメッセージを送ったり、食事に誘ったりするのもダメなのか。」ということを、しばしば尋ねられます。

 そうした時は、やめておいた方が無難であると話しています。メッセージの授受や、食事への誘いがトラブルに発展することは、割と良くあることだからです。

 近時公刊された判例集にも、会食の誘いを断られたにも関わらず、部下の女性にメッセージを送り続けたことが不法行為に該当すると判示された裁判例が掲載されていました。旭川地判令3.3.30労働判例ジャーナル113-38 旭川公証人合同役場事件です。

2.旭川公証人合同役場事件

 本件で被告になったのは、旭川公証人合同役場(本件役場)で公証人業務を行っていた方です。

 原告になったのは、公証人である被告との間で労働契約を交わし、書記として勤務していた方です。本件役場には、原告のほか、被告の妻であるC書記、D書記の3名が勤務していました。こうした職場において、被告から、多数回のメッセージの送信、身体的接触、性的言動等のセクシュアル・ハラスメント(セクハラ)行為や違法な退職勧奨を受けたとして、不法行為に基づく損害賠償を請求したのが本件です。

 このうち多数回のメッセージの送信行為の不法行為該当性について、裁判所は、次のとおり判示し、これを認めました。

(裁判所の判断)

「前記認定事実・・・のとおり、被告は、原告に対し、本件アプリをスマートフォンにインストールするように告げた上で、本件アプリを利用して多数回のメッセージ等の送信を行っている。」

「そこで検討するに、被告が送信したメッセージ等は、原告に対する信頼や感謝の辞を述べるものはあったものの、それを超えて直接的に原告に対する恋愛感情を示したり、性的な内容を述べたりするものはなく、送信されたイラストの中には、動物を模したキャラクター同士が抱き合っているものや、ハートマークが使用されているものも含まれていたが、そのようなイラストが恋愛関係にない知人間で用いられることが明らかに不適切と評価されるとまではいえず、その内容を個々に取り上げてみた場合には、直ちに使用者として明らかに不適切なメッセージ等を送信したとはいえない。」

「しかしながら、他方で、被告は、本件期間のうち平成30年8月下旬から同年10月下旬にかけて、原告に対し、ほぼ毎日のように多数のメッセージ等を送信しており、被告が送信したメッセージ等に業務とおよそ無関係なものが多数含まれていたこと、同年8月31日を除いて、原告からメッセージ等の送信を開始したことはなく、いずれも被告から送信が開始されていること、平日はその大部分が業務時間外に送信されており、休日の午前4時台に送信されたり、夜間、被告が飲酒した上で送信されることもあったことなどに照らすと、被告からのメッセージ等の送信は、業務上の必要性のみから行われたとは到底認め難く、職場内の親睦を図るという趣旨があるとしても、社会通念上、相当な範囲を逸脱していると評価せざるを得ない。」

「また、前記認定事実・・・のとおり、被告は、本件期間中に、原告を2人きりの会食に誘い、本件会食1及び2を行っているほか、同年9月22日にも原告を会食に誘おうとし、交際相手に心配をかけたくないとの理由で断られている。この点、被告が、本件会食1及び2において、原告に対する恋愛感情や性的意図を表すような言動に及んだとは認められず、後述のとおり本件会食1及び2に及んだこと自体をもって不法行為に当たるとまでは認め難いものの、短期間のうちに何度も2人きりでの会食に誘っていることや、本件会食2の後で『粗相がなかったか、心配』などとメッセージを送信していることなどに照らすと、少なくとも被告が、業務上の必要性のみならず、原告と親密になりたいとの意図も有していたことが強くうかがわれる。」

「加えて、前記認定事実・・・のとおり、被告は、原告の息子が原告のスマートフォンを時々使用していると聞くと、『このメッセージ、大丈夫でしょうか』とのメッセージを送信し、原告から交際相手が気にしている旨の返信を受けて、メッセージ等の内容や頻度を変化させており、自らのメッセージ等の送信について、原告の息子や交際相手に知られると問題となり得るものであるとの認識があったことがうかがわれる。」

「そして、前記認定事実・・・のとおり、原告は、当初から、被告からメッセージ等が送信されることを快く思っておらず、交際相手とのやり取り・・・からは、被告の性的意図を疑っていたとうかがわれるところ、被告から送信されるメッセージ等の内容や頻度に加えて、上記・・・のとおり被告が2人きりでの会食に何度も原告を誘ったことなども併せ考えると、原告がそのように疑い、被告に対する性的な嫌悪感を抱くことも理解し得る。」

「これらの事情を総合的に考慮すると、被告は、遅くとも原告から交際相手が心配していることを理由に会食の誘いを断られた時点で、被告の言動が原告にとって迷惑であり、性的な嫌悪感を含む精神的苦痛を生じさせるものあることを認識し得たといえ、使用者として、これを認識し、業務上の必要性に乏しいメッセージ等の送信を控えるべき注意義務を負っていたというべきである。そうであるにもかかわらず、被告は、会食の誘いを断られた後も、原告に対するメッセージ等の送信を続けており、被告によるメッセージ等の送信を全体としてみれば、社会通念上、許容される限度を超えて、原告に対する精神的苦痛を与えたと評価され、その人格権を侵害するものとして不法行為に該当する。

被告は、原告も積極的に親しみを込めたメッセージ等を送信していたとか、早朝にメッセージ等を送信してくることがあったなどと主張するが、前記認定事実・・・のとおり、被告と原告との間のメッセージ等の送受信は、ほぼ全て被告によって開始されており、原告が使用者である被告との関係を考慮して返信せざるを得ない立場にあったことは明らかであるから、原告から送信されたメッセージ等の内容によって上記判断が左右されるものとはいえない。

3.婉曲的な拒絶を甘くみないこと

 本件は、交際相手が心配していることを理由に会食を断られてからは迷惑に思われていることに気付くべきであったとして、それ以降のメッセージの送信行為に不法行為該当性を認めました。

 また、原告側も親しみを込めたメッセージを送信していたとの被告の反論に対しては、メッセージ等の送受信のほぼ全てが被告側から開始されていることを理由に、これを排斥しました。

 冒頭に挙げた「セクハラかどうかの境目が分からない。」という方は、会食を断られる理由として交際相手の存在が言及されていることや、メッセージの開始が一方通行になっているなどの婉曲的なサインから、相手方の真意を読み取ることが不得手な場合が多いように思われます。

 本件のように婉曲的なサインを読み取れなかったことを過失だと構成される事案もあるため、やはり、境界がよく分からない場合には、メッセージのやりとりや食事も含め、職場外での異性との繋がりは持とうとしないに越したことはありません。